百七十六話
渋谷夢乃が卒業して、しばらくは初の卒業生を送り出した既存のメンバーに多くの取材申し込みが殺到した。
公私ともに仲の良かったレミやあい、グループをけん引している絶対的エースの花菜。そして卒業コンサートで倒れて後輩に助けてもらったというやらかしがあるにも関わらず、ステージ上で卒業する夢乃に叱責ともとれる言葉を投げた美祢。彼女たちへの取材申し込みは、特に多くあった。
あの時の言葉の真意は? 矢作智里がステージに登て来た意味は? などなど。
根掘り葉掘り聞きはするがその全文を掲載することは無く、聞こえの良い文へと変える記者や悪意をもって切り取りを行う記者など様々だった。
美祢に対しては特に批判ともとれる記事もあり、増長しているや天狗になっているといった記事も見受けられた。
卒業コンサートにいなかったファン、とりわけ夢乃のファンが美祢への不満をSNSに投稿するが、あの場所にいた夢乃のファンがそれを否定に回るという少しだけ珍しい現象も生じた。
だが全体で見れば、渋谷夢乃の卒業コンサートはおおむね好評の中でその話題性が消費されていくのだった。
そして一つの話題が落ち着けば、ファンは新しい話題は無いかと探し回る日々へと戻っていく。
◇ ◇ ◇
その日かすみそう25の二期生メンバー、馬場優華は悩んでいた。
念願のアイドルになり、幾つかのステージを経験して、ふと周りを見渡せば段々とグループ内で仲良しグループが形成されていく。
フレンドリーな一期生のお陰で、二期生が一期生のグループに入り込んで仲良くしている姿をみると優華は思うのだ。
コミュニケーションお化けか、お前らは。……と。
何度も一期生が話しかけてくれ、その場では仲良くおしゃべりもできる。
だけど、それはその場限り。
優華もわかっているのだ。
自分から行かなければいけないと。
だが、いけない。
幼いころからそうだった。
優華の20年の人生において『仲間に入れて』や、『一緒に遊ぼう』という言葉を口にした事は一度たりともなかった。
積極性とは無縁の人生を振り返り、ここで変わらないと一生このままだ。それだけはだめだ!
そう思って、一生分の積極性を振り絞ってアイドルのオーディションを受けたのだ。
そうしたらなんと! ……受かってしまったのだ。しかもアイドル業界の雄、安本源次郎のアイドルオーディションに!
と、まあ、人生を変えるつもりで飛び込んでみたものの。
「結局あれが、マジで一生分だったのかも。……ハハ」
場所と立場は違えど、前と変わらない自分を嘲笑している自分がいる。
手にした携帯でゲームをしながら自嘲している、いつも通りの、ある意味リラックスした自分だけの空間。それを意識すれば、いつもより自分の指先が冴えてくるのがわかる。
「うはぁ、5連続ヘッショとか……私強すぎない?」
少し前に流行った、モバイル版のサバイバルゲームに集中していく優華。
その集中がどこで発揮されているのかにまでは、意識が向いてはいない。
「はい、ラストもヘッショごちそうさまでしたっと」
「へー、強いんだね」
「ひゃぅ! ……え? あっ! お、おはようございます!!!」
声をかけてきた人物を認識すると、優華はとっさに直立の姿勢をとって最敬礼であいさつを行う。
優華がここまでかしこまる理由。それは、はなみずき25のメンバーで事務所の大先輩である江尻史華がいつの間にか隣にいたから。
そう優華が抜群の集中力を発揮していた場所は、事務所のレッスン場近くのロビーだったのだ。
レッスン後の少しの時間、他のかすみそう25のメンバーと帰宅時間を合わせる勇気がなく、なんとなく時間を潰そうと始めたゲームなのに。
気がつけば、はなみずき25のレッスン時間までロビーを占拠していたのだ。
恥ずかしい、消えてしまいたい。
もちろんそんなことはできない優華は、あいさつのために下げた頭を上げることができずに、ただただ自分の足を見て史華の言葉を待った。
「えっと、かすみそう25の……」
「はい! 馬場優華です!!」
「そう! そうだったね。……馬場ちゃん、優華ちゃん……優華かな?」
「えっ!? あ、あの、す、好きに呼んでください!!!」
自分の名前を呼ばれ、反射的に優華の目に飛び込んできたのは史華が何やら思案している顔だった。
ほぼ初対面の自分の呼びかたで困らせてはならないと、優華は一切の文句は言わないと再び頭を下げる。
いくら先輩だとしても過剰な緊張を見せる優華。
それもそのはず、自分を変えたいとアイドルになった優華は元々アイドルが大好きだった。
特にはなみずき25が好きで、単推し、いや、神推しのメンバーがいた。
その人が、目の前にいるという馬場優華の人生最大の異常事態に陥っている。
「優華はさ、それのPC版って持ってる?」
「あ、はい。……持ってます」
「マジッ!!?? 私の周りマジで誰もやってなくってさ、いっつもソロばっかだったんだ!!」
「あ、わ、私もです!」
ガシっと史華が優華の手を握りしめる。
以前並んだ握手会の時よりも熱のこもった握り方に目を白黒させてしまう優華。
「お願いっ!! 一緒にデュオでランクマやってくれない!?」
「えっ、あ、えっ!? よ、喜んで! 私なんかで良ければっ!!」
こうして、ファンの新しい話題は少しだけ芽吹いたのだった。




