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百七十四話

「私は、……本当はアイドルになんかなりたくなかった。最初はね」

 夢乃は意を決したように、ファンの前で自身の本心を口にする。 

 今後も芸能活動をするうえで、事務所を変えないのに事務所への不満を口にしてしまうとわかっていても言うしかなかった。

 渋谷夢乃が考える、渋谷夢乃という偽りのアイドルを3年も応援してくれたという献身に応えるためには、本心を、渋谷夢乃という人間本人の言葉で語るしか報いることができないと夢乃は想ったのだ。

 この中の大多数は、アイドルの、はなみずき25の渋谷夢乃にしか興味がない人もいるだろう。

 だとしたら、その人たちに言葉を伝えられるのはこれが最後なのだから。

 今までの、偽った笑顔ではなく本当の笑顔を見せられる最後のチャンスなのだから。

「私の夢は、女優として大きな舞台に立ってあの子に、演技を簡単に捨てていった友達に、後悔させてやることだった。あなたの捨てていったものがどれほど輝いているのかを、知ってほしかった。私でもこんなに輝けるんだぞって、何時か言ってやりたかった。だからアイドルなんてって思ってた」

 夢乃の告白に、会場が静まり返る。

 それを見れば、夢乃は自分がいかにアイドルという職業に向いていないのかを実感する。

 多分、花菜だったらもっとあけすけに、あっけらかんと端的に辞める理由を言い放つはずだ。

 多分、レミならばこんな場を用意されずとも消えるように、芸能界を去っていくだろう。

 多分、美祢ならば……。あの娘はどんな最終幕を見せるのだろうか?

 誰にしろ、後々になって伝説の一幕と語り継がれる幕引きをするのだろう。


 でも、自分はできないと夢乃は想う。

 それまでのファンにすがってしまう自分がいるのだ。

 この中のごく少数でもいい。このグループ卒業後の自分を支えて欲しいと願ってしまうのだ。

「でも、アイドルがそんなに簡単なものじゃないって思い知らされらのは、いつの時だったかな? 離れていく人をつなぎ留めなくっちゃって、でも、その方法がわからなくって。花菜がうらやましかった、あの娘の目には今も映ってないぐらい先へ先へ行こうとできるから。美祢が怖かった、誰にも見つけてもらえないのにステージに上がり続けれるんだもん。レミ、私はあなたが疎ましいって想ってた、どんどん上に行っちゃうから」

 夢乃はすまなそうにレミを見る。

 これから二人で歌うというのに、こんな話をされてどんな気持ちでいればいいのか。

 夢乃でさえわからないというのに。

 だがレミはその言葉を聞いてなお、微笑みながら夢乃を見ている。

 まるで、姉妹を見るかのような慈しみの宿った瞳で。


「だけどね、私は私にしかできないことを見つけることができた! 美祢が持ってきてくれた縁から始まったことだけど、あいが私にくれたチャンスをつかむことができた!! それはファンのみんなが私を、はなみずき25をいっぱい! いっっっぱい! 応援してくれたから実現したんだと思う! そしてみんなのお陰で私は、今日こうしてみんなと笑って卒業できる!! 本当にありがとう!! みんな本当にありがとう!! ……私ははなみずき25を卒業しても、またみんなの眼に止まるぐらいの立派な女優さんになってみせる! あの渋谷夢乃は、はなみずき25にいたんだぞって。はなみずき25にいた渋谷夢乃じゃなく、私がいたんだからすごいグループなんだって言われるくらい頑張るから!! ……だから、だからここで一旦お別れします。……みんな今までありがとうございました。どうか、はなみずき、25を、私がいなくなった後も、はなみずき25を、宜しく……っお願い致します」

 笑顔で力強く語っていた夢乃の表情は、段々と歪んでいった。

 それを隠す様に、レミは夢乃を自分の胸へと押し付ける。

 顔が見えない夢乃の声は、明らかに涙声であった。

 涙声ではあったが、その顔をファンの誰も見てはいない。

 ファンが最後に見た表情は、確かに夢乃の笑顔だった。

 不確定ではあるが、誰も夢乃の涙を見てはいない。ならば夢乃自身が希望した笑顔での卒業というのは辛うじて守られた。……そう言ってもいいのかもしれない。


 落ち着いた夢乃を胸から離すと、レミは夢乃の顔を覗き込む。

 ただただ、ジッと見つめていた。

 そして二人は互いに笑い合い、誰憚ることなく笑い転げてから曲を呼び込む。

 円形のステージに二人きり。二人を取り囲む観客の中、まるでそれを意識していないかのような振る舞いで。まるで二人の歌声は互いしか聞いていないんじゃないかと想わせる表情で歌っている。

 Wセンターを務めた『逢い別れ』、その歌声は明るく弾み美しいハーモニーとして会場に響く。

 時に感極まった表情から、時に笑いあった表情から紡がれる歌声を、客席のファンは静かに聞き入っていた。

 誰も手拍子やコールもせずに、ただただ聴き入っていた。

 そして全員が、こみ上げてくる涙をステージには見えないように静かに地面へと落とすのだった。

 夢乃の卒業に、その笑顔に水を差さないように。

 声を殺して涙をおとし、笑顔の用意ができたら顔を上げる。

 夢乃とレミの楽し気な歌声を聞き、その姿に卒業後の幸せを祈るのだった。

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