百七十三話
「いやぁ~、美祢に怒られちゃったね」
美祢がステージを降りて、レミと二人になった夢乃は頭をかきながらレミに話し始める。
美祢の不器用な激励をちゃんと受け取ったからこそ、夢乃はおどけるしかできなかった。
自分が放った厳しい言葉も、不器用なアドバイスも美祢はちゃんと聞いてくれていたのだ。
彼女の成長に、自分が少しでも関われたのならそれは、自分がアイドルをしていたことに意味があったということだ。
それを美祢も感じていてくれたのならうれしいことだ。
だが、それを真面目に出すのはどこか照れ臭い。
「本当にしっかりしてよね。美祢のいう通り、もう私たちはそばにいないんだからね」
「はぁ~い」
二人は話しながら、メインステージから伸びた円形のステージへと歩き始める。
それに合わせてライトだけが、二人と共に動いている。
明るく談笑しながら、二人は短い距離の通路をゆっくりと歩いている。
あんなこともあったね、そういえばこんなこともあった。あとあと! ……まるで日常にでもいるかのような二人の会話が続く。
お互いに笑い合いながら、話している途中で自分たちのファンを見つければファンサービスを行いながらゆっくりと、ゆっくりと二人だけの最後のステージへと歩いていく。
「あぁ~、ついちゃったね」
「そうだね、ついちゃったね」
二人は足もとへと視線を落とす。
円形のステージの中央。そこに二人の立ち位置を指定するテープが貼ってある。
ということは、二人のおしゃべりの時間はおしまいということになる。
そして、アイドル渋谷夢乃の時間も終わるということ。
初めは不満しかなかった。
役者になる、女優になるために移籍した事務所で、突然アイドルになれと言われたあの日。
しかも、まだデビューすら決まっていない素人の後ろに飾られるだけの、添え物のアイドルになれと言われたあの日。
辞めてやろうと思っていた。
だが、契約も反故にできる実力もないただの子役上がりには、従うしか他に選択肢はなかった。
だけど、やってみたら意外と楽しかったアイドル生活。
少ないセリフを言う為に、失ってきた青春がそこにはあった。
同じ苦悩と葛藤を持つ仲間や、自分たちに必死に喰らいつくために努力を惜しまなかった仲間。
そして自分を支えてくれていた仲間たち。
楽しかった。ずっと、ずっとこんな時間が続けばいいなんて思ったこともあった。
だけど、そんなわけにはいかなかった。
仲間たちは、もっともっとすごくなる。有名になる、その花に魅了される人はもっとたくさんに増えるだろう。
だから、この楽しい時間は終わりにしないといけない。
自分には、自分の夢がある。
果てしない道の向こうに、夢見た景色があるんだから。
仲間たちに甘える時間は、もう終わりだ。
もう一人で行かないといけない。
そう、一人で。
そう想い夢乃が、前を向けばそこには多くのファンが見える。
急に怖くなった。
笑顔を向けてくれていたファンが、自分一人になった時にどんな顔を向けてくるのだろうか?
今までは、はなみずき25だから笑顔を向けてくれていたのかもしれない。
そんな思考が夢乃の頭に広がる。
思わず、少しだけ後ろに足が出てしまう。
そんな夢乃の背中を支えるものを感じた。
レミの手だ。
なぜだか、急にさっきまでの不安がウソのように晴れていく。
「大丈夫」
「……うん。お園、……大好きだよ」
「なに、急に?」
「だって、最後だから」
「最後って、やめても友達は友達でしょ?」
「あ、そうだね。……でも言いたくなっちゃった」
「嘘だね、もう会えないとか思ったんでしょ」
「う~、そんなことないよ。……でもさ、いつかって遠いんだもん」
「? どういうこと?」
「だって、またいつか会えるってさ、もう会えないフラグみたいじゃん」
「いや、ユメちゃんケイタイ持ってるでしょ。かけてきなさいよ、連絡できるでしょ」
「だってさ、スルーするじゃん? お園って」
「それはユメちゃんが、夜中に『なんで人間って生きてるのかな?』とか、どうでもいいこと聞いて来るからじゃん! 眠いの、寝ないと美容に悪いでしょ」
「え~! ちゃんと聞いてほしいぃ~!」
「いやですぅ~!」
「じゃあ、『お園大好きぃ~!!』って連投する!!」
「じゃあ、ブロックです」
「ヒドイ!」
「ヒドクないよ! みんなに聞いてごらんよ」
夢乃が視線を向けると、最前列のファンたちが笑っていた。
「あ、っ」
途端に夢乃の表情が暗く落ちていく。
せっかくレミが緊張を解くために、普段の会話を仕掛けてくれたのに。彼らの顔を見るとどうしても。
こんなに近くでファンの笑顔を見るのはいつぶりだろうか?
最後の定期公演後の握手会で、多くのファンとあいさつを交わしたがこんな表情を見せてくれてはいなかった。
自分の卒業というモノを悲しんでいたんだろう。
限られた時間では、ファンの想いをすべて受け止めることもできず、自分の言葉で辞めることすらまともに伝えてはいないのを思い出す。
「ユメちゃん、言いたいことがあるならちゃんとね?」
「うん、……そうだね。最後だからね」
夢乃が強い決意をもって顔を上げる。
ファンたちの表情がやけに近くに見える。
ちゃんと伝えよう。
自分で言ったのだから、『笑顔』で終わりたいと。




