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百七十二話

 智里はその後も美祢の代役として、過剰に目立つこともなく美祢のパートを正確に踊り続けた。

 客席にいるファンたちは、智里というアイドルに驚いていた。

 まるで、そこに賀來村美祢がいるのかと思うほど正確なダンスを踊っている。

 何より新人アイドルにありがちな、過剰にアピールをすることなく美祢の代役を全うしているのだ。

 本日の主役である渋谷夢乃を邪魔することなく。

 矢作智里というアイドルのステージを知らないファンは、その献身性を大きく評価し始めていた。

 しかし、元々智里を知っている美祢のファンは、また違うことで智里に驚いていた。

 まるで美祢がそこにいるのかと思うほど、智里の歌声が美祢に似ているのだ。

 かすみそう25のファンの間では、よく持ち上がる話題の一つではあったが、美祢と智里の歌声はどこか似ている。節回しの使い方が少しだけ違うことでファンは区別をつけているが、声質はよく似ているとよくささやかれていた。

 だが、今日の智里の歌い方は美祢そのものだと言える。

 過剰に誇張したモノマネではなく、美祢が憑依しているかのようだった。

 そのことで智里という普段は存在しない歌声が、はなみずき25の中でも邪魔になっていない。


 智里がかすみそう25のメンバーらしい献身性を披露したおかげもあり、当初は異物と見られていた智里をそれほど気にすることもなくファンたちは夢乃の卒業ライブを楽しむことができていた。

 終盤になり、ようやく美祢本人がステージに上がると客席は安堵するとともに、美祢の足を見いて痛々しく思うのだった。

 見た目には痛々しいテーピングをしながらも、ステージに帰ってきた美祢を智里が笑顔で迎える。

 美祢は智里に抱き着き、ありがとうと全身で伝える。

 そして曲が再開される。

 はなみずき25が18人でパフォーマンスする最初で最後のステージ。

 もう残り少ないライブを盛り上げようと、美祢をはじめメンバーたちは全身を躍動ささえて観客の声援に応える。


 そして別れの時がやってくる。

 アンコールも終わり、Tシャツ姿のメンバーが一人ひとり夢乃に向かい合って、これまでの思い出や今後の活躍を願う言葉を思い思いに口にしてステージを降りていく。

 園部レミがその列の最後に回っていくのを見て、ファンたちは最後の曲を理解した。

 夢乃とレミがセンターを務める『逢い別れ』なんだと。

 ライブ中にも披露された、夢乃とレミのWセンター曲を最後は二人きりで歌うのだと。

 そしてリーダーのあいが涙ながらに、夢乃に祝福をしてステージを降りる。

 ステージに残っているのは、夢乃と美祢、レミだけだ。

 美祢は夢乃を前にして、もう泣き始めていた。

 言葉を出すのも苦しそうなほど、夢乃の顔を見て泣いている。

 夢乃はそんな美祢を抱き締めて、背中を優しくさする。


 夢乃は美祢の背中をさすりながら、少しだけ驚いていた。

 自分の前で踊る美祢の背中が、あんなにも大きくなったと感じていたのに自分の手の中に納まるかのような小さなものだったのかと。

 感情豊かにダンスを踊っている彼女の背中が、こんなにも。

 もしかしたら自分の言葉が、少しでも彼女に届いていたんじゃないかと思うとうれしい。

 この将来すごいことを成し遂げるであろうアイドルに、自分のようなアイドルの模倣品の言葉が届いていたなんて。

「美祢は、本当にありがとうね。美祢がこんなにも泣いてくれるなんて思ってなかったよう」

「泣きますよ! 夢乃さんは本当に何にもわかってないですね!!」

 夢乃がかけた言葉に、美祢が怒ったような声を上げる。

 夢乃本人も含めて、会場が静まり返る。


「だいたい! 夢乃さんは言葉が少なすぎるんですよ! 言われた方はどこが怒られてるのか解りずらいんですからね! それに表現方法独特なくせに語彙が少ないから戸惑っちゃうし! 演技の話してて突然深海魚の話になった時の相手の気持ちわかってますか!?」

 夢乃の目が点になる。

 それまでの流れでは、ここは感動的な言葉で全面的に夢乃が褒められて次のステージでも頑張れと激励をもらっていた流れだ。

 会場からは少しだけ笑いが起こり始めていた。

 冠番組でも夢乃が時々見せていた独特な世界観から来る言葉運びは、ファンの中でも話題の一つだった。

 それはあまり多い時間放送に乗ることはなかったが、普段でもそうだったのかとファンはなぜか暖かいものを感じていた。

「そんなめんどくさい人、同じグループじゃないと真面目に対応してくれないんですからね! もう、私たちはそばにいないんですから! ……本当に、本当に気を付けてくださいよ。……もう、そばにいられないんですから、フォローしてくれるレミさんもあいさんもいないんですからね。私だって……黙って聞いてる私だっていないんですからね」

 そう、美祢もつらいのだ。

 この別れはつらいのだと感じてはいるが、送り出さないといけないと理解してこんな言葉を口にしたのだ。

 この先、夢乃がその発言で苦労しないようにと。

 大好きな先輩が、しなくてもいい苦労をしないようにと。

 自分はもう助けられも、助けにも行けないんだと。

 ……わかっているから。

「うん、気を付けるね。ありがとう美祢」

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