百七十一話
「脱水からくる足のケイレンか。……本当は病院に行った方がいい」
主はその症状を聞き、看護師として当たり前の回答を美祢に伝える。
「先生! 短い時間でもいいんです! 戻りたいんです!!」
美祢はどうか、お願いだからと懇願する。
主はため息を一つ落とすと、美祢に笑みを見せる。
「そうだね、看護師ならそう答えなきゃいけないんだけどね。……僕は今、看護師じゃないから」
「ちょっと! あなた、何するつもりですか!?」
救護員は美祢に近付く主を制止しようと、身を乗り出す。
それを、立木は体を使って阻む。
「お願いします、責任は私が持ちますので。どうか」
「……病院に行った方がいいって、ちゃんと言いましたからね」
「ありがとうございます!」
立木の必死な表情に、救護員は自分の責任は果たしたと添えて引き下がる。
「……美祢ちゃん、痛かったら言ってね?」
「はい」
主は救護員に一礼をしてから、美祢の処置をはじめる。
つった足を痛みが少ないよう細心の注意を払って、手早く痛みの原因を押し上げる。
「どうかな?」
「はい、だいぶ楽になりました」
「立てる?」
美祢は主の手を支えに立ち上がる。
立てる。
しかし違和感が無いわけではない。
ダンスを踊るのに、どれくらいの負担になるか。
そんな不安を見せている美祢を座らせ、主が再び美祢の足に触れる。
「じゃあ、ちょっと補強してみようか」
「補強?」
「うん、これで」
主が見せたのは、どこにでも売っているテーピング。
それを手早く美祢の足に張り付けられていくテープ。
時々動きなどを美祢に確認しながら、巻き上げられたテープは見ているだけで痛々しく、重症感を漂わせている。
だが、美祢の表情は明るい。
立つだけで違和感のあった右足が、踏み込んでも違和感を感じない。
これかならば、踊ることもできると。
そんな美祢に主から釘がさされる。
「あくまで応急処置だからね、無理はしない。違和感がるなら、即病院だからね」
「はい!」
美祢はもう大丈夫だと、ステージに駆けだそうとした。
それを立木が止める。
「まて、賀來村。お前が出るのは最後だけだ」
「でも!」
「万全の状態まで我慢するんだ。お前は今回反省しないといけない。そして矢作が代役としてあそこにいるために払った時間を見届ける義務がある」
立木の指したモニターにはステージの様子が映し出されていた。
智里が突如登場したことに、戸惑うような観客の声も拾われている。
あいが立木の言葉を借りて会場に説明しているが、納得できないような声も残っている。
それを受けてもなお智里は、頭を下げてファンにお願いをする。
「お願いします! 私にも先輩を、大好きな先輩の卒業を見送らせてください! かすみそう25の、いえ、はなみずき25つぼみの代表として!!」
◇ ◇ ◇
まだ幼く見える智里が、頭を下げ、はなみずき25のリーダーであるあいが、事情を説明してもファンは納得出来そうもなかった。
だか、夢乃が智里を受け入れたからこそ、ファンからはブーイングは起きず、パフォーマンスは再開された。
表面上はファンも受け入れてはいるが、智里の色のサイリウムは一つたりとも灯されてはいない。
アイドル矢作智里にとっては、屈辱のライブステージだ。
そう、屈辱のはずだ。
だが、智里は一切気にした様子も見せずに笑顔でパフォーマンスを披露し続けるのだ。
その姿は、どこか美祢を思い出させる。
はなみずき25で誰にも振り向かれず、それでもアイドルとしての姿勢を崩さず、はなみずき25というグループの一員であろうとした美祢の姿に。
美祢ファンの一人が、苦悶の表情を浮かべて自身の持つサイリウムを黄色から白に変える。
はなみずき25のメンバーには居ない、白へと。
美祢のこれまでの姿を思い出せば、彼女の後輩がわざわざ代役を買って出て、彼女の大切な先輩を見送っているのに、こんな仕打ちを受けるのを喜ぶはずがない。
だが夢乃を見送るのは、はなみずき25のメンバーであってほしいという、葛藤がそうさせたのだろう。
そんな葛藤が、徐々に広がり決して多くはないが、確かに白のサイリウムが灯っていた。
智里はそれをステージから確認すると、白のサイリウムに太陽のような笑顔でファンサービスを行う。
まるで、それまでの仕打ちが無かったかのような、まぶしい笑顔でファンサービスをしている。
よく白は清純の象徴と言われ、何物にも染まると表現される。
しかし光はそうではない。
すべての色を内包する、始まりの色だ。
そして、地上に届く太陽の光も白。
後年、はなみずき25において『太陽の色』と表される智里のサイリウムカラー。
それが初めて灯った瞬間だった。
夢乃という最初の卒業生が生まれたステージは、眩しく輝くはなみずき25の未来が照らされたステージでもあった。




