十七話
「おう、立木じゃないか。例の新人は?」
そう声をかけてきたのは、主たちが芸能界のフィクサーだと恐れていた作詞家にして、このグループの発起人兼プロデューサーの安本だった。
「先ほど帰りましたよ」
「引き受けた? どんなの書いて来るんだろうね」
その表情はどこか楽しげだ。そんな安本に立木は答える。
「もう印刷できますんで、読まれますか?」
「ん? どういうこと?」
「それが、もう書き終えちゃったんですよ」
「書き終えちゃったってお前、俺を担ごうったって……」
鼻で笑った安本の前にまだ冷めていない印刷物を差し出す立木。
「自分も信じられないんですけどね。この通り」
「本当か」
「はい」
安本は受け取った紙を急ぎ足でめくりながらも信じられないと何度かつぶやく。
「なるほど、3人称で書かれたメンバー紹介風の小説か」
ありきたりだとその眼は言っていた。だが、それでも読み進めると違うのだと理解し始めた。
この小説は神視点で見下ろしているのではなかった。極力人格を薄めているがそれは一人の少女の視点で書かれ、「自分のどこが誰のここにかなわないのか」といった生々しい劣等感が前面に出されながらも、それを覆そうと奮起する一人の少女の姿を想像させる。
読者の視点に近い主人公であるアイドルは、劣等感にまみれていても諦めないという決意が彼女を支えていた。そしてこれまでの楽曲の先ではない、何処かで輝くんだと強い意志をもって未来を睨みつけている。
「挑戦的だなぁ。それにこんな勝気なアイドル、今時流行らないんだよ」
全くわかっていないと言いながらも、原稿を離さない安本。
「……立木。2時間誰も部屋に近づけるな」
「わかりました」
安本はそのまま自分用の部屋にこもると、机にかじりつきながらペンを走らせる。
きっちり2時間で部屋を出た安本は、控えていた立木を呼ぶ。
「立木、この前没にしたやつまだ聞けるか?」
「用意してきます」
安本は苦々しい表情のまま離れていく立木の背中を見送る。
後日はなみずき25のメンバー全員が会議室に集められる。冠番組のカメラも数台置かれている。
今日アルバムの表題曲と、フォーメーションの発表が行われる。これにより今後の活動にも影響が出てくる。アルバムのプロモーションのために、数々のテレビ番組はもちろん、ラジオや紙媒体、イベントに至るまであらゆるアイドル活動がこの瞬間に決まる。
フロント組は当分安泰、二列目中央なら努力次第。三列目の両端は次のシングルまで目立たないばかりか、ちょっとでもダンスのタイミングがずれようものならファンからグループ所属の是非が議論されるなど、メリットらしいメリットは無い。
そんなこともありメンバー全員が緊張した表情で椅子に座って、その時を待っている。
「集まってるかぁ~」
間延びした緊張感の欠片もない声で入室してきたのは立木だった。手にはメンバーの名前が書かれた紙を手にしている。
立木はメンバー全員を一瞥して紙に目を落とす。
カメラも丁寧にメンバーの表情を捕らえていく。カメラが入った時点で、この場はドキュメントの名目ではじめられるエンターテイメントとなる。
立木もなれた様子で若干のタメを作りながら、フォーメーションを伝えていく。
「三列目、右端から。……賀來村!」
「はい」
美祢の定位置は変わらなかった。確かに直前のイベントは活躍したと言ってよかった。しかしその一回で順位が変動するほど、他のメンバーが怠けているわけではなかった。
学生のメンバーが学校に行っている間も、他のメンバーは学生メンバーの穴埋めに奔走したり、レッスンを入れるなど、貢献と研鑽に余念がない。
だからだろう。
「センターは高尾! しばらくはこの体勢でやっていく、みんなよろしく頼む」
美祢の目には花菜が、一際輝いて見える。
こうして同い年で幼馴染みとの差を見せつけられた結果の違いは早くも出始める。
花菜からはじまるインタビュー撮影。冠番組と言えど、尺の都合でインタビューの長さが変わる。フロントメンバーには、今の心境やファンへの一言。意気込みなど使える素材はありとあらゆるコメントが拾われていく。
「じゃあ、最後は美祢ちゃんね。ごめんね遅くなって、まずは意気込みを聞かせてください」
「今は与えられたポジションで精一杯やりたいと思います」
「幼馴染みとして花菜ちゃんはどんな存在?」
美祢は少しささくれだった心を笑顔で覆い隠して答える。
「花菜は私の目標です。今は負けてることばっかりですけど、いつかあの子の隣に立てるよう日々努力ですね」
なんて空虚で軽い言葉だろうか。美祢は自分の言葉を聞いて何故か涙を流している自分に気がつく。
感情がいうことを聞いてくれない。涙なんか出しちゃダメだと思いながらも、感情のままの開く口を閉じられないでいた。
「でも、勝ちたかったんです、勝てなくちゃ、花菜が辛いとき代わってあげられない! 花菜とは友達でいたいから、もっと、もっと一緒にいたいから、いつか助けられる存在でいたかったのに、っ!」
一度流れ落ちた涙と口にしてしまった感情は止まることをしない。
悔しさを纏った涙はお茶の間のファンにも届き、一部の年齢層の涙を誘うことになる。




