百六十八話
はなみずき25とかすみそう25の冠番組で、合同ヒット祈願企画が流れるころには新しい楽曲はファンたちの手元に届き、カップリング曲以外にも収録されているユニット曲もファンの耳を喜ばせている。
そんな色々な楽曲がある中でもファンに喜ばれるのは、封入されているアーティスト写真のカードだろう。
新しい衣装を身にまとったアイドルたちが、にこやかにほほ笑む写真はそのアイドルを推しているファンにとっては宝物のように光り輝いて見える。
褒められたことではないが、シングル発売時には自分の推しではないメンバーのカードと自分の推しのカードを交換しないかというようなつぶやきが、SNSではちらほらと見える。
そのせいもあり、交換に出されるメンバーの名前がトレンド入りを果たすなど、複雑な心境になるメンバーもいる。
いつもは、そんな場面でよく名前の挙がる夢乃の名前が、今回は全くと言っていいほど出てこない。
ファンも今回のシングルで卒業していくメンバーのアイドルの最後のアーティスト写真に、何か思うことがあるのかもしれない。
そんなしんみりとした空気が、はなみずき25を包んでいるなかで運営から、ファンへのアナウンスが届く。
9月の下旬に、はなみずき25とかすみそう25がライブを行うという情報を解禁するのだ。
しかも、はなみずき25に至っては、定期公演とは別の末日に行うという。
それを見て、ファンたちは理解する。
ああ、夢乃の、アイドル渋谷夢乃の卒業コンサートなのだと。
日程は、かすみそう25とは別の日程。
はなみずき25だけのコンサート。
もともと予告はされていた、ファンにとって開催して欲しくはない、さよならが待つコンサートが初めて開催されるのだ。
はなみずき25のメンバーが、そのことを一番意識してコンサートの準備に奔走していた。
新曲のフォーメーションや、自身の出番となる曲をその体に覚えさせていく。
間違いなど起こらないように。
このはなみずき25というグループ初の卒業コンサート。
先の見えない大海へと、一人泳ぎだす偉大な一人目を盛大に送り出すために。
◇ ◇ ◇
開催を今か今かと待ちわびる会場の裏で、メンバーが円陣を組んでいる。
それを冠番組のカメラが静かに見ていた。
「いよいよ、やな。ユメ、何か言いたいことある?」
「え~ではでは、オッホン! みんな、私の卒コンいっっっぱい!! 盛り上げてよ!」
「おーーーーー!!!」
夢乃の声に反応する声に、わずかな涙声が混じっている。
旅立つ同士に、寂しさを感じるのはしかたがない事だろう。
そこに、スカウト組もオーディション組もなかった。
今まで近くにいた人と会えなくなる寂しさ、それは誰もが持つ当然の感情だから。
だが、その感情は乗り越えられるものだと信じるしかない。
今は。
「よっしゃ、いくで!! 想いを受けて輝く花を! 咲け! 大輪の笑顔! 私たち~! はなみずき25!!」
いつも通りの円陣のかけ声。
円陣後も気合が入ったメンバーが、手を突き上げて声を上げている。
そんな中で美祢と花菜はその手そうそうに下ろし、浮かれたように騒いでいるメンバーと夢乃を見ていた。
そんな様子の二人を見つけたあいが、少しだけ厳しい表情を浮かべて二人の元までやってくる。
「こらっ! みねかな!! あんたらだけでもう一回やらすで、ほんまに」
「あ、ごめんなさい」
「あー、ごめん」
あいがリーダーらしく声をかけるが、それでも二人の表情はいまいちパッとしない。
「なんやの、ほんまに。どうしたん?」
もしかしたら、本当に具合でも悪いのかと心配した表情へと変わっていくあい。
「……なんか、この人数でのかけ声が、最後なんだって思うと」
「うん……、なんか、そうだね」
盛り上がっているメンバーを、まるで俯瞰で見ているような二人の視線。
わかる、感傷に浸りたい二人の気持ちもわかるが、あいの立場がそれを許容しない。
「しんみりすんのは、終わってからな! お客さん待ってんで?」
「そうですね、うん!」
「わかった、ステージには持ち込まない」
「よっし! ……行くよ!!」
「はい!!」
再度、メンバーに気合を入れるとあいは率先して舞台袖へと歩く。
その後ろを美祢、花菜と続き、レミと夢乃が笑いながら続いていく。
そして夢乃は、すれ違うスタッフとハイタッチしながら舞台へと駆け上がっていく。
スタッフの誰もが笑顔で、夢乃を送り出す。
マイクを渡す音声、出番表を持つ演出班。
暗い舞台袖で、最後となるあいさつを交わす夢乃とスタッフ。
誰も明るく、涙など存在すらしていない。
それが夢乃の望みだから。
明るく、笑顔で。
そんな夢乃の希望が取り入れられた、渋谷夢乃の卒業コンサートが始まった。




