百六十二話
はなみずき25の5枚目シングル『流した涙の色』と、かすみそう25のファーストシングル『走らなきゃ見えない』。二つの作品の広報用の素材が出そろい、いよいよ販売まで日が迫ってきていた。
先行公開されたMVは、制作に尽力したスタッフの労力、メンバーの宣伝活動により今まで以上の注目度をもたらし、その役目を十分に果たしている 。
はなみずき25の『流した涙の色』は、夏の終わりを意識したような涼しさを感じさせる。
時折流れてくる1フレーズを耳にして懐かしさを感じる者や、そのフレーズに涙する者を産み出し、早くその歌を聞いてみたいと思わせることに成功していた。
何よりカップリング曲が、卒業を控えている渋谷夢乃のWセンター楽曲ということもありファンは、寂しさと共に、これまでにない体制のシングルに期待していた。
そして、かすみそう25のファーストシングルは、それ以上の注目をもって発売を待たれている作品となった。
ライブ映像そのものを使ったMVも、動画サイトで公開されたアカペラでのパフォーマンスも新しいファンを呼び、その夏最も注目を浴びる作品となっていた。
一切の暗さを感じさせない表題曲とカップリングの2曲が、はなみずき25との違いを明確にしていた。
そんな2つのシングルが発売されるとなると、メンバーが歓迎しない企画が各々の冠番組で始動されるのだ。
◇ ◇ ◇
「第2回!!」
「新曲合同ヒット祈願!!」
「駆け上がれ!!!」
「東京電波塔、階段リレ~!!!!」
アリクイと糸ようじ、青色千号の4人が声高々と宣言する裏ではなみずき25とかすみそう25のメンバー全員が辟易とした表情を浮かべている。
「ちょっと! みなさん。番組ですからちゃんと声は出しましょうね」
青色千号の小向が、わざとらしくメンバーを叱りつけるゼスチャーを見せる。
「そうだぞ! ガヤも立派な仕事です!」
「わ~」
「元気よく!!」
「わ~~!!!」
さも盛り上がっているような体を強要させると、司会者の4人は満足したように趣旨説明へと移っていく。
「さて、今回は東京電波塔さんのご厚意で、ふだん滅多に開放してくれない階段の使用許可をいただきました! 東京電波塔さんありがとうございます!!」
「え~、これから皆さんにやっていただくのは……階段を駆け上がって降りてくる。だたそれだけです!」
ちなみに階段は全部で600段ある。
最速タイムは2分を切るが、それはマラソンなどを実業団レベルで行っている男性アスリートであるならばの話だ。
「そう、しかし!! ただ登ってもらうだけで、何がヒット祈願だって言う話ですよ!」
2つのグループ。特に前回までのヒット祈願企画に参加したメンバーは、『はいはい、そうでしょうね』と、冷ややかな視線をMC陣ではなく製作スタッフに向ける。
かすみそう25の二期生メンバーは、MC陣が創ろうとしている空気に圧され喉を鳴らしている。
「今回のロケ! 撮影可能時間はオープニング合わせて、5時間しか設けていません!!」
「もう10分経過してます」
そしてMC陣は、以前も見せた悪だくみの時の笑顔を見せる。
「あっ! はなみずき25は17人、かすみそう25は18人か~! なんか、はなみずき25が1回少ないとなぁ~!! なんか公平感が無くなっちゃうなぁ~!!」
「あと一人! 誰かいればなぁ~!」
「あ、渋谷! 渋谷は卒業で今回最後なんだから、渋谷が2回走るか?」
急な指名で、夢乃は焦ったように精一杯の否定を見せる。
「無理無理無理!!」
「だよなぁ~! 渋谷夢乃ちゃんは足も遅いし、スタミナも無いからぁ~! あ~! そこそこ足が速くて、そこそこスタミナのある人材いないかなぁ~!!」
山賀の言葉で、MC陣は一斉にある人物にその視線を合わせる。
そこにいたのは、……ブタの被り物をした人物。両番組の公式マスコットとされる『アットくん』がいる。
そう、すなわち、主だ。
主は一瞬何が起きたのかわからず、周囲を見渡す。
そして主の目にジャージを持ったスタッフ、広田が笑顔で立っている。
「え? 聞いてない」
主は思わず、アットくんの設定を忘れて声を漏らす。
「はい、今回は言ってないんで」
広田はマイクに乗らないような小声で、主の言葉に答えを返す。
それを聞いた主はMC陣の方を向いて、本当に? という視線を向ける。
だがしかし、ブタの被り物のせいでその視線は届くことはない。
「よかったぁ~!! 今回もアットくんに助けられましたね!」
「本当だよぉ~!! 流石! よ! アットくん、日本一!!」
「これで、両グループが18回走ることになりますね!」
「これで公平だな!」
騙されたことへのショックで、膝をついている主に追い討ちをかけるMC4人。
今回も、仲の良い兄弟のような一体感で、主を追い詰めたのだった。
撮影可能時間は、この時点で4時間40分となっていた。




