百六十一話
ももがスタジオに戻ってから、メイクを直し、衣装に応急処置を施し撮影が再開されるまで、かなりの時間を浪費することになった、はなみずき25のメンバーたち。
だが誰も、ももを責めたりはしなかった。
フロントのももだけでなく、後方のメンバーにも花菜と美祢のダンスの影響が出ていたからだ。
前作では、暴走する花菜のフォローに回っていた美祢が、花菜と同じく他のメンバーを気遣う様子もなく踊る姿は、メンバーの心身を疲弊させていたのだ。
そんなメンバーたちは、ももに同情しながらも、撮影を中断させたももにひっそりと感謝していた。
そして、二人の暴走ともとれる集中力の余波をまともに受けて、折れたかと思ったももが清々しい表情で帰ってきたのだから、オーディション組だのスカウト組だの関係なく、ただ感心するしかない。
再開されたフロントメンバーによるダンスパートの撮影。
その後も度々止められることもあったが、どうにかパートの撮影が終わり、待機していたメンバーもカメラの前に立つ時間になる。
正直憂鬱だと、こぼすメンバーもいる。
だが、何度もリテイクをされたももが、笑顔で立ち位置を確認している様子を見ては、そうも言ってられない。
ももは同じメンバーではあるが、一番の年下であることは変わらないのだら。
そんな年下が、あの二人に立ち向かうことを止めないのだから。
「……やっぱり、私。はなみずき25が、好きだなぁ」
夢乃が、ももを見てポツリとつぶやく。
「じゃあ、……辞めるの止める?」
隣にいたレミが、夢乃のつぶやきに言葉を繋げる。
「ううん、それはできない。みんなの足を引っ張るのはこれが最後」
レミの問いに、厳しい表情に戻った夢乃が答える。
「引っ張ってないでしょ。役割が違っただけで」
「踏み台が役目って、私だからできたよね」
夢乃が自虐的に笑う。
レミは、そんなはずがないと目で答える。
そのレミの目を見て夢乃は浮かべていた笑みを消して、レミに謝る。
「ごめん、この後の歌収録までには、元気出すから」
「ホントにお願いね」
レミは、夢乃が精彩を欠く場面でどうにか夢乃を隠すという技術を使い、夢乃発のNGを最小限に止める。
◇ ◇ ◇
「ごめんね、レミ……」
「ねえ、約束。元気出すんでしょ?」
「……うん。……うん! そうだった。よし、頑張ろう!!」
見るからに空元気という夢乃を見て、レミはしかたがないと夢乃に付き合い右手を上げる。
「あっ、……あんまり元気すぎもダメだからね」
「あ~、そうだった。役作り忘れないようにしないと」
「そうそう、前みたいなのもう嫌だからね」
夢乃は、自分がセンターの楽曲ということに舞い上がりすぎてNGを連発してしまい、後日収録をやり直すということで中断された。そして今日再びのレコーディングに望むのだ。
他のメンバーは、与えられた歌割をこなし残るはレミと夢乃のセンター二人のパートを残すのみとなっていた。
肩を落とした夢乃の背中を強く叩いて、レミは元気を夢乃に向ける。
「さぁ! 行こう! いっぱい歌おう!!」
「あ、うん! やるぞぉ~!!」
二人は、ようやく叶った二人の約束を果たすために走り出す。
最後にようやく叶った、夢乃とレミのWセンター楽曲『逢い別れ』の収録に。
長い長い時間のかかった夢の話。ちょっとした話のきっかけ作りのはずの口約束。
それが果たされないまま時が経ち、二人の心の棘となった口約束。
だが、それがようやく果たされる時が来たのだと、喜びあう二人の少女。
もう、少女とは呼ぶのが憚られる年になったとしても、今この時は出会った時の二人に戻り体全部を使って喜びあう。
あなたが言い出した、約束が今叶う。
あなたが思い出させてくれた、あの約束が今叶うんだと喜ぶ二人。
誰の祝福も無くてもいい、あなたがここにいてくれるのだから。それだけでいい。
そう、それは安本の目から見た等身大の夢乃とレミの姿。
はじめは望んでいなかった立場、その中で取り繕うだけだったはずの、軽口にも似た約束。
それが、本当はどこかで期待していた自分の本心だと、互いに思い出した大事な大事な約束。
それはようやく叶うのだった。
二人が、別れを決意したこの時に。
それでもいい、それだから良い。
約束を果たしたことには変わりが無いんだから。
もう、何の障害もなく別れることができるんだから、それは幸せな別れだと言えるだろう。
お互い頑張ろうと、またいつか、どこかでこの歌を歌う時まで元気でいてねと、笑い合う二人の歌。
レミが忘れなかった、夢乃が決意した約束の歌。
二人だからこそ実現することのできた、レミと夢乃の大事な、大事な卒業ソング。
安本によって散りばめらた二人の関係を表す言葉に、気が付くファンはどれほどいるのだろうか?
例え一人にもわかってもらえなくてもいい。
自分たちは、それを知っているんだから。
二人の歌声は、今ようやくひとつに溶けあうことができたのだから。




