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百五十九話

 はなみずき25の6枚目のシングル『流した涙の色』は、バラード調の楽曲でセンターの高尾花菜を中心にしっとりと歌い上げる楽曲となっている。

 衣装のロングスカートを特徴的に使用するダンス。ターンなどが多用され、曲調のわりに当事者たちはかなりの運動量を強いられている。

 それに加えて、ターン終わりのタイミングを全員で合わせないと失敗が目に見えて明かになってしまうため、神経も磨り減る。

 今回のダンスは、はなみずき25史上最高レベルと製作スタッフの中で話題となっている。

 そんな楽曲で、フロントメンバーとして花菜の脇を固めるのは、最近になって頭角を現してきた注目のオーディション組メンバー二人。賀來村美祢と二人よりも年下の13歳、宿木やどりぎももが担当する。

 フォーメーション発表が放送された週から、二人の名前はSNSで何度もトレンド入りするという異常事態が起きていた。

 中でも、ももはグループ最年少ということもあり、かなり注目を集めることになった。

 過去のフォーメーション発表の際にも、もっと前に行きたいと強気の発言をしていた小学生メンバーが中学生になり、その言葉通りにフロントメンバーを射止めたのだからその活躍を期待するファンは多い。


 しかし、当の本人である宿木ももは撮影当初より苦悩していた。

「はい、いったん止めまーす!」

 今回のMV撮影で、何度目かになる撮り直し。

 フロントメンバーによるダンスシーン。サビの印象的な場面で使われるそのシーンが、一向に終わる様子が無い。

 センターの花菜が、またしても周囲の音を遮断しているかのような集中力を発揮している。

 そして、それにつられる様にももの反対側にいる美祢も存在感のあるダンスで対抗してくるのだ。

 二人にとり残されるかのように、もものダンスは精彩を欠いている。

 明かにその存在感もキレも、ももが想定していた二人よりも遥かな高みで踊っている二人。

 それについて行けないももという構図が出来上がてしまった。

 持ち前のダンススキル以外の何かが、足りないと言われてしまうのだ。

「う~ん、……賀來村さん。申し訳ないけど、もうちょっと抑えてくれる? バランスが悪くなっちゃってるんだよね」

「抑える……ですか、わかりました」

「あと、宿木さんはもっと感情的に踊ってくれるかな?」

「……わかりました」

 監督からの指示を正面から受け止める美祢の表情と、うつむいたままのももでは明かに違っていた。


「ももちゃん、ごめんね」

 美祢は自分の失態だと、ももに謝る言葉をかけてしまう。

 事実、美祢は花菜の隣にいることで少しだけ高揚してる自分をコントロールできないでいた。

 デビュー当初から、こうありたいと願っていたポディション。

 そこにいる自分と、目標としてきた花菜の存在が美祢のテンションを上げてしまっているのだ。

 どうしても、隣にいる花菜と競ってしまう自分がいるのがわかっていた。

 しかし、ももはそうは思っていなかった。

 自分の力量が、二人よりも劣っているから何度も止められるのだと。

 そして、その自分よりも優れている美祢が、自分に謝るという行為。それを受け入れられるほどももは大人ではなかった。

「っ馬鹿にしないで!」

 ももは、美祢の差し出した手を大声を上げながら振り払ってしまう。

 劣等感という感情を露呈してしまったももは、大いに自分を恥じる。パフォーマンスだけでなく、人間性さえも美祢に劣った行為をしたと。

 これ以上、自分で自分を貶めたくない。

 そう思ったももだが、放出してしまった感情が今度は涙として現れると、もうそこにはいられないと逃げ出す以外の選択をとれなかった。


「ももちゃん!!」

 逃げるももを止めるタイミングを失った誰もが、ももを見送っていた。

「美祢、何してんの」

「だって……」

 ももの精神が張り詰めていたのを知っていた花菜は、あえて何も口にしなかった。

 自分にはかける言葉が無いのを、本能で察知していたからだ。

 花菜は、自分があえてしなかった行為をわざわざ行った美祢を少しだけ非難めいた視線で責める。

 ただ、花菜も隣に美祢がいることが自分のテンションを激しく引き上げていることを知りながら、それを抑えようともせずに撮影に望んでいるという、負い目も自覚している。

 だが、花菜の理論では仕方がないのだ。

 手を抜いてアイドルをするということを知らないのだから。

 どこまでも、全身全霊。全力でアイドルをするという花菜の信念がそれを許さない。

 そして、それは美祢も同じ想いだ。

 全身全霊、持てるすべてを投入しないと、自分はアイドルとして最底辺だという劣等感から、手を抜くというのをあまり好まない。


 だが、美祢はかすみそう25の活動で、思い知っていた。

 自分のテンションの乱高下が、メンバーに与える影響を。

 そんな美祢でも、いや、その経験があるからこそ走って行ったももを追えないでいた。

 美祢は知らなかったのだ。

 メンバーが逃げ出す程、自分に負い目を感じている時の対処法を。

 かすみそう25のメンバーは、どんな美祢であっても美祢から逃げるという行為を棄てているのだから。

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