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百五十八話

「~♪」

 美祢は鼻歌を歌いながら、衣裳部屋へと足を運ぶ。

 菜月にイジられながらも、苦手としていたメイクに対して肯定的な意見が出てきたことにご満悦な様子だ。

 そして何より、今回の衣装の直しの件。

 望んだところのサイズアップがあったことも、美祢の表情が柔らかい原因である。

「おねがいしまーす!」

 ご機嫌なまま軽い調子で入室を知らせる美祢。

「なんだ、美祢も直し?」

 美祢の声に反応したのは、姿見に衣装を着た自分を映している花菜だった。

 何故かウェストあたりを気にしているようだ。

「あ、花菜。花菜もなんだ? ……太った?」

「失礼な。……もうちょっとウェスト絞れないかって思っただけ」

「さっきも言ったけど、そこ絞ったら動けないよ」

 衣装の影になっていた衣装班のスタッフが、疲れた様子を隠そうともせず花菜に答える。

 美祢に気が付き、無言で手を挙げてあいさつと、少し待つように言っている。


「ん~、このままだと本当に太ったように見えないかな?」

「それはしょうがないとしか。だって、上が育てばシルエット変るのは仕方ないと思うんだ」

「はぁ~、やっぱりいらないなぁ」

「欲しい人もいるんだから贅沢言わない。ね? 美祢」

「リンさん? どういう意味ですか? 育ってますけど? 今回の直しはそれのせいですけどね?」

「誰も美祢がそうとは言ってないだろ? 一般論だよ一般論」

 カラカラと笑う衣装制作班のトップ、雨宮凛あめみやりん

 恰幅の良い、やや鈍重に見える雨宮。その顔には本人が隠そうともしない笑いジワが深く刻まれており、本人の人柄をよく表している。

 雨宮は安本源次郎の懐刀といわれている業界で有名な衣装スタッフだ。

 衣装のデザイナーは作品ごとに代わるが、制作班のトップは必ず雨宮が担当している。

 時々デザイナーがその腕を見込んで引き抜きを試みるが、彼女が首を縦に振る条件を出せたものはいない。

 なぜなら、彼女もアイドルに魅入られた人間だからだ。


 急な直しもその体型からは考えられないスピードで対応する、衣装を汚すアイドルを注意しながらも染み抜き洗濯、管理など彼女がいなければ、はなみずき25の活動はままならないことも多くあった。

 それゆえ、彼女を慕うメンバーは多い。

 花菜も美祢も、もちろん彼女のことを慕っている。

 例え、いらぬ軽口に腹を立てようともそこに嘘はない。

「しかし、美祢の胸が育つとは思わなかったよ」

「育ちますよ! 一応まだまだ成長期ですからね」

「いやぁ~、経験上育たない体質だと思ったんだけどね。人間って言うのはわからないもんだね」

 しげしげと美祢の体型を見ながら、首をひねる雨宮。

「じゃあ、いい経験になりましたね!」

「いや、本当にいい経験になったよ。……ほら、美祢。これに着替えな」

 美祢の精一杯の皮肉でさえ、雨宮には届かない。

「花菜はとりあえずそれが妥協点だね。何かあるようならまた来な」

「仕方なしかぁ~。美祢、先行くね」

「はぁ~い」

 着替えている美祢は、花菜を見ずに返事をする。

 作業中なので当たり前に思えるその行動に、雨宮は違和感を覚える。


「美祢、花菜と喧嘩中?」

「え? 何でですか?」

「いや、あんたがあの娘見ないのが珍しいというか、あの娘もあんたが見れないタイミングで行くのもね」

 デビュー当初から衣装を担当している雨宮だからこそわかる何かがあったのだろう。

 見事にいい当てられた美祢は、少しだけ戸惑いを見せるがそれをなんとか隠そうとするのだった。

「そんなことないですよ、たまたまですよ」

「……なんだ、男関係か」

「ち、違いますよ」

「あのね、私がどんだけあんたらぐらいの年齢のアイドル見てきたと思ってんの? 隠そうとするなんて100年早いよ」

 ほんの少しの表情の変化を見逃がさない雨宮を前に、美祢は逃げ道を必死に探す。

「で、どんな男だい?」

「違いますって。……それに安本先生の懐刀にアイドルが男性関係話すわけないじゃないですか」

「あのね……私はアイドルが恋愛しないなんて不自然だと思ってるよ。安本にも何度も言ってるしね」

 雨宮のアイドルに対する考えは、表立っては安本と対立する。

 過去、それを理由に卒業に追い込まれたアイドルを守るために、安本の陣営とやり合った経緯を持つ。

 だが、雨宮は安本から離れることはなかった。

 雨宮は雨宮の分野でアイドルを守り、支えることを選んだからだ。

 衣装でスキャンダルからも守れるようになること、それが雨宮の信念だからだ。


「で? どんな男なのさ」

「もぉ~! いませんってば!!」

 事実、スキャンダルをつかまれたアイドルが雨宮のところに駆け込むことは少なくない。

 雨宮凜は美祢達アイドルを利益抜きで守ろうとしてくれる数少ない大人の一人だ。

「隠さないで言いなって!」

「……本当にいません。あと、胸周りがきついです」

「え? また育ったのかい? ……あれ? 前のサイズのままだね。ん~、おかしいね。直したと思ったんだけどね。……あれは、かすみそう25のだったのか?」

「リンさん、しっかりしてくださいよ」

「いやぁ~、悪いね。ちょっと待ってな」

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