百五十七話
「あ~、びっくりした~。まさか見られてたなんて」
「本当ですね、今度からは気を付けないとですね」
「本当だね。でも、相手が公佳ちゃんで良かったよ」
公佳とも時々は悩み相談をするという約束を行い、なんとか情報流出を阻止した主と美祢。
冷や汗を拭いながら、主は帰路へと美祢は別のスタジオへの道を歩いていた。
「ごめんなさい、私のせいで、また先生に負担が」
「ああ、大丈夫大丈夫。言ったでしょ、慣れてるって。それに、……まあ、お互い様じゃない?」
「お互い様、ですか?」
「うん、だってさ。僕もまずいと判断したんだからお互い様でしょ」
主は何となく笑ってしまう。
今までの美祢への対応に、まずい部分などな……くはないが、少なくともやましい部分は無い。
それを見咎められる謂われはないはずなのに、結局美祢と一緒になって公佳への口止めを行ったのだから多少の負担があったところで、自己責任の範囲でしかない。
なのに、過剰ともとれる美祢の反応が、どこか可愛く見えてしまう。
こんなことは社会に出ていれば、何となくで消化できることなのに。
アイドルとして仕事をしていても、年齢相応に少女なのだと知ることができて、どこか嬉しい。
……自分の懸想に対して、また一つ言い訳を見つけた主が、安心したように笑う。
そんな主の姿が、またいつものように希薄に感じる美祢。
また、彼は自罰をしたんだと思うと、……ちょっとだけ怒りたくなってくる。
話の流れとして、自分が原因の一端なのだろう。
だが、毎回毎回なんで自分のことばかりなのかと、不服を感じてしまう。
それは主が美祢を意識している証拠なのだと気が付けるわけもなく。
こんなにも想っているのに、こんなにも報われないのかと。
やはり自分が子供なのがいけないのだろうか? それともアイドルだからだろうか?
もっとわかりやすくアピールしてしまおうかと、美祢の心が揺れる。
だが、大人になりたいと願う美祢が、衝動的になる美祢を抑え込む。
大人の女性なら、そんなことはしないはず。
露骨にアピールすることへの抵抗感を、そんな言葉で紛らわせる。
時にアピール上手が、大人の女性の特権である場合もあるのだが、そんなことに気が付きもしない美祢だった。
「あの……何か怒ってる?」
「別に、怒ってません」
「いや、……うん。次の現場頑張ってね」
「……はい」
それとなく美祢の怒りの一端を感じとった主は、いったんは追及する姿勢を見せながらも危険を察知して美祢に別れを告げる。
モヤモヤとするが、次の現場があるのも事実。
美祢も大人しく引き下がるしかなかった。
◇ ◇ ◇
「あ、美祢。おかえり、遅かったじゃん。向こうトラブった?」
「トラブルなんてありません!! みんないい子たちなんだから」
「へー。あ、そう言えば表題の衣装仕上がったって」
「えー! 衣装さん大変だったんだね。かすみそう25も今日衣装仕上がったんだ」
はなみずき25の現場で出迎えてくれた菜月と、たわいもない会話をしながら手早くメイクを済ませていく美祢。
いつもはメイクさん任せだが、最近は一応自分でもそれなりのメイクをするようになっていた。
「しっかし、あの美祢がメイクするんだもんなぁ~。美祢は頑張ってるよね」
「なにそれ、……ん? もしかしてイジられてる?」
「違う違う! 本当に感心してんの。……あ、それ書き過ぎじゃない?」
「え~! そうかな? ……正直何回やってもちょうどいいところがわかんないんだよね」
「わかる。盛りすぎちゃうよね」
横を見れば、はなみずき25の大人メンバーも出来上がり寸前のメイクを鏡に写し、もうちょっと書くべきかどうかと悩んでいる。
「大人なら悩まないって思ってたけど、……難しいね、お化粧って」
「本当に、本っっっ当に! 頑張ってるんだね、美祢」
「えへへ。……これはイジってるよね?」
「うん」
「もー!」
以前は花菜の隣で踊るプレッシャーに押しつぶされそうになっていた菜月も、最近は明るくふるまうことが多くなっていた。
それもそのはず、先日冠番組内で行われた新曲のフォーメーション発表で、菜月はフロントメンバーを外れ、2列目の中央。裏センターへと下がっていた。
だが、それが菜月の精神を整えるきっかけにもなっていた。
「あ、美祢。そう言えばさ、衣装合わせてこなくって良いの?」
「あー! そうだった。直しあったんだ!」
数日前に衣装班との打合せにて、美祢は以前のサイズから少しだけ変更しなくてはいけなくなっていた。それをようやく思い出した美祢は、悩んでいた目元にスッとラインを引いて立ち上がる。
「急がないと!」
「本当に頑張ってよ、フロントさん」
「うん! 頑張る」
大げさに見える気合のポーズで菜月に応える美祢。
そのわざとらしさに、二人は顔を突き合わせて笑い合う。
「行ってくる!」
「いってらっしゃい」
そして美祢は衣裳部屋へと走り出す。




