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百五十六話

「本当に、本当に先生は優しいですよ」

「う~ん、そうかなぁ」

 褒められることに慣れていない主は、紅くした顔を下に向けて少しだけ表情を隠す。

 そんな主と美祢を観察する目があった。

 ここは、監視者の大元。安本源次郎のお膝元だから当然と言えば当然だろう。

 だが、二人を見ていたのは……。


「ちょっと! 押さないでって」

「みく、重い」

「ユリ! 太ったみたいに言わないでよ!」

「もう! あとで美祢さんに怒られても知りませんよ」

「じゃあ、チーちゃんは楽屋に戻っててもいいよ?」

「美祢先輩のあんな表情初めて見た」

「や~ん、乙女してる賀來村先輩……推せる!!」

「シ~!! パパとママにバレちゃう!!」

 廊下の角からひょっこりと、幾つかの頭が生えている。

 ついさっきまで美祢と一緒にMVの撮影を行っていた、かすみそう25のメンバー。

 アイドルグループのメンバーとして在籍するために、恋愛を禁じられている少女達の姿があった。

 しかし、禁じられているとはいえ、多感な年代の少女たちがそちらの方面の話題に関心が無いかといえばそんなことはない。

 たまたま発見した主と美祢の雰囲気を見るや、こうしてそろって出歯亀になるほど飢えている。

 その証拠に、普段はそういった話題に乗ってこない智里も注意する体裁をとりながらも、視線は二人から離れない。


「あ~、今日はバックハグ無しか」

「なに!? バックハグって何!?」

 ポツリとこぼした公佳の言葉に、異常な喰いつきを見せる美紅。

 その勢いに、一期生同士のはずの公佳さえ引き気味だ。

「あ~っとね。……これ絶っっっ対! 内緒だからね」

 だが、引いていたのも一瞬のこと。皆の期待の目線に、公佳は高揚した顔つきになり自分の知る主と美祢の秘密を言いたいと、思わず口が軽くなる。

「わかったから、早く!」

「あのね……実は……」

 公佳は興味を引かれたメンバーの注目を、一身に浴び、たっぷりと間をとってさらに自分に注目を集める。

「実は、何かな? 公ちゃん」

 公佳は自分の後ろからかかった声に、ビクリと肩を震わせる。

 その様子を見ていたメンバーも、注目していた公佳から視線を外し、公佳の頭上へと視線を動かす。

 そう、公佳に声をかけたのは……美祢だ。

 ついさっきまで、離れたところにいたはずの観察対象が、そろってメンバーを見下ろしている。


「美紅、二期生と仲直りできたんだ。よかったね」

「あ、……うん。許してもらえたよ……ね?」

 美紅が引きつった表情を二期生に向ける。

 二期生の恵美里、なな、沙耶は、美紅の言葉に同意するように光速で頭を振る。

「智里も美紅を許してあげたんだね。えらいなぁ」

「あ、……わ、私も言い過ぎたかな……って」

 智里は美紅の方へと顔を向けるが、若干下を向いている。

 美紅に思うことがあるわけではない。美祢の視線に耐えられず、それ以上視線を上げることができない。

「有理香ちゃん、みんなとすっごく打ち解けたね。私もうれしいなぁ」

「あ……う、うん。がんばってみた」

 有理香は辛うじて美祢の方へと視線を向けるが、そこに美祢は映っていない。

 有理香の視線の先には、天井があるだけだ。

「まみも、さっきのこと謝ったの?」

「う、うん! あ、謝ったよ、やっぱり衣装はテンション上がるよねって!」

 まみはまだ、どうにかごまかせないかと頭を働かせているようだ。

 にこやかに見えるように、美祢に笑みを向ける。

「ヒナも謝ったんだ?」

「も、もちろんですよ! 副リーダーですっから!」

 嘘を言っているのは、その声色から美祢にはお見通しだったが満足したようにうなずいている。

 そして、美祢の視線が美紅へと戻る。

「佐奈ちゃん、どうしたの? かくれんぼ?」

 美祢の声がかかると、美紅の影にピクリと動くものがあった。

 佐奈も美紅に隠れて、二人を覗いていた。

「み、みつかっちゃったぁ~。……あ、あのね、違うの」

「うん、あとで聞くね。……公ちゃん」

「は、はい!」

「ちょっと、3人でお話ししようか?」

 先導する美祢の後ろを公佳が観念したようについて行く。

 その背中は、まるで親を見失った子犬のように震えている。

 公佳の背中を見送るメンバーの視線を主が遮るように歩き始める。

 黙ったままの主の背中は、メンバーの知らない大人の背中のように見える。

「も、もう、こういうの……やめようか」

 笑顔のまま感情を見せなかった美祢の表情を思い出した美紅が、誰ともなしに提案する。

 それにメンバーは、言葉なく同意するしかなかった。


 ◇ ◇ ◇ 


「公ちゃん! お願い、誰にも言わないで!」

 メンバーから見えなくなると、美祢はその態度を豹変させる。

「っていうか、いつ見てたの!?」

「あ、たまたま。……このまえ屋上で」

「公佳ちゃん、あれはそういうのじゃなくってね? ただ悩みを聞いてただけなんだよ。本当に!」

 主と美祢はそろって頭を下げ始める。

 思っていた感じとは全く違う展開に、公佳の頭は軽くフリーズ状態に陥ていた。

 だが、別に責められるわけじゃないとわかった公佳は、ようやく表情を取り戻す。

「な~んだ、そうだったんだ」

「そう! そうなんだよ」

「そうそう! そうなの!!」


 後日、美祢と主に連れていかれた公佳を心配して、メンバーから声をかけられた公佳は、表情を曇らせながらうつむき、呟くように答える。

「大丈夫、本当に……何もなかったから。……心配してくれてありがとう」

 そう答える公佳に同情の視線が注がれた。

 しかし、うつむいたまま公佳はペロッと舌を出す。

 そして、楽屋を一人抜け出して、屋上へと向かうのだった。

「パパ~!! 今日は私の話も聞いてほしいの!」

 匡成公佳。歌とダンス、そしてイタズラも大好きな14歳。

 今日も父と慕う優しい男へと飛び込んでいく。

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