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百五十四話

「あっ! 先生。今日もいるんだ」

「まるでいちゃ悪いような言い方。……一応この曲の作詞家ですからね、イメージとずれがないか見るように言われたんだよ」

 何度もダンスを収録したあとに、主を見つけた美紅は同年代と話すかのような気軽さで主に声をかける。

 その二人の姿を見ると、美祢はどうしてもすぐに駆け寄る気になれない。

 美紅が隣にいた方が、主がリラックスしているように見えるからだ。

 自分といた時の主は、どんな表情をしていた? どんな声色で話していただろうか?

 比較しても仕方のないことだとは、わかっている。わかってはいるがどうしても比べてしまう。

 だからそれを長く目に留めることができない。

 胸のモヤモヤとネックレスの冷たさが反発し、じっとしていられないような気分にさせられる。

 それでも美祢は動くことができない。


「ママ、パパが差し入れ持ってきてくれたって。……行こう?」

「あ、うん」

 突然美祢の視界に入ってきた公佳が、美祢の手を握り引いていく。主の方へと。

 どんな表情をしているのか? どんな表情をすれば良いんだろうか?

 美祢は今の自分の表情がわからない。だが、不安な表情でいることは間違いがない。

「大丈夫だよママ。今日も可愛いから!」

 公佳が何かを察したかのように美祢に語り掛ける。

「……ありがとう。公ちゃん」

 バレているのかなぁ。と、新しい不安を公佳に見る。

「えへへ……ん? どうしたの? ママ」

「ううん、何でもない」

「そう? ……パパ―! ママも甘いの欲しいって!!」

 公佳が手を振り、主を呼ぶ。その後を手を引かれた美祢がようやく足を進める。


「パパ! どう!?」

 公佳は主に胸を張り、新しい衣装を見せつける。

 それに気が付いた主は、集まってきたかすみそう25のメンバーを一通り見てようやく衣装に触れる。

「あっ! 新しい衣装ね。……うん、可愛いよ」

「もぉ~! パパは気が付くの遅い!」

「ごめんごめん! でも、……うん。いい衣装だね」

 公佳に怒られながらも、改めて自分の描いた世界と衣装の世界観をすり合わせる。

 明るい少女が走って行く、どこにでも走って行ける。

 そんな少女が笑っているかのような衣装に、主は素直に感想を述べる。

「パパ? ……似合ってるかな?」

 少し不安げな公佳が、そんなことを口にする。

 何を言ってるいるんだと、主は俯いた公佳を持ち上げて自分の目線に合わせる。

「公佳ちゃんが一番似合ってるよ!」

「本当?」

「本当さ!」

 まるで親子のような会話をする2人。

 しかし、主はわかっていなかった。


「先生? 一番がいるってことは、順位があるってことですよね?」

「えっ!?」

 公佳を持つ主の背中に冷たい声がかかり、周囲の時が一瞬止まる。

 笑顔の日南子が、小首をかしげながら主に問いただしていた。

「ひ、日南子さん。……嫌だな、みんなのための衣装だよ? みんな一番だよ」

 怯えから、もう支離滅裂になっていることに主は気が付かない。

「え~、私……一番じゃないの?」

 公佳もさっき褒めてもらったはずの言葉を、早々に撤回され少し不満気だ。

「あっ! ……くっ! い、一番似合ってるのは公佳ちゃん。で、一番可愛く着れてるのが日南子さんだよ!」

 とっさの回避のため、同じ一番でもカテゴリが違うんだと主張しはじめた主。

 それが地獄の始りだと気が付かないのは、主がうっかりオッサンだと言われる所以だろう。

「じゃあ、私はなにが一番ですか?」

 ウキウキ顔で、主に質問したのは美紅だ。

 そして美祢と智里を除くメンバーは美紅の後ろに並びだし、自分は何の一番なのかと問うている。

 青くなる主を横目に、シレっと智里も美祢も最後列へと向かっている。

 もうこの質問会を制止する者はいなくなったのだ。

「み、美紅さんは、……えっと。……え~、っ! お、お姉さん感が一番。大人っぽい!」

 そうして、主の語彙力を試す地獄の質問会は始まりを告げた。


 そうして、30分かけてようやく最後の一人に到達した主。

 18人分の褒め言葉を、被ることなく終わることができるところまできた。

「さすが、小説書いてる作家先生! あと一人!!」

 もう流石にないよと、美紅と見る主。それを見てもなお最後の一人を呼び込む美紅。

「最後は、我らがリーダー!! 賀來村美祢! 先生! 美祢は何が一番ですか!?」

 少しだけ顔を紅く染めた美祢が、主の前に立つ。

 もう正直、主の中にある褒め言葉は出尽くしている。

 だが、美祢を前にした主は、自然に口から言葉を紡いでいた。

「美祢ちゃんは、ギャップが一番かな。普段の時は不安だったり怒ってたり、色々悩んでる印象だけど、衣装を着るとこう、……凛としてカッコいいアイドルになったね」

 それは、この衣装を限定した言葉ではなかった。

 主の知る賀來村美祢というアイドルが、どう変わったのかという所感だった。

 初めて会った時から悩み、泣き、自分にさえ怒っていた美祢を知っているから出た言葉だった。

 それを聞いた美祢は、不意にこみ上げてきた涙をこらえながら走り去ってしまう。

「え?」

「あっ! 先生が泣かせた!!」

「もう! 先生、謝ってきてください!」

 美紅と日南子に責められ、美祢の反応に戸惑っている主は何が起きたのかわからないまま、美祢を追うのだった。

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