百五十三話
かすみそう25の新曲『走らなきゃ見えない』の全体カップリング曲『スタートライン』のセンターは賀來村美祢ではなく、一期生の匡成公佳と二期生の佐川綾が二人でセンターを務める。
作詞は@滴主水の別名義、『四台目主税之介』と表記されている。因みに非常に珍しいことにこの楽曲には、作詞、作曲、編曲以外のクレジットが乗っていた。添削:安本源次郎と。
そんな変わったクレジットがされている楽曲ではあるが、カップリング曲としてダンスMVの動画を公開することになり、美祢を含めたかすみそう25のメンバー18人がスタジオに集結している。
美祢やセンターの公佳や、年少組の有理香と佐奈はいつも通りの表情で、撮影が始まるのを待っている。
だが、先ほどちょっとした騒ぎを起こした一期生の3人と、それを目の当たりにした二期生たちは少し委縮しているように見える。
そんなメンバーを見て、美祢は優しく微笑みながら全員を集合させる。
「みんな、元気ないね。……そうだ! 二期生は円陣のかけ声覚えたかな?」
「は、はい!」
美祢の言葉に、二期生の数人が緊張したように答える。
「じゃあ、元気を出すためにも一回やってみようか? 円陣。ライブの時は絶っっ対! やるんだから」
「美祢さん、……何も絶対ってわけじゃ」
智里が努めていつも通りに反論するが、美祢は首を振る。
「絶対、みんなでやるの! 今日から全部。決定だからね!」
美祢にしては珍しく有無を言わせない物言いに、全員が不思議そうな顔を見せる。
だが、一番の先輩でリーダーの美祢がそう言っているんだからと、皆頷くしかなかった。
「よし! ちゃんと声出してね」
「はい!」
「できなかったら、もう一回やるからね!」
「はい!」
美祢の声に反射的に答えてしまうメンバーたち。そんなメンバーを一人ひとり見てから、美祢は大きく息を吸い込み音頭をとる。
「せ~の!!」
「純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」
どうだ? メンバーは美祢を見る。
やり直しの可能性があると言われると、若干の緊張がある。
「あ~、ゴメン。……私が間違えた」
申し訳なさそうに、美祢が小さく手を挙げる。
「みねさん、言い出しっぺなのに。……後でしっぺね」
「ゆ、有理香ちゃん! ……ちなみに誰の?」
「代表してわたしが」
有理香の手がすっと伸びている。
「嫌だよ! 有理香ちゃんの痛いんだもん」
「ダメ、そうじゃないと緊張感無くなる」
有理香と美祢のやり取りを見て、二期生の顔色が少しだけ和らいだように見える。
「はぁ~、ゴメンね皆。もう一回行くよ!」
「はい!」
「せ~の!!」
「純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」
今度は大丈夫だろうと、隣の顔を見るメンバーたち。
そんな中、またも小さく上がる手が一つ。
「ゴメン、今度は私が」
美紅だ。
済まなさそうな顔で、俯きながら美紅が手を挙げている。
「みくもしっぺね」
「……は~い」
「本当にごめんなさい! 次で決めよう!」
美紅は二期生に向かって大きく頭を下げる。
そんな美紅を見て、美祢は笑いながらもう一度メンバーに声をかける。
「うん! 次こそみんなで成功させよう!」
「はい!」
「せ~の!!」
「純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」
今度はどうだ? メンバーたちは静かに顔を上げて、周囲を確認する。
誰の手も挙がらない。
本当に大丈夫だった? と、隣のメンバーに表情だけで確認もしている。
「よ~し!! 成功!」
「わ~!!」
ただ円陣を行うというそれだけのことなのに、みんなは何かを成し遂げたかのように抱き合って喜んでいる。
「美祢、ごめん」
美紅はそっと美祢に近寄り、周りのメンバーには聞こえないような小さな声でつぶやく。
「うん、よく頑張った」
そんな美紅を美祢は抱きしめながら、その髪を優しく撫でる。
小さな興奮が収まる頃、有理香が抱き合っている美祢と美紅に近寄り二人をその小さな腕で抱きしめる。
「……みねさん、みく」
「有理香ちゃん」
「ユリ、ありがとうね」
二人は有理香を抱き締める。
二期生の前で、損な役回りをさせてしまったことを詫びるのだった。
「……じゃあ、しっぺ。やろう」
「っえ!?」
「なっ!?」
逃げられないように有理香の手が衣装をつかんでいる。
「っぎゃ!」
「ふぎゃっ!! だから私だけ強くない!?」
MVの冒頭、声掛けを共に行う一期生と二期生の姿から始まる『スタートライン』。
そしてなぜか、美祢と美紅がしっぺされ悶絶する姿。
そんな謎の演出が盛り込まれたMVは、先のアカペラちゃんねるの動画の注目度もあり世間から大いに注目を浴びるのだった。




