百五十話
収録の終わったスタジオの前で、かすみそう25の面々が車を待っている。
メンバーの顔は今日の収録が上手くいったと語っていた。
ワイワイと若干ながら騒がしい雰囲気ではあるが、同行しているマネージャーは咎めない。どれほど彼女たちがこの10分弱の収録に精力を注いで知っているから。
今だけは彼女たちを年相応の少女に戻しても仕方がないと黙っている。
そんな彼女たちに鬼のような形相で駆け寄ってくる二人の男性を発見する。
マネージャーは自分の身を前に出して、大事な少女たちを守る顔に代わっていく。
「ま、松田! ……収録は!!! アカペラの収録は!!」
「松田さん! す、『スタートライン』の……収録!!」
息を切らせて駆け寄って来たのは、顔をよく知っている人物だった。
プロデューサーの立木と事務所が贔屓にしている作家の@滴主水。
「ど、どうしたんですか!? お二人で」
滅多に現場に来ない立木が、スタジオに来るなど今までにないことだ。そんな立木が@滴主水を引き連れてくるなど、何があったのかとマネージャーの松田は目を白黒させてしまう。
「だから! 収録! 終わったのか!!?」
「……はい、終わりましたけど……」
「お、終わった……」
立木と@滴主水は力の抜けた互いの体を支えようとしながら、地面へと沈んでいく。
なんだ? 何かいけないことがあったのだろうか?
松田は二人の二人の体を、地面から持ち上げようと手を差し伸べながらオロオロと周囲を見回す。
「あ、あの、良かったですよ? 収録。向こうからも絶賛されましたし……ひぃ!」
「ほ、本当か!? お世辞とかじゃなく、本心だったか!?」
「松田さん! 歌は!? 歌ってる映像無いんですか!?」
男二人に腕を獲られ、下から力を感じる松田は、まるで地獄に引きずり込まれるんじゃないかと錯覚してしまう。それほどに立木と@滴主水の顔は怖かった。
「松田さん、え、映像。映像は……?」
「ありますけど、ここでですか?」
松田が持っているのは、チャンネルから提供されたものではなく事務所で支給されている隠しカメラでの映像のことを言っている。それを監視対象のタレントや作家の前で出すのは、さすがにまずいだろうという目を立木に向ける。
何だったら、後日提供される映像素材を見ればいいだろうとも言っている。
それに何とか気が付いた立木は、今すぐにでも確認したい気持ちをグッと飲みこんで主をなだめる側に立つ。
「先生。残念ですけど、終わってしまったものはしかたがないです。今はこの娘たちを信じましょう」
「で、でも……」
万が一自分の描いた歌詞の歌披露で問題でも起きたら。主は責任の一端が自分にあるような気がして不安ばかり口から出てしまう。
それを面白く見ていない集団が、松田の後ろにいることすら気が付かない。
「先生!! 心配してくれるのはありがたいんですけどね! 少しは自分の妹と娘を信じてあげたらどうなんですか!!??」
「そうですよ! 先生は信じてあげられないんですか!?」
美紅と、いつのまに仲良くなったのか二期生の恵美里がそろって主を糾弾し始める。
そうなると、団結力の高いかすみそう25の本領発揮だ。
一期生が主を詰めると、二期生がはやし立ててもっとやれと煽る。
数の暴力にさらされた主は、美祢や綾、公佳に救いの目線を投げるがことごとくスルーされてしまう。
「そ、……そんなぁ‥‥‥」
「お、お前たち、あんまり、先生ばかりを責めるのは……」
あまりな光景に、ついつい立木が主の擁護に回ってしまう。
そんなことをすれば、どうなることかわかっているだろうに。
「立木さん! 立木さんもですよ!? なんでわざわざ先生と一緒になって来たんですか!!?」
「なんでって……心配してだな……」
「立木さんも私たちの努力を信じてないんですね!!??」
「あんなに頑張って、出来るって見せたのに、ひどくない!?」
「はなみずき25の方なら、来ないんじゃないですか!?」
「そうだよ! うちらばっかり……ねぇ?」
もちろん、立木にとってははなみずき25もかすみそう25も大事な自社のアイドルたちだ。心配しないわけが無かった。しかし、わざわざ現場にまで駆けつけるかと言われてしまうと、言葉を詰まらせるしかなかった。
そんなことをすれば、この空気ではこうなるのだ。
「ほら! ほらほらほら!! やっぱりそうなんだ!?」
「確かに、先輩たちはすごいけどさ……なんだろ?」
「あ~あ! 頑張ったんだけどなぁ~」
もう立木さえ、彼女たちの防波堤にはなり得なかった。かすみそう25の18名による波状攻撃にもう大人の両名は正面から謝るしかなかった。
「みんな、本当にすまん!!」
「僕も、みんなゴメン! 許してください!」
まだまだ夏だと告げる暑さの中頭を下げる大人。だが、そんな大人にまだまだ冷たい視線が投げられている。
「だってさ、みんなどう?」
「ん~、口だけならねぇ? なんとでも」
まだまだ許してもらえなさそうな空気に、主は禁断の言葉を口にしてしまう。
「許してくれるなら、何でもします!!」
「ん?」
「先生、今……なんでもって、言いましたね?」
立木が、『それは言っちゃだめですよ』といった視線で主を見たが、もう時すでに遅し。
「みんな~! アイスクリーム何段まで食べられる~!?」
「ふぁ! ちょ、ちょっと、手加減して……」
そういうことかと、主が気が付いて顔を上げると18名の笑顔が主に向いていた。
「先生! 4段のアイス、19人分。ごちそうさまです!!」
美紅と恵美里がメンバーを代表して、主に頭を下げる。
何故か松田マネージャーの分も入っているが、それを指摘する気にはなれなかった。
「う、うん。アイスね、アイスか……よかった」
そう、白紙のままの小切手を相手に渡しておいて、アイスで済むのはこの日差しのせいだろう。
不幸中の幸いを運んでくれる7月の太陽に感謝するしかない主だった。




