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百四十八話

 アカペラちゃんねるの収録が行われるスタジオで、美紅はシューズの紐を入念に直していた。

 事務所の上層部に披露したとはいえ、ほぼ無音でのダンスパフォーマンスなど常識で考えれば、正気の沙汰ではない。

 だが、美祢を筆頭にメンバー全員がこの収録だけのために、少ないプライベートな時間を犠牲に準備してきたのだ。なにより、最年少組である公佳と綾は与えられた新曲をチャンネル名そのもので披露するのだ。

 特別な歌唱ができるわけでもない年下の二人が、グループを代表して挑戦しようというのに、自分がヘマをするわけにもいかない。同じグループメンバーいえど、自分は彼女達よりお姉さんなのだから。

 なにより、綾たち二期生はかすみそう25という出来たばかりの弱小ともいえるグループに望んで入ってきた。ならば、彼女たちに言わせてあげたい。かすみそう25はすごいんだぞと、加入できてよかったと。

 美紅の眼にはいつも以上の気合が宿っていた。

「ねぇ、……美紅?」

 気合が入った美紅に、申し訳なさそいうな声がかかる。

 このアイドルらしい弱弱しさを感じさせる声は、誰だ? 美紅は怪訝な表情のまま振り向く。

 せっかく気合が入ったというのに、水を差された気分だと。

「……なんだ、美祢か。誰かと思った」

「あのさ、ごめんなんだけど。……どうしよう、テンション抑えられないんだけど」

 美祢はその弱弱しい声と表情とは裏腹に、体中がうずうずした様子のまま美紅の所まで来た。

 ギョッとして一歩下がりながら、美紅は何とか確認するという作業まで行うことができた。

「美祢、……ちなみにどれくらいテンション上がってるの?」

「んっと、……ツアーの5公演目くらい……かな?」

 美紅は目を見開いて、美祢を見る。

 抑えられない疼きを発散させようと、身をよじっている姿。それが苦々しい記憶を呼び覚ます。


 はなみずき25とかすみそう25の合同全国ツアーの3会場目、5回目の公演の時美祢は今の様に何故かテンションが上がり、後ろのメンバーを振り切ったパフォーマンスを披露したことがあった。

 一期生の7人は、努力の途上でもあったため美祢について行くことができず美祢のMCを途切れさせたことがあった。いつも以上に疲弊した身体を支えるのが精いっぱいという、お披露目ライブ以来の失態を見せてしまったのだ。しかも今度は会場のファンの前で。

 美紅の気合がその眼から逃亡してしまう。

「ぜ、全員集合! 大至急集合ぉ~!!」

 美紅は大変なことが起きたと、メンバー全員を呼び寄せる。

 怪訝な表情で集まったメンバーの中で、経験者の一期生はもじもじとした美祢を見て、若干だがその表情を引きつらせてる。

「一大事だよ! 美祢の、リーダーのテンション爆アガリ中!!」

「えっ!?」

 一期生の全員の顔が、嫌な予感が当たったと変わる。

 二期生も何のことかわからない様子だったが、一期生の表情の変化を見て不安を募らせる。


「ち、因みにどれくらい?」

 まみは予想できている答えを確認する。日南子は聞きたくはないと耳を塞ごうと無駄な努力をし始める。

「ツアー、……5公演目だって」

「みんなごめんね、こんな日に」

「うわぁ……最悪だ」

 美紅の答えを聞いて、頭を抱えたのは智里だ。

 フロントメンバーとして、余波を最も受ける位置にいる。

 そして、智里と同じ位置の佐奈は立っていることさえできない。

「……ごめんね、みんな」

 美祢は謝ってはいるものの、その表情はどこか明るい。

 高揚していく心が、表情筋を制御できていない。

「とりあえず、どうする? リーダーは抑えられないんだよね?」

「うん、本当にごめん」

 まみの問いに応えながらも、美祢の手は『走らなきゃ見えない』を踊りだしている。


「もうこうなったら、私たちもテンション上げないと! 全員で声出ししましょう!!」

 日南子はどうにか現実逃避から復帰すると、副リーダーとして皆に声をかける。

 もうそれしかないと、一期生は喉の調子などお構いなしに大声を上げ始める。

 二期生もそれにつられるように、大声を上げる。

 どのメンバーかはわからないが、やけに野太い雄たけびさえ聞こえる。

 アカペラちゃんねるのスタッフは、何が起きたのかと戸惑い、現場に付いてきたマネージャーへと視線を走らせる。

 マネージャーも驚きながらもメンバーに駆け寄り、美紅と何事か話したと思ったら諦めたような表情で肩を落とし戻ってくる。

 事情を聞こうにも叫び続けているメンバーには近寄りがたい。

 しかし、プロ意識の強いカメラマンがファインダーを覗きながら美紅へと近寄る。

「あ、あの、これはいったい……?」

「あ、え~……。気にしないでは……無理か。気合です! リーダーについて行くために!!」

「はぁ……気合……ですか?」

「はい!! おおおおおおおおおおお!!!!!」

 画面いっぱいに美紅が吼える姿が映し出される。

 今時のアイドルっていったい? そんな疑問がカメラマンの頭に浮かぶと同時に撮影開始の合図が出る。


「えっ! はじまるの!? リーダー! 円陣まだやてない!! 早く!!」

「あ! うん! え~っと、みんな頑張っていこうね!」

「はい!!」

「せ~の!! 純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」

 先ほどの雄たけびが良かったのか、メンバーの表情が高揚して見える。

 それを見た美祢は嬉しそうに叫ぶ。

「よ~し!! 全開で行くよ!!」

 そんな美祢に美紅が待ったをかける。

「ちょっと待った、全開はダメ。二期生いるし、前みたいになるから」

 美祢は少し拗ねた様子を見せるが、渋々頷く。

「じゃあ、8割」

「6割で行こう!」

「……は~い」

 映っているのを忘れたかのような会話に、カメラマンの表情が曇る。

 このチャンネルも舐められたものだと、その表情は言っていた。

 

 そしてメトロノームが動き始めると、カメラマンは直前の会話など忘れたかのようにファインダーに集中していく。

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