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百四十二話

 本多は、レッスンが終わったあともレッスン場に残り虚空を見つめていた。


「お、忠生。こんな時間までいるなんて珍しい」

「源次郎、ちょうど良かった。そこ座れ」

 忠生がいつもの呼び方ではなく、昔の呼び方をする時は自分に対して怒っている時だ。

 こういう時は、大人しくしたがった方がいい。

 はてさて、いったいぜんたい何事で怒られてしまうのか? 想像出来ないことは、なんであれ楽しい。

「なんだい忠生、おっかない顔して」

「何で見せた?」

 はて? 見せたとは? ああ、佐川兄妹に恵美子を見せたことか。

 そうか、レッスン前に見せたから何かレッスン中に起きたな? 面白い。

「彼らの御父上が恵美子のファンらしくてね。せっかくだから綺麗な映像を見せつけたかったんだ」

「そうか……まあ、だったら佐川綾の件はいい。だが、なんで賀來村美祢まで見てる?」

 なんと! 賀來村美祢まで!? どういう経緯だ? ……ああ、そうだったそうだった。

 想い人が義理の妹と来ているのに、その姿を見せなければ、万が一を危惧して彼女が捜索に走る可能性もあったか。なるほどなるほど。くくく、そうか。

 あの年代の少女の思考を読み切れなかったなぁ。

「おい、笑ってないで答えろ!」

「ごめんごめん……たぶんね、偶然見ちゃったんじゃないかな。@滴くんを探していたら偶然ね」

「チッ……それもフィクサーさんの手の上か?」

 おっと、余計に怒らせちゃったかな? だいたい僕が全部把握出来ているわけないだろう?

 仕込みの半分でも動いてくれれば御の字さ。

 まあ、勝手に深読みしてくれるのが面白くって含み持たせちゃうけど。

 そうか、忠生までそんな風に思ってるのか。フフフ、面白いなぁ。

「これに関しては、本当に偶然さ。で? 何があった?」

 どんな面白いことがあったのか、そろそろ話してもらおうじゃないか。


 ◇ ◇ ◇


「――とまぁ、そんな感じでな。あの賀來村美祢があれほどとは思わなかったよ」

「フフフ、なるほどなるほど。それは面白いね。……だが、そうか。今のはなみずき25の中でなら賀來村美祢が一番似ているか。彼女も人のためにアイドルになったんだから」

「……恵美子は、……兄弟のためだったっけな。……それなりに渡せたんだったか?」

「ああ、いい時代だったね。上の弟クンは我々に近い仕事についてたっけね」

「お前ほどじゃないにしろ、あの子も恵美子に囚われた一人だからな」

 苦い表情の本多に、それすらも面白がっているような表情のままの安本。

「それよりも、これでようやく当初の計画に移れるんだね?」

「ああ、そうだったな。……だが、そうだな。今年中にはできるかもしれねぇな」

「今年中!? ……ああ、時期的によろしくないなぁ」

 友人の悪だくみに呆れながらも協力的な本多の言葉に、安本は残念そうな声を上げる。

 不思議そうに本多は安本の顔を覗く。

「何かあるのか?」

「ああ、渋谷君が抜けるだろ? それぞれのメンバーに負担がまわるから、それが落ち着くのが多分年末になると思うんだ」

 これまで夢乃が担当していた、そこそこの量の仕事が存在する。

 はなみずき25のラジオの担当回も一人分早くまわってくる。グループで連載している雑誌のコラムも持ち回りだった分の負担も出てくる。

 分担すれば確かにわずかなモノかもしれない。

 だが、そのわずかな仕事をこなすためには、レッスンの合間だとかライブの合間を使うしかなくなるのだ。

 なにより、グループとして注目が上がれば、取材や撮影の仕事なども増えてくる。

 夢乃の卒業という話題があるはなみずき25には卒業前、卒業後と所感を聞きたがる取材が増えることだろう。


 学生メンバーがいることで、負担が増えるメンバーがいるかもしれない。

 美祢の2グループ兼任という負担を見てきたスタッフ一同は、メンバーへの仕事の割り振りに神経質にならざるを得ない。

「さて、現状で賀來村クンの兼任解除と矢作クンのはなみずき25合流というニュースを出してしまうことが吉と出るか凶と出るか」

 安本が珍しく難しい顔をしている。

 わからないならやってみようという、メンバーからしたら迷惑な思考回路の男が、珍しく立ち止まって考えている。

 安本にもツアー初日の美祢の状況は伝えられている。

 あの時は、両グループのメンバーの助力もあり最悪の事態は回避された。

 ここまでの筋書きで中心にいた美祢が、ケガで退場など安本の考えるルートで最悪の結末だ。


「仕方ない、計画の先延ばし……しかないか」

 これほど残念がる安本を見るのは、久しぶりだと本多は思う。

 これまでどれほどアイドルを育成しても、こんな顔をした事はない。

「彼女はいい意味でも悪い意味でも、反応が機敏だからね。正直、僕は甘い評価をし過ぎていたようだ」

「だからと言って、やりすぎるんじゃねぇぞ」

「わかってるさ。今や彼女は僕たちの望みに一番近い人間なんだから」

 眉間に刻まれたシワを伸ばす様にさすりながら、本多は安本の言葉を訂正する。

「俺はお前ほど妄執してない」

「そうかい? かつての想い人に会いたいとは思わないのかい?」

「誰も彼女にはなれないんだよ」

 なんだ、忠生もわかってないなぁ。と、安本は笑う。

「いずれ彼女は帰ってくるよ、ステージにね」

 バカバカしいと本多は背を向けてしまう。

 その背中に安本は熱い視線を向ける。

 彼女の面影を宿す少女は、必ず現れるさ。

 だって、僕はそのために……。

「ちょっと、詩を思いついたから。もう行くよ」

「ああ」

 

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