十四話
はなみずき25のテレビ・ラジオ番組の公開収録イベント、それは番組の垣根を越えてお互いのコンテンツを違ったカタチで見せるというのがコンセプトだ。ラジオの企画をテレビ風にアレンジし、テレビの企画を音声だけでも成立させることができるのか? それによってメンバーの違った個性をもっと幅広いファンに見せて新規獲得はもちろんだが、運営としては今人気が集中しているメンバー以外も認知してほしいという思いがあった。
それはなぜか? 現状でもグループの運営的にさしたる問題はない。人気上位のメンバーが膨大な時間色々な媒体に出ていることで、グループの認知はされている。しかし、人気の上位者だけでは1日24時間というかえられない事実により、どうしても断ることしかできない仕事というモノが出てきてしまうのだ。
グループの更なる発展を願うのであれば、人気の一極集中である今より人気がある程度分散してくれた方が本人たちの精神衛生に使う時間も増え、より多くの時間を仕事に回すことができと判断した結果であった。
運営がそんな思惑があったとしても、当の本人たちはそれぞれの思惑があり、満たしたい欲求というモノがある。そもそも欲求が無ければ仕事をする必要性もないのだから至極当然ではある。
美祢はその欲求というものに乏しいのではないかという意見が、スタッフの中でもはや共通の認識として共有されている。歌もダンスも人一倍レッスンする。美祢が事務所に来てからレッスン場の床のメンテナンスが早くなったともっぱらの噂だった。
だが、そのレッスンが発揮されているかというと疑問が残る。ライブではミスが少なくラジオではそこそこの人気を得ているのに、実際の人気に反映しない。長く芸能界を支えてきたスタッフ陣も何故なのか疑問が絶えない。
「はい、花菜さま。こんな握手会は嫌だなにがあった?」
「高低差がすごい」
「あー、どっちが上でも腕の負担がね。1ポイント」
それは大喜利のコーナーで起こった。
会場の一角からなぜかお題の答えとは違う反応が徐々に広がっていた。
メンバーはどんな答えが盛り上がるのかと必死になり気が付いていないが、MCを担当する芸人たちは会場の空気を敏感に察して、その原因を探していた。
観客の盛り上がりとは違う流れにすると、イベント自体も台無しになってしまうことがある。ならば、多少の台本の逸脱には目をつぶり先ずは盛り上がりを維持することが優先と考えた。
「はい、美祢ちゃん答えできたかな? まだかぁ~」
「まだ今日1問も答えてないから頑張ろうね」
無言の美祢とのやり取りで何故か会場がわき始める。ここだという芸人特有のきゅう覚が空気の発信源を明確に見つけていた。
「はい、ということで……大喜利はこれまで。美祢ちゃん、美祢ちゃんはさお客さんと触れ合うのも良いけどこっちも相手にしてね」
「ぜんぜん答えてないしね」
「えー! 違います違います。思いつかないんです」
そんな簡単なイジりでも観客がわいてくれる。となれば、それを多用してしまうのも芸人の性だ。
「なんか二人とも今日は美祢を贔屓してますよね?」
「そんなことないよ、な?」
「そうだよ、誰かを贔屓なんかしないって」
一度わいてしまえば、その後はそこを中心に別の話題でも笑いが起きる。好循環のままイベントは進行されていく。
美祢は確かにいつもと違うことをしていた。
前日に主が言った、笑顔を3回。それを時々思い出したようにやってみただけだった。
たしかにそれの効果は絶大だった。客席に向かってぎこちない笑顔をした後は進行にそって笑顔の時間を長くしていく。そうしたら会場にいつの間にか自分の居場所ができていた。
笑顔は笑顔を呼び、いつの間にか自分が本当に笑っていることに気が付く。美祢の笑顔は誰かに伝染し、会場を次第に笑顔で染め上げている。
(主水先生すごい、本当に笑顔は魔法なんだ)
イベントは大成功と言っていい成功で幕を閉じた。
撤収作業を行っている馴染みのスタッフからも「今日は良かったよ」と言ってもらえて美祢はアイドルになって初めての充足を感じていた。
「美祢ぇ~!! 今日は頑張ったねぇ~!!!」
楽屋に戻ると園部が美祢を見つけて抱き付いて来る。衣装が汚れるのも気にしないで自分の胸に美祢の顔を埋める。
「お園さん、くるしい!」
「やればできる子! みーちゃんはやればできる子!」
悩んでいた後輩がイベントで結果を残した。それが園部にとってはとてもうれしいと全身で表現していた。
メンバーの中には複雑な思いの者もいたが、何はともあれイベントが失敗しなかったという満足感が先立っている。なので、今日の功労者を皆が讃えるのだった。




