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百三十九話

「……知らない天井……なんてね。っふふ」

 新しい実家で目覚めて第一声で年齢を感じさせた主は、そのままリビングへと足を運ぶ。

 寝巻に使ったTシャツと短パンのまま、何ともだらしがない格好をものともせず扉を開く。

「おう! 意外と朝早いんだな自由業」

「自由業って……色々あるから睡眠時間はトータルでは変わんないよ」

「そんなもんか」

「そんなもんだよ……何してんの?」

 主と会話しているにもかかわらず、父親は背を向けたままチラリとも主の方を向かない。

 何やら作業中のようだが、テレビの前で何を一生懸命やっているのか? 主はなんとなく気になってしまった。


「ああ、ビデオとかな。整理しとかないと、あの娘たちの思い出わからなくなっちゃうだろ」

「へー。……僕の時とは大違いだね」

「お前はほら、次男だし。それほど大それたこともしないから画にならなくてな」

 長男と娘以外の写真の少なさは、親にとってどういう心理なのだろうか? 子供にとっては永遠の謎である。

「……だからってVHSまで引っ張り出さなくてよくない? デッキないでしょ」

「ふははは! 父の物持ちの良さを舐めてもらっては困るな!!」

 そう言って、奥に隠されていたビデオデッキを引っ張り出し勝ち誇ったように胸を張る。

 いったいビデオデッキを隠して、何を見ていたのだろうか? 主は想像すらしたくなかった。

「ほら! 未だ現役だぞ! すごいだろう」

「本当に動くのそれ?」

「動くさ! 見ろ!」

 そう言って、すでにセットされているテープを不用意に再生してしまう父親。何ともうかつなところはそっくりな親子だ。


 映し出されたのは、歌番組のようだ。

「……なに? アイドルさん?」

「そうだ、……ああ、お前も大それたことしたっけな。アイドルのコンサートで乱闘騒ぎ」

「その節はご迷惑をかけました」

 頭を下げた主を一瞥して、父親はまた背を向けてしまう。

「それは本人か、事務所さんに言うべき言葉だな。しかし、お前もアイドルに興味持った時は流石、俺と母さんの子だと思ったよ」

「もうこの歳で親のなれそめとか聞きたくないです」

「……あの、私が聞いてもいいですか?」

 急に少女の声が聞こえてきたことに驚いてしまう主。そうだった、義妹がいたんだと失念していた。

 綾がリビングにきていた。主とは違いちゃんと外に出れる格好をしている。

 兄妹でこうも違うとは。

「おお! おはよう! そうだな、どこから話せばいいかなぁ」

 父親は、驚きながらも嬉しそうに話しだす。


「ああ、そうだ。この女性ひとがきっかけだったな」

 画像の荒い画面には、一人の女性が映し出されていた。

 線の細い上品そうな女性が、一人軽やかな歌声を響かせていた。

「この女性はな、奥野恵美子おくのえみこさん。俺が高校生の頃に出てきた、アイドルだ」

 懐かしそうに目を細める父親から、二人は画面へと視線を移す。

 どうだろうか。時々外れる音程に、拙いステップ。ステップなら美祢のほうが、歌は花菜の方が上手い。

 だが、どうしてだろうか? 主も綾も画面から目を離せないでいる。

「すごいだろう。あっという間にいなくなったがな、今でもこの女性が最高のアイドルだと俺は思っている」

 確かにそう言わせるだけはある。

 画質が悪く、音質も最悪だと言える映像から目が離せない。

 何か、そう。彼女から発せられる重力に囚われてしまったかのようだ。

「母さんもこの女性が好きでな、カセットを貸し借りし始めたのがきっかけだっかなぁ」

「高校生のころからですか?」

「ああ、母さん以上の女性は現れなかった」

 そう言いきった父親に、綾の眼は輝いているように見える。

 今のところ最高が二人いるような気がするが、主も流石に無粋に思い口にはしない。


「……え?」

「ん? どうした?」

 画面の歌が終わるころ、綾が驚いたように画面を指さす。

 そこには、作詞と作曲者の名前がクレジットされていた。

「や、安本……先生」

「ああ、息の長い作詞家だよな、この人も。……ああ、綾のグループもこの人が作曲してたよな?」

「は、はい」

 綾が驚いたのは、古い映像の中に見知った名前があったからそれだけだった。

 しかし、その隣で主も驚いていたのだ。

 父の好きなアイドルに作詞していたのが安本。そして義妹を含む、一緒に仕事をしている二つのグループに作詞しているのも安本源次郎。


 なぜだろう。

 因縁めいた何かを感じてしまう主がいた。

 そんな偶然などあるだろうと、一蹴してしまうこともできる。

 だが、それをしてはいけないのではないかと感じている。

「奥野……恵美子」

 そう、そしてステージを降りようとしていた彼女は、どことなく誰かに似ていた。

 美祢のようでもあり、花菜のようでもあり、他のメンバーのようにも見える。

「安本源次郎……か」

 芸能界のフィクサー。そう呼んでいた人物を主は何も知らないのだった。

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