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百三十七話

 夢乃の無茶ぶりレッスンから数時間後。

 美祢ははなみずき25のメンバーとともに、全国ツアーの最終日の映像を見ていた。

 メンバーが全員が未だ納得していない、あの謎の賞賛をもらったダブルアンコールでの『冷めない夢』の映像を。

「ねえ! もういいじゃん。恥ずかしいって」

「じゃあ、花菜は帰ったら? 私はもうちょっと見ていく」

 自分でも失態だと思っているあの時の映像を、メンバー全員、スカウト組とオーディション組関係なく食入る様に見ているのが花菜には恥ずかしい。

 しかし、そんなことは関係ないと美祢は花菜を突き放す。

 自分で踊っているときには全然気が付かなかった。でも、確かに映像で見ると花菜の表情も精彩を欠いたダンスもその周りで、困惑や怒りを出してしまっている自分たちのダンスも『冷めない夢』という楽曲に妙にマッチしているように感じる。

 

 今までの花菜がキレキレのダンスをしている『冷めない夢』のほうが、確かに走り出した自分たちのグループ、はなみずき25というのを的確に表現しているようにも見える。

 始まったという疾走感は、従来のダンスのほうが感じる。

 だが、ダブルアンコールという場で、しかも卒業宣言をした夢乃がいるという状況も考えると、あの時の花菜のダンスは正しいと思えてしまうのだ。

 切ないような、くるしい表情は歌詞の中のもどかしさを上手く表現している、ようにも感じる。

「で、今後はどっちの『冷めない夢』にするかが問題やな」

 あいがそう言うと、メンバーに重い空気が流れる。

 今後とは、夢乃が卒業した後も含まれるだろうと理解しているからだ。

「え~、私はダブルアンコールのほうが好きだなぁ」

 夢乃があっけらかんと言い放つ。あなたがそれを言いますか? メンバー全員の口から同じ言葉が出そうになる。

「確かに、曲を考えればこっちの方がええやろな」

 だが、リーダーのあいが夢乃に同意したことで、全員がそろって口を閉ざす。

 そう、実は誰もがダブルアンコールの時の『冷めない夢』の方がよく感じているのだ。


「花菜はできんの?」

「う~ん、微妙かな。できなくはないだろうけど、同じになるかな?」

 あいの問いに何ともはっきりしない花菜の答え。

「例えば、誰かがいなくなると思ったら? 出来ない?」

 美祢の問いに花菜は頭を悩ます。誰ならあの時の状況に似るだろうか?

 悩んでいる花菜に、ソッと美祢が耳打ちする。

「……先生、@滴先生なら?」

 小声ではあるが美祢は思い切った言葉を口にする。花菜はあんたがそれを言うの? という顔を見せる。

 美祢は美祢で、言うよと表情で答える。

 美祢は花菜を通して、センターの可能性と在り方を考えていた。

 自分もかすみそう25ではセンターと務めているんだから、同じセンターとしてパフォーマンスの向上は必死だ。

 それを受ける花菜も一瞬はめんどくさそうな表情を見せるが、それでも目をつむりよく考える。


 花菜にとっては、ようやく出会えた初恋の人であり、現在進行形の想い人。@滴主水が突然自分のもとからいなくなる。それは花菜にとって言いようない恐怖だった。

 もし彼が自分の手の届かないところに行ってしまったら、もしも誰かと結ばれ彼の隣が自分では無かったら。

 想いと連動した花菜の表情筋が歪んでいく。

「花菜、それはあかんわ」

「うん、やりすぎやりすぎ」

 あいと夢乃にダメをもらい、じゃあと考え直す。

 もしも彼に告白をして、断られたら。

 想像しただけで、花菜の眼に涙があふれてくる。

 優しく自分を傷つかないような言葉を必死に選んで、彼の表情が沈んでいくのが容易に想像できる。

 そんな顔をさせたくはない、そうさせないように自分の気持ちを抑えているのに。

 どんな言葉なら彼に届くのだろうか?


「ちょっとええな。な?」

「う~ん、もうちょっとかな? 涙は良い感じだけど、花菜? 毎回できる?」

「無理、もうやりたくない」

 鼻をすすりながら答える花菜に、困ったような表情のあいと夢乃。

「いなくなるじゃなくって、気づいてもらえない感じなんじゃないかな?」

 江尻史華えじりふみかが、歌詞を書いた紙に目を落としながらポツリとつぶやく。

「ふーやん、どういうこと?」

「いや、うーん。……この歌詞ってさ、ここに私はいるんだよって内容だよね?」

「そうやな」

 花菜の実体験を歌詞に落した『冷めない夢』。あの人に自分を見つけて欲しい、今の自分を見て欲しいという想いがこもった歌でもある。

「ならさ、いなくなる手前の感情なんじゃないかな?」

 少し独特な感性を持っている史華の言葉をどう理解すればいいのか頭を悩ませるメンバー。

 史華も伝わってないのを理解すると、どういう言葉にすれば伝わるのか頭を悩ませる。

「もっとさ……そう! 私を見てって感じは?」

「あ~いいなそれ」

 史華の言葉に反応したのはあいだけじゃなかった。

 花菜の顔が急速に紅く染まる。

 そう、自分の放った言葉がここで帰ってくるとは思っていなかったから。


「あ、それ! その表情いいよ花菜」

 見透かされたかのように夢乃からお褒めの言葉をいただくのだった。

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