百三十六話
夢乃の無茶振りから始まった、かすみそう25の一期生、二期生が全員集まったレッスン。
ライブでの感覚を思い出そうとする英美里たち二期生年長組と未だに先輩たちとのレッスンに緊張している年少組とで、齟齬が生まれてしまう。
中々上手く行かないことに苛立つメンバーや、仲間が苛立っていることに萎縮してしまうメンバーなど、反応は様々だ。
ただ言えることは、一期生、二期生双方とも集中力を欠いたメンバーが目立つ。
その中で一番ソワソワと時計を気にしていた少女が、主と何やら真剣に話しているのが美祢の目に入ってくる。
「美祢、あの娘いいの? 言いづらいなら私が言ってくるけど」
夢乃が美祢の肩に肘を置きながら、やけに厳つい表情で話し掛けてくる。
「夢乃さん、いいんですよ。わざわざ嫌われ役やらないでも。それに……あの娘は先生の特別ですから」
「えっ!?」
言い方を間違えたと想いながらも、でも事実だしなぁと、美祢は思案する。
それにしても事情通を自称している夢乃でも知らないこともあるんだと笑いが込み上げる。
初めて認識しただろう後輩と、見知った外部の作家の関係に頭を悩ませている夢乃が、堪らなく面白い。美祢は、ついつい出来心でそれ以上は黙ってしまう。
そんなことをしていると、主はその少女と別れ部屋を後にどこかへといてしまう。
「え? @滴先生いっちゃった。行っちゃったよ美祢」
夢乃が困惑した声を上げているが、美祢は少女の家族構成を思い出し、納得した表情を浮かべる。
そして、小休憩をとるように全員に伝える。
◇ ◇ ◇
その後もレッスンは続いたが、夢乃の表情は明るくはない。
「やっぱり、ライブのノリって大事なんだね」
「う~ん、もうちょっとできるかとは思ったんですけどね。さすがにあのテンションをレッスン中に出せないですよね」
美祢も夢乃に同意する。
あの時の想いに嘘はない。今でも二期生をなんとか押し上げようと一期生は自分たちなりに反省会を開いている。二期生も一期生に負けないように話合いをしようと頑張ってはいる。
ただ、慣れない振り付けを思い出しながら動くという、頭と体両方を疲労させている二期生には活気がない。
「あれ? もう終わっちゃった感じ?」
そんな合間の時間に、主は帰ってきた。
「あ、@滴先生。お帰り……え!? その娘誰!!??」
「ああ、初めましてだよね。この子は僕のいもうと」
「妹!!???」
主に紹介された女の子、小学生だろうか背中にはランドセルを背負っている。
あまりにも年の離れた妹の紹介に、夢乃は少女と主の顔を何往復も視線を走らせている。
そんな視線に恐怖を感じたのか、女の子は主の足に隠れる。それでも夢乃が同じ視線を向けるので、女の子は主から離れ逃げてしまう。
「あ! ……もう渋谷さんが大きな声出すから」
「え!? ……あ、ごめんなさい」
夢乃が逃げ出した女の子をそれでも視線で追うと、一人のメンバーに抱き着きその胸で顔を隠してしまう。
そのメンバーの顔を見れば、主がレッスン場を出る前に話していた二期生ではないか。
「あれ、……あの娘」
「そう、あの娘も僕の義妹」
主の言葉を正確に理解できない夢乃は、眼を見開いて驚いている。
「@滴先生、……二人兄弟でしたよね?」
「渋谷さん、そんな情報どこから仕入れてくるの? 立木さんにも話してないのに」
主は驚きを通り越して、呆れた顔を夢乃へ向ける。
いったい、夢乃に情報提供したのは誰なのだろうか?
もしかしたら、もう一度個人情報保護について話し合わないといけないのかもしれない、担当の編集者と。
「渋谷先輩! すいません!」
ランドセルごと妹を抱えた二期生が慌てたように走ってきて、夢乃への謝罪をする。
「う、ううん。私の方こそ大きな声出しちゃって……ごめんね」
興味深そうな夢乃の視線が、二人の姉妹と主に注がれる。その視線は聞いてもいい? と、すでに言っていた。
深いため息をして、主は二期生の頭を撫でながら僕から話してもいいかな? と声をかける。
緊張した表情の二期生は、俯きながらも頷く。
「お姉ちゃんのほうが、佐川綾ちゃん14歳で。妹の方が佐川玲ちゃん7歳。二人は実の姉妹なんだけど、養護施設にいたんだ」
二人の両親は、幼い二人を残して失踪してしまった。親戚なども見つからず、養護施設に入ることになる。
それから数年後。綾が友達と軽い気持ちで、かすみそう25の二期生オーディションに応募したことがきっかけだった。
あれよあれよとオーディションが進み、最終オーディションまで合格しまったのだ。
アイドルになるには、契約が必須。両親がいない綾は途方に暮れて施設長に相談するしかなかった。
「で、そこの施設と懇意にしてる、うちのお節介叔母がお節介したんだけども、結局僕に相談を持ち掛けてきた訳」
「え、@滴先生……引き取ったんですか?」
「無理無理! 僕は結婚もしてないんだよ!? それに物書きなんて不安定な職業だし、審査が通るわけないじゃない」
「でも、佐川って……」
「彼女たちを引き取ったのは、僕の両親。だから、この娘たちは僕の義妹なの」
主はそれでも最初は、自分で引き取るつもりでいた。従弟で弁護士の麻生潤に現実を突きつけられ、しかたなく兄夫婦に相談しに行ったのだ。そこで何故か、呼んでもいなにのに主の両親が自分たちの子供にすると書類持参で現れた。
さすがに年齢的なこともあり、主は兄と従弟とともに無理だと説得したのだ。だが、両親は頑なに譲らず、結局現状に落ち着いたのだった。
「本当にもう、大変だったんだから。『義娘が東京でアイドルするなら自分たちも東京に行く』って言い出して、実家放り出して今東京にいるからね」
「あの、……すいません」
「ああ! 良いの良いの! あの人たちの行動力に呆れただけだから。それにね、僕はうれしいよ? 可愛い妹が二人も出来たんだから」
主は綾に視線を合わせ、新しく兄妹になった二人の頭を優しく撫でる。
「@滴先生。……その言葉に他意はないですよね?」
「あるわけないでしょ!!」
「……夢乃さん」
怪しむ夢乃を呆れながら美祢が引きずり遠ざけるのだった。




