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百三十五話

 いつものように美祢がひとり、レッスン場で踊っている。周囲にスタッフの姿もなく、鏡に映る自分と踊っている。

 不意に鏡の中の美祢が、よろける。

 合わせたように、美祢が足をもつれさせ床に手をついた。

 美祢はそのまま、仰向けに寝転がり苦しそうに胸を揺らしている。

「あきれた、毎回こんなになるまでやってるの?」

 天井を眺めていた美祢に、声がかかる。

 ダンスのレッスン場で、この声を聞くのはずいぶんと久しぶりな気がする。


「夢乃さん、珍しいですね」

 美祢は幻かもしれないと、いつもは言わないような皮肉混じりの返事をしてしまう。

「私だって、ダンスのレッスンくらいするって」

 なんだ、本物だったかと思いながらも美祢は、この半年で積もったものが噴き出てしまう。

「なんで、今なんですか? スカウト組のみんなは、私の目標だったのに。なんでやめちゃうんですか?」

 疲れから美祢の思考の働きが、落ちているのだろう。普段であれば決して言わない美祢の本音が漏れる。

「違うよ美祢。私には今しかなかったの……よっと」

 夢乃が美祢の横に来て、腰を下ろす。

 美祢も横たわった自分の体を起こし、夢乃と同じ体勢をとる。

「美祢は、ずっと誰かを追いかける側だったからわかんないだろうけどね。私のアイドルとしての最高は、きっと……はなみずき25結成した時なんだよ」

 力なく笑う夢乃を見て、美祢はこの人は誰だろうと一瞬戸惑う。

 確かに夢乃の顔で夢乃の声だが、その内容は夢乃が喋っているようには思えなかった。

 あのいつも自信満々でアドバイスをしていた夢乃と同じ人物なのか? 美祢は黙るしかできなかった。


「最初はあれ? って、思うだけだったんだけど、いつだったかな……お園と隣のレーンになった時があったの、握手会でね。そしたらさ、いつも私のレーンにいた人がさ、お園のレーンにいたの。しかも隣に私がいるって気付かないでさ。あーこれはヤバイって、そしたら案の定番手落ちるじゃん? フォーメーションの。そこからだよね、アイドル以外の仕事で結果出さないとって思い始めたの」

 夢乃は抱えていた自分の膝を強く抱え込む。美祢に言っていい話なのかとも思ったが、きっと今を逃したらきっと言えない。

「決定打はさ、美祢に番手抜かれたことだよね。完全にナメてたから、絶対に抜かれないって。……でも、美祢が頑張ったのはきっと誰かに見てもらえてたんだよね。私とは違って、アイドルを頑張ってたからさ、誰かの眼に止まったんだよね」

 夢乃は膝を抱えていた手を離し、大の字になって寝転がる。

「だからね、今しかないの。はなみずき25を美祢たちが有名にしてくれた今しかないの」

 芸能界を生き抜くためには、肩書というのもはある方がいい。

 あの大学を出ただとか、元○○出身だとか、視聴者のとかっかりになる肩書は特に重要だ。

「だったら! ……」

「そうね、もしかしたら数年後のほうがもっと有名になってるかもしれない。……でも、その時まで私が耐えられないかも」

 夢乃はまた、困ったような顔で笑う。


「今もらってる仕事がさ、ものすごいチャンスなの。けど、はなみずき25の仕事と両立できるかわかんなくって。だから、後悔のない選択出来たと思う」

 夢乃の表情に力が戻ってくる。

 いつもの、美祢が知っている夢乃の顔だった。

「そう、なんですね」

 逆に美祢の表情から力が消える。

 その表情を見た夢乃が、さも思い出したと言わんばかりに手をたたく。

「そうだった! 美祢、あんた明日オフだよね?」

「はい、……?」

「私あれ見たい! ツアーで美祢たちがやった自分を消すっていうの、どんななのか見せてよ」

「いいですけど、アレはみんながいて出来たと言いますか……みんなのノリ? があっただけなんですけど」

「ふーん……なるほどなるほど」

 夢乃は何か納得したような表情をした後、自分の携帯に手を伸ばす。

「あ、あの夢乃さん?」

 何か嫌な予感がする。

 美祢の頭の中で激しい警笛が鳴り響く。


 ◇ ◇ ◇ 


「なんでこうなったんですか?」

「だって、かすみそう25のメンバーがいたらできるんでしょ? だから」

「だからって! 全員呼んでどうするんですか!! 中学生もいるんですよ!」

 夢乃を叱責する美祢。はなみずき25の番組でも見ないレアな一場面だ。

 だが、美祢のもっともな指摘も笑顔でいなし、夢乃はこともなげに言い放つ。

「だから、ほら。引率の先生も呼んだじゃない」

「渋谷さん、どうやって佐藤さんとの打ち合わせ終わらせたの? ねえ?」

 先ほどまで担当編集の佐藤との打ち合わせをしていた主も、呼び出されていた。

 主は怯えたような表情で、夢乃を見ている。

「じゃあ、見せてよ。『走らなきゃ見えない』」

「夢乃さん……もう! ゴメンね、みんな」

 美祢の謝罪に美紅が手を振る。

「全然全然。ちょうどさ、二期生にももう一度やらせてほしいって言われてたんだ」

「……美紅に言ってきたの?」

「うん」

 さも当たり前かの様に言い放つ美紅に、美祢はホホを膨らませる。

「私……聞いてない」

「だって、ずっと一人でレッスンしてるんだもん。そりゃ言えないでしょ」

「むー」


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