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百三十三話

「ちょっと! 花菜!!」

 ステージ上で、ファンに別れを告げて舞台袖にメンバーが駆け込むと、美祢は花菜に突っかかる。

 さっきのパフォーマンスは何なのか? 自分の追いつきたかったアイドルはあんなものなのかと。

 美祢が口に出そうと、息を吸い込んだその瞬間。控えていたスタッフが花菜の下に殺到する。

「高尾! 最後の『冷めない夢』! よかったぞ! 新解釈! 新境地だな!!」

 まるで、花菜の手柄の様にスタッフ全員が、興奮しながら花菜を称賛している。

 美祢はその勢いに圧され、吸い込んだ息をただ吐くことしかできなかった。

「高尾先輩!! すごっく良かったです!」

 あろうことか袖で見ていた、かすみそう25のメンバーでさえ花菜を称賛している。

「あ、ありがとう」

 当の花菜は怒られるつもりでいたので、肩透かしを食らった形だ。


 メンバーたちも、困惑している。

 花菜がステージ上で、あんなにも集中を欠いたパフォーマンスを見せたのは初めてだ。

 いつも自分たちの上に君臨していた絶対的なエースが、自分たちのところまで下りてくるという醜態を見せたのに。何故か自分たち以外には好評なのだ。

 メンバーも花菜の後に、次々と称賛の言葉をもらっていた。

「あ、あの! 最後の曲の映像って見れませんか!」

 混乱を極めた美祢が、スタッフにつめ寄る。

「え? ああ、見れるとは思うけど……」

 詰め寄られたスタッフは、自分の腕にある時計に目を落とす。

 見れないことはない。会場ではカメラが回っていたのだから。

 だが、それを見せていると撤収の時間がない。

「どこで見れますか!」

 スタッフの表情も読み取れないほど混乱している美祢に、あいの声がかかる。

「美祢、今はそれより撤収の準備せんと。後でゆっくり見ればええやん」

「でも! ……わかりました」

 美祢は肩を落として、控え室へと歩いていく。

 あいも美祢の気持ちは十分わかっている。だが、リーダーとしての仕事を放り投げてまですることではない。


 そして、花菜以外にもスタッフに囲まれているメンバーが、一人。……夢乃だ。

 アンコール中とはいえ、ステージを披露する場で自身の進退発表をするという行為を大人たち、立木を中心とした数人で怒られている。

「渋谷……発表は、運営からって言ったじゃないか。まったく……」

「あはは、ごめんね。立木さん」

 夢乃の顔には、一切済まなそうな影はなく、むしろやってやったと、誇らしげでもある。


「でも、まあ、言ったものは仕方がない。次のシングルまで、頼んだぞ。渋谷」

「はい、伝えたいこともいっぱいあるから、頑張ります!」

 晴れ晴れとしたいい表情のまま、夢乃は立木に答える。これは演技なのか、本心なのか。立木には判断できない。もし、自分の立場に@滴主水がいたなら、あの観察眼で何かを導き出すのだろうか? 

 以前、安本に言われたアイドルたちの『真正面に立つ』という言葉。なるほど、確かに自分には足りていないなと、想わされる。

 背を向けた夢乃に、立木は声をかけてしまう。

「渋谷、後悔無いんだな?」

 振り向いた夢乃は、ステージ上のように笑いかける。

「立木さん、そんなのわかんないでしょ?」

 

 そうだった。後悔するもしないも夢乃のこれから次第、大人は結論を早く求めてしまうと、自嘲する。

 結論を得るためには、過程こそが大事だというのに。

「俺も、変わってみるか」

 立木は、自分の育てたアイドルに何かを教わった気がした。

 自分の道を歩き始めようとしている夢乃は、そこにある障害物すら楽しんで越えていきそうなほど、足取り軽やかに控え室に歩く。

 立木には、それすら眩しく映るのだった。


 ◇ ◇ ◇ 


 後日、夢乃は事務所のとある一室に呼び出されていた。

 そこは、美祢の運命が動いた部屋。多くのスタッフ・タレントが出入りする事務所で唯一不可侵を貫いている大物作詞家の聖域。

「よく来たね、渋谷夢乃さん」

「お久し振りです、安本先生」

 そう、夢乃が安本に会うのはこれが二度目。結成前に女優班からアイドル班に移るよう説得されて以来の会合だった。

「卒業を決めたんだってね。おめでとうでいいかな?」

「はい、ありがとうございます」

 安本は世間の知る通りの柔和な笑顔のまま。夢乃は若干の緊張はあるものの、そこまでではない。

「3年か、僕のわがままに付き合わせて悪かったね」

「いえ、アイドルも楽しかったです。……けど、私はあなたのアイドルにはなれませんでした」

「オーディションしていなからと、区別していたつもりは無いんだよ。君もはなみずき25には、必要な人材だったと思っているよ」

「今は、そう思っていただけるんですね」

 夢乃の言葉に、肯定も否定もなく安本は、ただ笑っている。

「私には、最後まで先生の求めるアイドルの姿が見えませんでした。でも、それがどういうものかは、なんとなくわかりました」

「あと、3カ月か……こんなこと言える義理は無いけどね、どうか、残りの時間で力を貸してくれないか」

 安本が頭を下げている。ただのアイドルに向かって。

「最後に私もわがまま言っても良いですか? 先生、私の曲書いてくれませんか?」

 夢乃が安本に要求する。つまりはそう言うことだ。

「ああ、君名義の曲と君がセンターの曲どっちがいい?」

「はい、私が書いてほしいのは……」

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