百三十一話
はなみずき25のツアー最終盤。ダブルアンコールに美祢が登場すると、会場からは美祢を称える声が聞こえる。
「みね吉~! お疲れ様~!!」
「ありがとう~!」
美祢は、その声に笑顔で手を振りながら応える。
全国ツアー、それも2グループ同時出演という不可能をやりきったことは、美祢にはこれ以上ない自信となった。
かすみそう25は、美祢という主柱がいない時間でもしっかりとステージを行え、センターの美祢の意図を汲み取れるまでに成長した。
では、姉のはなみずき25はどうだろうか?
ステージに駆け込んできた美祢を身体で迎え入れたのは、年も近い西村菜月。菜月は少し目を潤ませて、マイクの外で大丈夫なのかと確認している。
園部レミも少し遅れて、駆け寄っていく。それに続くようにオーディション組は、過酷なスケジュールをこなした美祢を讃えている。
スカウト組でも渋谷夢乃と香山恵は、美祢の近くでその頑張りを誉めている。
だが、他のスカウト組。リーダーの小山あいは、立ち位置を動かずに美祢に声をかけている。
それはリーダーとして全体を見なくてはいけない役割があるため、仕方がない振舞いだろう。
そして、高尾花菜は親友として美祢に全幅の信頼がある。美祢にできないはずがないと我が事の様に誇らしげにメンバーを見ている。
ただ、残りの二人。江尻史華と小山操は、何も言わずアイドルとしての表情を崩すことなく佇んでいる。
この二人の振舞いは、進行する側の小山あいにとってはありがたい。
全員が入り乱れれば、収拾がつかずステージが押すことになるのだから。プロのアイドルとして正しい姿勢だと評価できるかもしれない。
しかし、見ている側にはそうは映らない。
奮闘してきた仲間に対する態度なのだろうかと、客席に冷えた空気が流れてしまう。
そうなると、熱狂の中では見えない部分が強調されてしまう。
すなわち、スカウト組とオーディション組の確執だ。
一塊になるオーディション組に対して、外から見ているような雰囲気のスカウト組。
グループ結成当初は、その経緯を知るファンも同情を禁じ得ないとしてきた。
だが、3年目となりグループ内でも色々と動きがある時期を超えた今、まだこんな状態なのかと、挙げられていたペンライトが少しずつ下がっていく。
さっきまで会場全体を把握していて、会場の空気に過敏になっていた美祢はいち早く行動を起こす。
このままではいけないと。
自分からスカウト組に駆け寄り、立ち位置的な距離感を少しでも無くそうと試みた。
だが、美祢との関係性の薄い江尻史華と小山操は、少しだけ美祢を避けてしまう。
表情はアイドルのまま、わずかな態度でその関係性を語ってしまう。
それでも美祢はあきらめなかった。
わずかに避けた二人を強引に引き寄せて、無理やり顔を寄せて耳打ちをする。
「二人とも、ファンが求めてる演技とずれてますよ。今はキャラより関係性です」
美祢の演技指導に驚きはしたが、会場の空気をみれば美祢が正しいと気が付く。
悔しさを隠して、二人は美祢の頭を撫でるなど本当は仲がいい風の演技に切り替える。
3人が必死に場を整えていると、後ろから3人を抱き締めてくるメンバーがいた。
夢乃だ。
夢乃は、3人を抱き締めて小声で褒める。
「えらいえらい。よく切り替えた、頑張ったね」
美祢は素直に褒められたことに驚いてしまう。
演技関係で、美祢が夢乃に褒められたことなどないのだから。
「美祢、あんたは本当にすごいね。もっともっとすごくなる。だから、頑張りなよ」
「夢乃さん……?」
夢乃は、美祢を一撫ですると前に進んでいく。
あいに目線を送り、夢乃が前に立つ。
夢乃の視線に、あいは目を伏せる。何か言葉をかけた方がいいのだろうか?
そう思い夢乃に視線を走らせると、夢乃は歯を見せながら輝くような笑顔を浮かべていた。
あいは、夢乃を引き留めようとしてしまう、自分を押し留める。
よく見ておくんだ、あれが夢乃の最初の大舞台だ。これからの夢乃の役者人生でもそうそうお目にかかれないであろう大舞台だ。
仲間として、いや、役者として先を行く彼女が私たちに見せてくれる貴重な芝居。
しっかりと目に焼き付けておかないといけない。
夢乃が先に行こうと、私たちは仲間なのだから。
「頑張りや、夢乃」
あいは、夢乃の背中にそっとつぶやく。
「みんな~! 今日は来てくれて本当にありがと~!」
突然夢乃のMCが始り、一瞬戸惑う客席。だが、メンバーから声が掛かれば反応するのが現場の常識だ。ファンは珍しい夢乃のMCに盛り上がっているぞと反応を返す。
「今日はね! 大事な報告があります!」
隣りの会場のかすみそう25のステージでは、次回作の楽曲が発表されたのが聞こえてきていた。
じゃあ、はなみずき25も新曲だろう。夢乃がMCをしているなら、センターはまさか……。
とんでもないサプライズが待ているのだと、ファンは期待してしまう。
「私、渋谷夢乃は! 9月をもって、はなみずき25を卒業します!!」
一瞬、歓声を上げそうになったファンも声を引っ込める。
夢乃は、いったい何を言ったのか?
会場はまるで誰もいなくなったのかと疑うほど凪いでいた。
「みんな、今までありがとうございました。楽しいアイドル生活でした~!! 9月までよろしくね!」
夢乃は、会場が静まり返っているにも関わらず、笑顔で卒業を告げる。
ファンたちは、未だに夢乃の言葉の意味を探していた。




