百二十九話
「賀來村! 賀來村はいるか!?」
はなみずき25とかすみそう25の合同全国ツアー最終日。はなみずき25の楽屋に、立木があわただしく駆け込んできた。
立木の様子から、大至急の事案だと読み取ったレミは、立木が振り向くより先に答える。
「たぶん、かすみそう25の楽屋にいると思います」
「すまん、園部。助かった!」
立木はろくにレミの顔も見ないで、礼だけ言うと足早に去っていく。
レミはそれを満足そうに見送っていた。
「賀來村! いるか!?」
よほど急いだのだろう。立木は顔から汗を流しながら、かすみそう25の楽屋に駆け込む。
「は、はい! ここです」
メイク途中の美祢は前髪を上げたまま、立木の下に走る。
「ああ、すまん。メイク中だったか」
「いえ、すぐ終わりますから」
「だったら、メイク終わってる連中連れてステージ集合だ!」
立木は、肩で息をしながらも確実に美祢に伝える。
美祢は嫌な予感を覚え、顔を引きつらせながら立木に確認をする。
「へ、変更ですか? 今から」
「違う。追加だ」
美祢は目を白黒させてしまう。
かすみそう25の楽曲は、そう多くない。アルバム収録曲11曲とつぼみ時代の楽曲が3曲。それに加えてユニット曲が5曲の計19曲。そして最終日の今日は、二期生だけの楽曲が1つ。MCや移動を含めて2時間のライブ構成だ。
そこにアンコールなども含めると、2時間30分。
その演出やカメラ位置などを覚える出演者には、頭も身体も上限いっぱいの2時間30分だ。
変更ならばまだいい。しかし、追加となると若い世代の多いかすみそう25のメンバーと言えど、つらいだろう。
だが、立木は美祢の反論などは聞くつもりもないと、自分はさっさとステージに向かって走り去っていく。恨めしそうな顔のまま、美祢はメイクを終え騒いでいた最年少トリオと日南子、智里を呼び、まみと美紅にはメイクが終わり次第、大至急でステージに来るよう伝えて年少組を引き連れてステージへと走り出す。
美祢がかすみそう25のメンバーを引き連れてステージに上がると、ステージには二期生の姿もあった。今日初めてパフォーマンスするというのに、こんなトラブルにも似た変更で戸惑っているに違いない。
美祢は立木の方を睨むが、立木はしかたがないだろうと目で訴えている。
「あとは、二人か。先にみんなに謝っておく、かすみそう25のステージに追加の指示が入った! 一期生、二期生一緒の楽曲が、昨日できた。これは、次回の表題曲だからな。ここでフォーメーション発表もしておく! センター賀來村! フロントは荻久保! 矢作! 二列目! 埼木! 匡成! 上田! 橋爪! 東濃! 二期生は三列目だ! 舞台はメインしか使わないから、立ち位置だけ確認しろ! それと本決定じゃないけど、振りもあるからちゃんと入れておけ! ……本多先生、お願いします」
立木の声で前に出てきた本多の顔色は優れない。
そして、その眉間には美祢でさえ見たことのない、深い深いシワが刻まれていた。
「まったく、安の野郎。ジジイをこき使いやがって。この歳で徹夜がどれだけきついか。……はあ、じゃあお前ら、時間は無いけどしっかりな」
そう言って、音楽を促す。
本多はセンターパートを、本多の部下たちはそれぞれメンバーのパートを踊り始める。
本多は60を超える老体を躍動させる。
時間のない振り入れだというのに、激しい動きが多い。
全員で合わせるジャンプや、走りながら入れ替わる立ち位置。
美祢でさえ、これをライブ当日に入れてファンの前で披露するのは難しいと思う。
だが、それ以上にこの楽曲を早くファンに披露したいと思わせる。
この楽曲は希望だ。かすみそう25の楽曲に新しい風を運んでくる二期生そのもの。
明るく若いメンバーの多いかすみそう25に見事にマッチした、まさにアイドルポップな楽曲。
ライブの初めに持ってきたら、盛り上がるだろうと思わせる陰鬱さのかけらもない曲調に、美祢は知らず知らず身体を動かし始めていた。
二期生はまだ戸惑っているが、一期生は後から来たまみや美紅も集中してフリを確認している。
「と、まあこんな感じだ。できるか?」
「はい!」
一期生は本多に笑顔で返す。二期生には気の毒だが、頑張ってもらうほかにない。
「タイトルはなんて言うんですか? この曲」
美紅が手を挙げて、立木へ質問する。
「ああ、そうだったな。この曲のタイトルは……『走らなきゃ見えない』だ」
かすみそう25のライブで、オープニングナンバーとして長く愛されることになる楽曲。
疾走感と曲調の明るさで、歌う側も聞く側も知らず知らずのうちに笑顔があふれるこの曲が、かすみそう25最初のシングル曲。
かすみそう25の代表曲ともいえる楽曲は、こうして産声を上げた。




