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百二十八話

「みーちゃん! 大丈夫!?」

 はなみずき25の楽屋に美祢が、主を伴って入室すると園部レミが、心配そうな声を挙げて駆け寄ってくる。

「お園さん、大丈夫。ただ冷やしてるだけだから……」

「でも……」

 レミは本当なのかと、視線で主に問いかける。

 主はその視線に頷くが、表情は優れない。主の反応を読みきれないレミは、改めて主に問いかける。

「先生、本当に大丈夫なんですか?」

「あ、うん、冷やしてるから大丈夫だとは思うけど、明日も違和感感じるなら、病院かかった方がいいかも」

 看護師の経験のある主は、クセで曖昧な答え方をしてしまう。確定診断は医師の仕事という大原則は、主の骨の髄まで染み込んでいた。


 そんなこととは知らないレミは、少しだけイラつきながら言い放つ。

「先生! 何のために一緒にいたんですか!?」

「うん……ごめん」

「お園さん、私が無理しただけだから、先生を責めないで」

「でも! ……みーちゃん、こっち座りな」

 美祢を主から引きはがし、椅子に座らせるレミ。

 申し訳なさそうな表情のまま、控室を後にする主に松田マネージャーが駆け寄り、レミの非礼を詫びるが主は自分こそ申し訳ないと残し、そのまま会場を後にする。

 その背中が消えるまで、松田マネージャーの胸元のカメラが追っていた。


 ◇ ◇ ◇


「松田から映像来ましたよ、大将」

「ライブ後に申し訳ないことをしたかな?」

 安本は立木に悪びれる様子もなく訊ねる。そんな安本に立木は首を横に振り、答える。

「これも仕事ですから。……あちらに出しますね」

 立木は、安本の作詞部屋にある大きなモニターに松田が隠し撮りしていた映像を映し出す。

 監視員からの報告を受けてはいるが、それだけで判断はしないのが安本流だ。

 自分の直接の部下を用いて、アイドルたちに何が起きているのかを常に観察している。

 もちろん、監視対象はアイドルたちの周辺にいる人物も入っている。

 主の映像を見るのも、これが初めてではない。

「……ふふふ。山賀め、見る目が落ちたのか? ……いや、わざとか」

「大将、どうしますか?」

 美祢と主の表情を見れば、二人が互いを意識しているのは紛れもない事実として映っている。

 安本の目をごまかせるはずもない。なのに、山賀の報告はいつも二人は問題ないとしか報告を上げてこない。

 山賀なりの意図がそこにあるのは間違いは無いだろう。

 安本は、少しだけ思案して立木に指示を出す。


「立木、@滴くんの次の契約にはこっちを使いなさい」

 そう言って、一枚の紙を机に走らせる。

 立木は無言のまま、受け取った紙を熟読する。

 これまで、主と交わしてきた契約書とさほど変わりない様に見える。

 だが、決定的に違う文言が盛り込まれていた。

「大将、これは……、本気ですか?」

「冗談ではないよ。それとも、お前がやってみるか? それなら彼を切っても構わないが?」

「私には、……荷が勝ちすぎています」

 含み笑いのまま、安本は立木から目を離さない。本当にできないのか? そう問いかけていた。

 立木は、とてもじゃないが自分にできるとは思えなかった。悔しそうに首を振る立木。

「なら、よろしく頼んだよ」

 そう言うと、安本は立木に背を向けてしまう。

 安本の表情が読めなくなった立木は、どうしても腑に落ちないと口を開く。

「一つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」

「どうして、今なんですか?」

 安本は立木に背を向けながら、大きく笑い声をあげる。


「どうして? どうしてときたか! ……っくくく! あっははは! ……立木よ、今からでも遅いくらいだ」

 振り向いた安本の眼は、一切笑ってはいなかった。

 本当にわからないのか? 安本はそう視線に問を乗せていた。

「立木、言っておくが、俺も人間だぞ?」

「……それは知りませんでした」

「……っふ。言うようになったな」

 安本は手を振り、立木に退室を促す。

 立木は、悲痛な表情を残して安本の作詞部屋を後にする。


 ドアが完全にしまる音がすると、安本は作業机に向かい、ドッシリと腰を下ろす。

 山賀が彼をかばう理由をそれとなく思案する。

 駄目だ、さっぱりわからない。だが、面白い。

 作業途中だった楽譜を手に取ると、あっという間に一曲分の歌詞を書き上げる。

 なんて愉快な気分だろうか。予測できないことが起きることが嬉しくてしかたがないと安本は笑う。

 その声は、だんだんと大きくなり部屋いっぱいに広がったいく。

 そして、山のように積み上げられていた楽譜が、一枚、また一枚と削られていく。


 あの男が現れてからというもの、筆が止まる気配がない。あの不器用さ、あの愚さ、あの自信のなさが安本の筆を走らせる。

「ふぅ、……@滴主水くん。君にはお礼をしてもしきれないよ。さて、君へのご褒美は何がいいだろうか?」

 悪魔じみた笑い声が、作詞部屋に響いていた。

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