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百二十七話

 カチャリと美祢が、覚悟をもって出したネックレスを見た主の反応は、美祢が思っていたような反応とは違っていた。

「あ、美祢ちゃんもそれ持ってたんだ。いいよね、シンプルで」

「え? ……は、はい、そうですね!」

 美祢は主の反応が、自分の想定していたものとは違うことに一瞬戸惑ったが、もしかしたらこのまま流すことができるのでは? と、主に話を合わせてしまう。

 肩をすかされた形の美祢の中の衝動は、行き場を失いまだ胸の中に留まっている。


 だか、主のネックレスがすべて出されると、美祢は自分の持ち物とは異なっているところをみつけてまう。

「先生、それ……」

「あ、ああ、これね。ほら、コーデ企画で高尾さんに買わされたペ……リング。着け慣れてないから失くさないようにね」

「花菜のリングですか」

 美祢は、主が一瞬言い淀んだのを見逃してはいなかった。しかし、やぶ蛇になるのを恐れて指摘はしない。

 しないが、『ペ』がつくリングなどペアリング以外にない。まして、そのリングの装着場所として自分とのお揃いのネックレスが使われているのにいい感情など有るわけがなかった。

 加えて言えば、主がネックレスを買ったのもコーデ企画。自分のは忘れているのに、花菜のリングは忘れていない主の態度も、美祢には面白いものではない。


「先生、花菜には甘いですもんね!」

 ふて腐れたような美祢に、主はなんのことかと動揺してしまう。

 主としては、美祢も花菜も、他のメンバーに比べたら特別扱いしてしまう二人なのだか。

 花菜が自分に投げ掛けた『私を見て』という言葉の意味や、先程見ていた美祢の思い詰めたような表情の意味。それらを主は心の中で。自分に問いかけていた。

 レミの何かを悟っているかのような『先生があの娘たちの気持ちに気づくころには、私はいないだろうしね。慰めてあげられないから』の言葉の意味を合わせて考えていた。

 だから、自然に二人を目で追うし、二人の仕草が主を捕らえて離さない。


 そう、この二人がレミの言う『あの娘たち』は、美祢と花菜なのかもしれない。いや、そうであって欲しい。だか、そうであって欲しくはない。

 主の中には、矛盾した二つの感情が交差していた。

 何故なら、主の中で自分の最高到達点は『今』。

 だか、彼女たちの最高到達点は『今』ではない。彼女たちには、未だに膨大な時間というものが存在する。自分のように、もう時間が重荷になった人間ではない。

 レミは、時間を言い訳にして欲しくはないと言ったが、それは主には無理な話だ。


 時間は等速で過ぎていく、誰にとっても。それは、真理だろう。しかし、それが優しい嘘であることもわかっている。

 世代に対する時間の経過は、等速であっても決して等価ではない。

 若さとは、誰しもが手にして、誰もが食い潰す財産の名前だ。

 それを自覚している主には、若い二人にどうか自分にその財産を投資して欲しくはないと思う。

 だから、彼女たちの気持ちには気が付いてはいけない。


 主は、願う。

 心の痛みよ、どうかもっと自分を責め立ててくれと。その痛みが有る限り、僕は彼女たちとの違いを忘れないから。

 彼女たちとの思い出だけで、十分だから。

 早く彼女たちの思い出に、浸らせてくれと。

 胸元のネックレスとリングが、熱をもって主を責めるように存在感を高める。

 ありがとう、僕には、君たちだけで十分だよ。

 主は、優しく二つの無機物に語り掛ける。


 笑顔を作り直して主は、美祢に答える。

「高尾さんだけが、特別じゃないよ。美祢ちゃんだって、……僕には特別だよ。今の僕があるのは二人のおかげだから」

 僕にとって二人は、恩人だから。

 そう、だから、僕で立ち止まらないで。

 きっと、先にはもっと輝く誰かと出会うから。


 美祢の手が、主の袖を掴む。

「先生、……」

 美祢はまただと、またこの人に自分を責めさせてしまったと思った。

 また、主の存在感が希薄になるのを感じていた。

 美祢は、自分の愚かさに恥じていた。

 なんて自分は子供なんだろう。この人に自分を責めさせるなんて。

 恩人でもあるこの人に、どうしたら、何を言ったら、この人を癒すことができるのだろう?

 もっと、大人なら、自分が子供じゃなければ。


 主の願いとは反対に、美祢は速く大人になりたいと、主にこんな言葉を言わせない存在になりたいと願う。

 主は、勘違いをしている。

 残された時間に違いはあっても、人は『今』しか生きることができない。

 そして、未来に何があるかなど予見することができないのだ。

 そして、他人の気持ちを自分の物差しで語ることが、愚行と呼ばれることも主は知らない。


 主は、いつか知るだろう。

 予期せぬことが起きるから、未来なのだと。

 予期できないからこそ、人は未来を求めるのだと。

 そして、『今』の主の思いさえ、いつか変化する時が来るのだということを。

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