百二十五話
「今日は、二期生が会場に来てるんだって。そのことを忘れずに、笑顔全開で行くよ!」
「はい!」
ライブ開演前に、円陣を行うかすみそう25。美祢はメンバーに再度二期生が来ていることを意識させえるように強調する。
自分達の仲間になる新しいメンバーたち。十人の新しい仲間に恥ずかしいところは見せられないと気を引き締めさせる。
メンバーの表情を見れば、それがちゃんと伝わっているのがわかる。
「じゃあ円陣行くよ! せ~の!! 純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」
この笑顔なら、今日も大丈夫だと美祢は想う。
「よし! 行こう!!」
「はい!」
美祢達は定位置に着くと、幕が上がるのを待つ。
程よい緊張感漂う、この瞬間がいつの間にか好きになっているのを美祢は感じていた。
そして、照明が落ちて舞台は幕開けを告げる。
◇ ◇ ◇
「……凄い」
二期生の誰かからそれは漏れ出た。
開演してからかすみそう25の一期生は、笑顔のまま全開のダンスをはじめる。
八人という、少人数にもかかわらず舞台の効果も手伝いその存在感を強調されている。
目まぐるしく変わっていく立ち位置。休むことなく踏まれるステップ。躍動する手、ターンの後など要所での表情。
まるで一つの群生しているカスミソウそのもの。
全員がセンターであり、誰もが主役として遜色ない姿をステージ上で魅せている。
そんな圧巻のステージに、二期生たちは食入る様に目が離せないでいた。
そしてソロのサビになると美祢だけが強調され、他のメンバーはサッとその存在感を惜しむことなく引いてしまう。
美祢という一輪を強く見せる、カスミソウ。
それに応える様に、美祢はその存在を強く強くアピールする。
美祢の小さな身体は、今のステージで一番大きく映しだされている。
躍動していた手は、より大きく。休みなく緩急を付けられたステップは、より激しく。そして一瞬の笑顔が強調されるために沈む視線。
すべてが美祢の存在感を引き上げる。
「すごい、あれがセンター……」
英美里は思わず呟いてしまった。あれがアイドル。あれがセンターを踊る者。英美里の認識が上書きされようとした時、自分の落とした言葉に思わぬ答えが帰ってくる。
「あれがセンターじゃなく、あれはセンターの美祢ちゃんだよ」
主の言葉に現実に引き戻され、若干不機嫌そうな英美里。
「同じですよね?」
「違うよ。君は美祢ちゃんにならなくていいんだから」
主の言葉が理解出来ない。センターを任されている美祢を目指すのはセンターを狙うものなら当然の選択だ。まるで自分は器ではないと言われたような気がしてしまう。
「君は君らしく、だよ」
「私らしくあの人を目指せばいいわけですよね?」
英美里の自信に溢れた返答に、主は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
誰かになりたいという幻想。それは到底叶うことのない幻想であることは主は知っている。
だが、それはその幻想が幻想であると知るだけの時間が必要なのも知っている。
ついつい口を出したくなってしまうのは、そんなつまらない事でつまずくのを見たくないのかもしれない。
それは主の願望である。
主はそれに気が付くと、それ以上は言わず恵美里を見守ることに決める。
いつか気づくのだろう。
それが最悪の手前であることを願うばかりだった。
◇ ◇ ◇
アンコールも終わり、二期生が正式に一期生に顔合わせを行っているかすみそう25の控え室。
やはり二期生達が群がっているのは、センターの美祢の所が一番人数が多い。
美祢の笑顔が圧倒されたかのように引きつってるのを見逃がさないメンバーもいる。
「ほらほら! 美祢ははなみずき25の方にも顔出さないといけないんだから、解散解散!」
美紅が手を叩きながら、二期生と美祢の間に入り込む。
「二期生は私たちが見てるんで、先生! 美祢をお願いします」
「あ、うん。美祢ちゃんいいの?」
「はい、みんな次ぎ会う時は一緒に頑張ろうね!!」
「はい!」
二期生の全員が、美祢の笑顔の呼びかけに目を輝かせて元気に返事を返す。
主も見たことのない二期生の顔を引き出す美祢に主は頼もしさと、一抹の不安を感じてしまう。
主も聞かされているのだ。安本の計画を。
いずれ美祢は、このかすみそう25というグループを離れることになる。
本決定ではないが、おそらく智里を連れてはなみずき25一本の活動に戻る。
その時この娘たちの反応はどうなるのだろうか。グループ結成当初から見てきたこのグループがどうなってしまうのか。
美祢に憧れたメンバーもいるだろう。美祢と共にステージに上がることを夢見ているメンバーもいるだろう。そしてその夢はもうすぐ叶う。
期間限定ではあるが。
その落差に潰れて欲しくはない。
何より美祢がかすみそう25のメンバーに心を開けば開くほど、悲しい別れになるかもしれない。
日南子との日常になったじゃれ合いも、美紅とグループについてゆっくりと話す穏やかな時間も、公佳を膝にのせて抱きしめた時の温もりも、いずれ手放さなくてはならないことが決まっている。
それでも美祢がかすみそう25のメンバーに心を砕く姿を見ていると、主の胸が我が事のように締め付けられる。
だが、美祢をよく観察すれば、それはしかたがないのかもしれない。
笑顔でメンバーを元気づけているその足元は、疲労の蓄積でケイレン寸前だ。
二つのグループのステージをこなすなど、本当であれば無理な話なのだ。
その無理を押し通し、リーダーとしての役割をも忘れない美祢を主は不安そうに見つめてしまうのだった。




