百二十四話
何度かの合宿を行い、2ヶ月が経つとなはみずき25とかすみそう25の合同全国ツアーも終わりが見えてくる。
事前に告知されている、かすみそう25の新メンバーである二期生の御披露目も近い。
ようやく形になった二期生を連れて、主はツアーの観覧に訪れた。
「パパー!」
控え室に顔を出せば、公佳が満面の笑みで主に突進してくる。
「公佳ちゃん、久しぶり!」
公佳が突進するほど歓喜しているのは、合宿やツアー日程のために主とかすみそう25のメンバーとの時間が合わなくなり、主は番組収録をほぼ欠席している。
実に二カ月ぶりの対面に、公佳のテンションは高くなっている。
「公佳ちゃん、大きくなったね」
「でしょー!」
ピョンピョンと跳ねて、抱っこをせがむ公佳。主はマネージャーの松田の視線を気にしながらも公佳を抱き上げる。松田マネージャーは厳しめの視線ではあるが、公佳や主を止めることはしない。
「おお、やっぱり重くなったね」
ズシリと負担のかかる腰に意識を持っていかれて不用意な発言をこぼしてしまう。
「パパ~」
「あ、ごめんごめん。でも本当に直ぐ大きくなっちゃうんだなぁ」
実の娘ではないのに、何故か公佳の成長に寂しさを感じてしまう主。
そんな情けない表情をする主の頭を撫でる公佳は、周囲に聞こえないように呟く。
「ママもきれいになってるから、後で褒めて上げてね?」
「え!?」
突然の言葉に主が呆気にとられていると、公佳は意味深な笑みを見せて主の腕から飛び降りる。
「ママー! パパが来てるよー!」
公佳はそのまま、無邪気そうに美祢の元に走り出す。
「もう! 公ちゃん。ママはやめてってば、……パパ?」
「うん! ほらっ!」
「ひ、久しぶりだね。美祢ちゃん」
「っ! せ、先生!? ……!! 公ちゃん!」
何かを察した美祢が公佳を叱るようなそぶりをすると、公佳ははしゃぐように走り去ってしまう。
「……」
「……」
主と美祢の二人は、公佳に呼ばれているお互いの呼びかたを知り、何故だか沈黙してしまう。
そんな二人の空気などお構いなしと一人のメンバーが、主に声をかける。
「先生、きーちゃんばっかりズルいです! 私も抱っこしてほしいなぁ」
おっとりとした声の持主、日南子だ。
日南子は公佳がしたようにぴょんぴょんと跳ねてアピールしている。
「わっ! え? ひ、日南子さん? えっと……ダメじゃない?」
驚く主が日南子の言葉を理解し、松田マネージャーをみれば、松田マネージャーは主にそれはダメだという視線を向けている。
その視線を正しく読み取った主がお断りを入れると、日南子はむくれた顔をする。
「きーちゃんはしたのに、ズルいです」
表情はそのままに、日南子は主ににじり寄る。
気圧された主は、ジリジリと後ずさる。
「あ、ちょっと先生」
後ろからする美祢の声に反応し、振り向くと美祢が主ともうぶつかる距離になっている。
「あ、ごめん。美祢ちゃん!」
「先生! 隙あり」
美祢との衝突を回避しようとしている主に、日南子は突っ込む。
「ま、待って! くっ!」
「きゃっ!」
松田マネージャーの視界から三人が消える。
慌てて机の影を覗き込むと、主を下敷きに美祢と日南子が覆い被さっている。
「日南子! ライブ前に危ないでしょ!」
松田マネージャーの叱責に、日南子は涙眼になりながら顔をあげる。
ライブ前で、テンションが上がっていたとはいえ、さすがにやり過ぎたのは理解しているらしい。
「大丈夫? 美祢ちゃん」
「先生こそ! 大丈夫ですか!? 頭打ってたり……」
「大丈夫、大丈夫。……それより、あの……」
美祢は自分の体勢に気が付く。主の上に乗り腕のなかに抱かれている。
「ごめんなさい!」
美祢が主から飛び降りると、主はようやく身体を起こすことができた。
目視でさっと美祢の身体全体を見渡し、大きなケガのないことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろす。
「先生! ケガは?」
「大丈夫だよ、それよりも日南子さんは大丈夫かな?」
美祢の眼に映る日南子は、松田マネージャーに怒られて涙目ではあるがどこか痛がっている様子はない。
「そうですね。たぶん……」
「美祢ちゃんも本当に大丈夫だった?」
「……はい」
美祢たち一期生の近況や、二期生の近況など話したいこともあったが、ライブ前に長居してこれ以上のトラブルが起きても申し訳ない。
今は退散するかと、美祢に声をかける。
「美祢ちゃん、もう行くね」
「あ、はい! すみませんでした、こんなことになって」
「ううん、気にしないで。じゃあ、二期生とカッコいい所見てるね!」
主はそう言って踵を返す。
「え? 二期生見に来てるんですか?」
「うん、ライブの会場と雰囲気を知ってもらうんだって」
二期生が見に来ている。
その言葉が、美祢に笑顔と力をくれる。
「わかりました、はなみずき25よりも盛り上げて見せます!」
美祢は、主に力強く頷く。




