十二話
少し青ざめた顔で主は歩いている。目の前を歩く主とは違う常識を持ったテレビマンの後だけを追うことに注力していた。
「ここですね~、先生。いい絵頼みますよ」
そう声を掛けながらテレビマンは楽屋の扉を開く。
侵入者に対して一気に注目が集まる。脇から中堅芸人コンビとカメラが数台前に出る。芸人コンビはアイドルたちの悲鳴のようなざわめきが起こるのをまってから、話し始める。
「はなみずきの皆、ライブお疲れ様~~!」
「お疲れ様です。・・・・・・え? 何でいるんですか?」
「ライブみましたよ~! いやぁ~、皆カッコよかったよ」
大勢のスタッフとカメラが入ってきたこと、そしていつも番組でMCをやっている芸人コンビが揃っていることでこれが自分たちの番組であるのを理解したのは2人だけだろう。1人は机を叩きながら悔しがり、1人は抱えられたメンバーの胸で再び泣きはじめる。
「実はとあるメンバーにドッキリを仕掛けさせてもらいました。なんかおかしいと思った人いるかなぁ~?」
「ハイハイ!」
「あ、何かありました?」
「なんか、お弁当が豪華でした!」
あ~というメンバーの同意に芸人の仕事が本格的に始まる。
「そうそう、カメラ入るからね。見すぼらしいものは写せませんから。ただ、次回はちょっとだけ……ね! はい、違いま~す」
「え~!」
少し尺が埋まると芸人は手を上げていない花菜を急に指名する。
「はい、花菜様何かありませんでした?」
再び机を悔しそうに叩き椅子を蹴って立ち上がる。
「ここに、あの人がいる!」
花菜の指摘を受けると、カメラが主を写す。
一歩前に出る主を服を引いて立ち止まらせたあと、背を押して芸人の横まで誘導する。
「誰なんでしょう? 知ってる人~!」
芸人の言葉にメンバーのほとんどは思案顔。
「美祢ちゃん! 知ってる? そんなに泣くなよ! テレビだからね」
芸人の笑顔の指摘を受けて立ち上がった美祢は、涙を声に出さないよう必死になり答える。
「あ、あ・・・・・・っ~! @滴せ、先生で、す」
「誰ですか? @滴先生って?」
芸人の相方が答える前にメンバーが声をあげる。
「あ! ラジオの小説事件の人!?」
「はい! ユメ、大正解!!!」
今回のドッキリの概要がアナスンスされ、メンバーの皆は花菜、美祢を抱きしめて慰労する。
「っとね、ここで今回の主演@滴先生から一言!」
台本ではここで自分の小説の宣伝をすれば芸人たちが締めの言葉を言って終わりだ。
大泣きする美祢と収まりつつあるが怒ってる花菜を前に主は台本を忘れてしまった。
スタッフ、メンバー双方の導きで輪の中央に3人が揃う。
注目がさらに集まり主の一言を待っている。
「すいませんでした!!!」
主は崩れるように膝をつき、頭を地面に打ち付けるように下げる。見事な姿勢の土下座だ。まるでモデルが何十回と鏡の前で微調整してきたポージングような見事な姿勢の土下座を主は解き放つ。
台本とは違う展開に芸人はじめスタッフは、顔には出さないが慌てている。仕掛けられた2人含めメンバーも何が起きたのか不思議な顔をしている。
そこにいち早く動いたのは、今まで何も言葉を発していない芸人だった。おもむろに前に出て主の横に立ち無言で主と同じ姿勢を真似る。
「何やってんだよ! 2人とも!」
ようやく時間が動き出し芸人コンビが仕事をはじめる。
「先生も何で土下座!? 台本は告知でしょ!?」
場の収拾のために主が行った事故的な行動にも言及するよう求められる。
「だ、だって泣いちゃってるから」
半分笑ったような、困ったような顔の主に周囲から笑いが起きる。
「優しいな! もっと非情になれ! なんなら今回のを次の火種にしろよ!!」
「みんな君みたいな人ばかりじゃないんだよ」
「お前はもっとテレビしろ!」
芸人が相方に平手を落とすとスタッフはわざとらしいほどの笑いが起き、スタッフの一人が終了の合図をおくる。
「せんせ~! びっくりしましたよ~!」
芸人が主に駆け寄り注意にも似た感想を告げる。
「すいません。テンパっちゃって」
「いやいや、まあ笑いになったから大丈夫でしょ」
そこにディレクターも来て感想を告げる。
「台本になかったですけど、まあまあいい絵でしたよ」
「すいませんすいません」
「大丈夫です。なにより三方一両損でいい着地からね、編集は任せてください」
そう言ってスタッフの輪に戻っていく。
「先生! 写真撮りますんでこちらへどうぞ」
アイドルに囲まれながら硬い笑顔を浮かべ、もしよかったらと自分の本を配る主。
そこに佐藤がやってくる。
「お疲れ様でした先生。もし行くなら場所聞いてきましたんで」
と、タバコのゼスチャーを見せる。そういえばもう半日ぐらい吸っていないのを思い出すと佐藤を拝む。
「助かります。どこですか」
主が突然動きだしたことで、それを避けたメンバーの一人が机にぶつかり誰かのカバンが落ちる。
全員がカバンに注目するとカバンの持ち主が慌てて拾い上げ、部屋を出ていく。
主は散らばりかけた荷物の中にここにはないはずのあるモノを見つけた。
「あれって……」
「先生、こっちです」
「あ、はい」
こうしてテレビの収録自体は終わる。