百十九話
『かすみそうの花束を』の出張収録の翌日の朝。
美祢は公佳と、美紅は佐奈と、まみは有理香、智里は日南子と共にホテルのロビーへと現れた。
同室ではないはずのメンバーを伴っている様に、全員が全員、納得の表情を見せる。
「皆さんもでしたか」
智里が、同情の顔をすると美祢、美紅、まみは同意だと首を落とす。
昨日の収録で、夢乃が見せた怪演のダメージは、就寝時間近くに、再度爆発してしまう。
日頃から演技を意識させられていた、かすみそう25のメンバーは、年齢に関係なくドラマを観るように促されていた。そんなメンバー間で、話題に上がっていたドラマが、学生間の恋愛をテーマにした『LOVE・Days』だった。淡い恋模様や親友と好きな人が一緒だった時の焦り。そんな日常が題材……だと思われていたドラマ。
しかし、昨夜放送された内容は、主人公の女の子が、親友に抜け駆けされた腹いせに凶刃を振る内容だったのだ。淡い心日常は、血塗れに変わり。恋模様は惨劇へと急激に変化していった。
もちろん、かすみそう25以外の視聴者もSNSで阿鼻叫喚となっていた。
そんなドラマを観た年少組は、夢乃の演技と相まって、頼りになる人物に枕を借りて夜を明かしたのだった。
「いや、この娘が来てくれたから助かったところもあるよね、実際」
美紅もしがみついている佐奈を離そうとはしない。それほどに夢乃の怪演はメンバーにトラウマを植え付けていた。
「おはよー! ……みんなどうしたの?」
かすみそう25のメンバーが固まっているのを見つけた夢乃が、気軽に挨拶をすると最年少トリオはしがみついていた各々の信頼できる人物を即座に盾として扱ってしまう。
◇ ◇ ◇
「アハハ! なるほどね。まあ、途中から反応が面白くなってやってたから嫌われても仕方ないか」
夢乃は寂し気な表情で笑う。
それを見てしまうと、幼いメンバーたちも罪悪感にさいなまれる。
そうあれは、演技であって夢乃本人ではない。
日南子は勇気を振り絞って、夢乃に抱き着く。
震えた肩が、その勇気の象徴だった。
そんな日南子を見た夢乃は、ポツリと一言。
「……捕まえた」
「ピャー!」
あまりの恐怖に日南子の口から、言語以外の音が漏れる。
まるで、警戒を伝える野鳥の地鳴きのようだ。
事実、日南子の声を聴いた最年少トリオは、我先にとロビーから走り出してしまう。
「あっ! 智里! あの娘たちお願い! ……夢乃さん!」
「あはは! ごめんごめん。あんまりにもいい反応だったからついね」
「まったく! ……もう」
「ねえ、美祢? ……ちょっとは、勉強になった?」
「それはもう!」
「なら、……よかった」
美祢の言葉に満足した夢乃は、はなみずき25のメンバーの方へと歩き出す。
◇ ◇ ◇
「ごめん、遅れた!」
「パイセン、大丈夫です」
ライブが始まると、美祢は忙しく走り回っている。
はなみずき25のメンバーでもありかすみそう25のメンバーでもある美祢は、両方のステージに上がるために分刻みのスケジュールが組まれている。
それまではなみずき25の楽曲には、全員が参加しているものしかなかった。しかし、美祢が二つの会場を行き来する時間を作るために、はなみずき25のメンバーを何人かに分けたユニット曲が多く作られた。
ファンはCD未収録の楽曲を聞けて、大いに盛り上がっているが披露する本人たちは覚える楽曲が増える苦労をすることにもなる。……ただ、3列目のメンバーにとっては、注目を浴びる時間が増えることを喜んでいたりもする。注目を浴びて躍進した、美祢という前例もあるからだ。
そして、その合間を縫って美祢はかすみそう25のライブに望むのだ。
当然、かすみそう25の楽曲も急激に増えている。アルバム曲以外にも美祢を必要としないユニット曲は作られている。
だが、ライブ開始の瞬間は全員がそろっているのが当たり前のこと。
美祢は先程はなみずき25の開演のパートを終わらせて、かすみそう25の開演パートのためにかすみそう25のステージ裏に走りこんできた。
「パイセン」
「もう美紅! 美祢って呼んでよぉ~」
「……パイセン、今は円陣お願い」
美祢と美紅の掛け合いに、緊張気味だったメンバーにも笑みが浮かぶ。
「わかったわかった。……みんな、これがこの8人でやる、最初で最後のツアーだからね。しかもツアー最終日は私たちの新しい仲間が合流する。今この瞬間もあの娘たちは一緒にステージア上がるために合宿で頑張ってる。……だから、私たちがステージで恥ずかしい真似できないからね!」
少しゆるんだ空気を少しだけ引き締める美祢の言葉。メンバーは美祢の顔を見て小さくうなずく。
「じゃあ、一回一回を全力で! 絶対に盛り上げてあの娘たちを迎え入れるからね!」
「はい!」
「じゃあ、行くよ! せ~の!! 純真! 幸運! 感謝! みんなに届け笑顔の花束! かすみそう25!! 満開!!! に~~!」
全員のそろった声が、ステージ裏に響く。全員の人差し指であげられた口角を確認すると美祢は頷き、舞台へと駆け上がっていく。




