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百十八話

「え、演技力チェック?」

 言葉の意味は解ったものの、何故今やるのかという疑問によりメンバーたちはざわつきが収まらない。

「わ~~~!!!」

 そんな中、事情を知っていそうな美祢、智里のコンビは他のメンバーの分まで声を上げている。

「はい、ではね。講師は私! 元アカデミー賞俳優でもある、アリクイと糸ようじ坂本が務めさせてもらいます!」

「えーーーー!!?」

 メンバーたちは坂本が役者仕事をしていたことすら知らない。

「まあね、知らないのも無理ないよ。坂本君が役者やったの10年前の1回っきりだし」

「お前毎回言うね、それ! 1回でも賞に選ばれたんだからすごいことでしょうよ!」

「だって! 普通は賞もらったら次があるモノじゃん。でもこの10年間、一っっっ度もオファーないとかある!?」

 アリクイと糸ようじ定番の流れのなか、宴会場の外で何やらモメているような声が聞こえてくる。

「え!? ちょ、ちょっと! なになになに? リハの後は自由時間って嘘なの?」

 どこかで聞いたような声に先ほどまでザワついていた、かすみそう25のメンバーも声が止まる。


「はい、私だけじゃ山賀さんも視聴者も納得いかないでしょうからね。……ねえ? 何そのカンペ? おっかしいな。……特別にアシスタントを呼んできましたよ! どうぞぉ~~~!!!」

 不服そうな坂本に呼びこまれた人物は、スタッフに背中を押されてセットの中に入ってきた。その人物とは……渋谷夢乃だ。

 はなみずき25のメンバーで、まだ公表はしてはいないが引退する意向を伝え、限られた時間をアイドルとして邁進していこうと言っていた彼女。

 アイドルらしくドッキリにかかり、こうして妹グループに急きょ出演をさせられてしまうのだった。

「え? え!? え~~~!?」

「はいはい、驚いてるところ、悪いけど自己紹介お願いね」

「は、はい。はなみずき25の渋谷夢乃です……え? 出て良いんですか私?」

「いや、ダメよ」

「え~~~!?」

「うそうそ」

 アリクイと糸ようじの雑なイジリも終わり、改めて趣旨説明が行われる。

 要するにお題に対して、即興劇をしましょうとそういう企画だ。

 わざわざスタジオを飛び出してやるような企画でもないが、やらないと総集編だと言われてしまえば、出演者である、かすみそう25メンバーの面々はやるしかないのだ。


「はい、じゃア最初のお題は『恋人に別れを切り出されて、引き留める』シーンね。まずは講師の二人にお手本を見せてもらいましょう……行けるかな? じゃあ! アクション!!」

 坂本はその丸みを帯びた体型を生かし、少しだらしない男を演じ始める。

「あ~、あのさ。俺、他に好きな人できちゃったんだよね……別れてくれない?」

「嘘……、私のことあんなに好きって言ったじゃない!! あれは嘘だったの!?」

 坂本の袖をつまみ引き留めようとする夢乃。それを振り払いながら坂本はセリフを繋げる。

「嘘じゃないよ! でも、今は違うんだよね。そういうことだから……じゃ」

 背中を向けた坂本に、夢乃は追いすがる。

「待って! いや! もう、盗聴器三つ外すから! 位置情報アプリも消していいから! 考え直してよ!」

 今度は腕を両手でつかみ、夢乃ははかなげな表情を見せる。怪訝な表情の坂本は、振り返りながら夢乃を問いただす。

「ん? なんだって?」

「アプリ消していいから」

「もうちょっと前に何か言わなかった?」

「あれは嘘だったの?」

 坂本の問いに、可愛く小首をかしげながら答える。

「違うな、その後……盗聴器って言わなかった?」

「ううん。言ってない」

 夢乃は急に幼児返りしたように、両手を顔の前でブンブンと振って見せる

「言ったよね? 三つって、幾つ付けてんの?」

「つけてない。ゼロ」

 坂本に突きつけられた指に、両手で輪っかを作りニッコリと笑っている。

 もうこの時点で、かすみそう25の年少組メンバーは悲鳴を上げている。


 坂本は夢乃の手を払って、逃げるように背を向ける。

「嘘つくなよ! 怖っ! 何コイツ。もう終わりだよ!」

「……アレ、言っていいの?」

「え?」

 坂本の言葉に、真顔になった夢乃。夢乃の周りの空気に狂気が混じり始める。それを察知したように坂本の顔が引きつり始める。

「職場にアレ……言ってもいいの?」

「何、……アレって?」

 思わず喉を鳴らしてしまう坂本。これは演技で自分にはやましいことなどないはずなのに、何かを知られているのではと錯角をはじめる。

「ううん。なんでもない。バイバイ」

 急に夢乃は笑顔になり、坂本に背を向ける。今度は坂本が夢乃に追いすがる番だ。

「ちょちょちょ! 待ってよ! 考え直してよ」

「じゃあ、あなたも考え直してくれる?」

「あ、ああ。……お前とは別れない」

 夢乃が真顔で振り向き、坂本に要求を突きつける。それはもう飲まざるを得ない要求に思えてしまう。

「じゃあ、カレンちゃんに遊びだったて、ちゃんと言ってね」

「言う! 言うから! アレってなんだよ! ……っ! お前っ! 何で相手の名前知ってるんだよ! やっぱり盗聴器か!」

 聞いたことのない名前にもかかわらず、坂本の心臓が跳ねる。坂本の声が裏返り再び追及をはじめる坂本。

「あ、引っ掛かったぁ~! カマかけたんだよ。……そっか……カレンちゃんか~……」

 笑顔で、坂本のホホを指でつつく夢乃。突かれた坂本は、まるで刃物を突き付けられたように怯えている。

「止めてくれ! 俺には何してくれてもいいから! あの娘だけはっ! 頼む!」

「そんなに必死になっちゃって……本気なんだ……」

 地面に伏せて懇願する坂本の頭を優しく撫でる夢乃だが、その声はまるで温度を感じさせない。

「本気じゃないよ! 夢乃が手を汚すのが怖いんだ!」

 かばう形では逆上させるだけだと気が付いた坂本は、夢乃の手を取って必死の形相で訴えかけている。

「そうなんだぁ~! 優しい~! だ~い好き!」

 夢乃は、とびきりの笑顔を見せて坂本の首に抱き着く。坂本の表情はさらに強張り、血の気を失っていく。これが演技なら坂本は再び賞を受賞できるのだろう。

「終~了! 怖っ! ホラーじゃん!」

 山賀が相方の精神状態が限界になったのを確認したところで、演技終了の声をかける。

 思わず感想を口にしてしまったのは、無理のないことだろう。

「でも、引き留めましたよね?」

 夢乃は何か問題でも? と、言った表情を見せる。

「あ、この娘マジでヤベー娘だ」

 そんな夢乃に、山賀はお手上げだと体で表現して見せるのだった。


 かすみそう25のメンバー数人は、夢乃の狂気の演技に当てられて泣き出してしまう。

 果たして、これが演技の勉強になったのだろうか? 

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