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百十四話

 その年の出版社交流サッカー大会は、まるで社運を賭けたかのような必死さが漂う異様な雰囲気のまま、各社の対戦が進んでいく。

 その雰囲気を作り上げたのは、仲本伏雛率いる強談社だ。

 編集者で構成された、少なからずある上下関係に遠慮してしまうはずのチームの空気感を仲本の激で一掃して、上下関係を感じさせないチームワークを見せている。

 司令塔の仲本を起点とした攻撃は、面白い様にハマり得点を重ね勝利への余韻と渇望がチームを支配していく。

 お遊びでも負けることへの悔しさを、他のチームにも伝播させて、気がつけば他のチームも本当に本気で闘い合っていた。


「良い雰囲気になりましたね」

「先生、気を付けてくださいね。あの仲本先生は本気で当たってきますからね」

 本気の度合いが上がっていく試合にワクワクが止まらないといった表情の主と、不安そうな表情の佐藤がセンターサークルで向かい合っている。

 相手のコートには仲本のチームが殺気立って主を見据えている。

「ま、多少削られても、みなさんがいますから」

 笑顔で答える主。

 これまでの試合で、主はそのキープ力をいかんなく発揮し攻撃の起点を作っていた。

 とはいえ、ゴールを決めるのは他の選手ばかり。主はこれまでパサーとしてだけ動いている。

「それに、ここに勝てば一応優勝なんですよね?」

「ええ、3勝同士で得失点差も同じですから。別に勝たなくってもいいんですよ?」

「じゃあ、勝ってもいいわけですよね? 僕、優勝とかって経験したことないから、最後はちょっと頑張りますね」

 そう言って、主は佐藤を残してサークルから出ていく。

「うわぁ……本当にやるんだ」

 サークルのすぐ外で、軽いジャンプをしながらはしゃいでいる様子の主に、佐藤は呆れた顔を向ける。


 主が是非やってみたいことがあると、試合の前に話した作戦にもならない冗談のような提案。

 主の顔を見て、本気で言っているのだと呆れてしまう。

 ホイッスルが鳴ると、佐藤は少し強めにサークル外の主にパスを出す。

 それにつられるように、相手チームも主目指して走り始める。

 主はボールをダイレクトで、撃ちだす。

 ドンッと重い音とともに、迫ってきていた相手選手の頭を飛び越し飛んでいく。

「っ!! キーパー!」

 中本は主の意図を理解して、ゴール前に指示を出す。まさにそれが正解だというように、主の放ったボールはゴールに吸い込まれるように軌道を修正していく。

「っっ! ウソだろ!?」

 中本の声の意味が理解出来た頃には、キーパーは前に出ていた事を悔いていた。

 目の前でバウンドしたボールは、キーパーの頭上を越えて行こうとしていた。

 なんとかジャンプし、手をこれでもかと伸ばす。

 しかし、指先には微かな感覚すらなく、まるでその行為を嘲笑っているかのように悠々と飛んでいく。

「あ、あ~! 外したかぁ~」

 主は誰よりも早く反応を見せる。

 センターサークルのなかで、膝をついて残念さをアピールしている。


「ああいう先生って、珍しいよね」

「本当。……かわいい」

 離れたところで観戦している花菜と美祢は、試合ではしゃいでいる主を愛でるように眺めていた。

「え~、カッコいいじゃん」

「いやいや、美祢はわかっていない。あれはかわいい」

 2人きりのせいか、互いの気持ちを隠すことなく言葉にしている。そう、美祢も。

 花菜はいつ言ってやろうかと、内心ほくそ笑んでいた。指摘して、自分達がライバル同士なんだと美祢に認めさせてやりたかった。


 あの人の隣に立つための、名乗りを挙げさせたかった。どんなものでもいい、美祢と競いあって、その上で勝ったと言いたかった。

 だからこそ、周囲やあの人にさえ遠慮してしまう美祢が、許せないのだ。

 好きなら好きと認めた上で、同じスタートラインに立つべきだと花菜は美祢を見ていた。

「ねえ、美祢――」

「なんだ、あんた達こんなところにいたのね」

 ようやく指摘してやろうとした、その瞬間、2人に声をかけてきた者がいた。


 メイクアップアーティスト、ヤスマサ・ザ・シルバーこと、安政銀司である。

 美祢と同じ出版社チームで参加していた、馴染みのある顔がそこにあった。

 思わず花菜は、ヤスマサの事をにらんでしまう。

 なぜ、邪魔をしたのかと。しかし、ヤスマサは意に介した様子もなく花菜に視線を返す。

「そろそろ、撤収の準備しておかないと、面倒なことになるわよ~」

「あ、わかりましたぁ~! 花菜、行こう?」

「う、うん……」


 意を削がれた花菜は、美祢の後ろを追う。ヤスマサの横を通りすぎる瞬間、ヤスマサからメッセージを受け取る。

「自分の恋に人を巻き込んじゃダメ」

 思わず止まりかけた足に、美祢が反応を見せる。

「花菜?」

「ううん、……なんでもない」

 再び睨み付けた花菜の視線に、ウィンクを返すヤスマサを置いて花菜は走り出す。

「まさか、あの2人がねぇ~」

 ヤスマサは大好きなゴシップにも関わらず、複雑そうな表情を見せる。

 視線の先には、本日のMVP候補の2人がマッチアップするところだった。

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