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百十一話

「ヤスマサさん、あの件なんですけど……」

「え~、だってこっちに旨味ないじゃない? そっちは良いわよ? 作家さんに名刺渡せるんだから」

 美祢のカットが終わり、新しい服とメイクを施されに行くと何やらヤスマサと編集スタッフが話しこんでいた。

「いや、あるじゃないですか! 前回いっっっぱい名刺貰ってたの、知ってるんですからね」

「そりゃもらったけど、すぐに専属契約にされたから、どことも書き仕事してないじゃない」

 編集スタッフは、かなりの熱量でヤスマサに食らいついているが、当のヤスマサは冷めた表情を隠そうともしない。

「だって、ヤスマサさんのコラム人気なんですもん! 奪われてたまりますかって話ですよ!」

「だったら、そんな場所に私が行かない方がいいじゃない」

「だって! 勝ちたいんですもん!!」

「……考えておくわ。あの娘待たせてるからまたあとでね」

 美祢はヤスマサが手招きするまで、メイクブースの片隅で気配を消していた。

 思えば、アイドルになってから人の視界に映らないことはあっても、自分から気配を消すのは初めてのことだ。しかもヤスマサにはすぐに気が付かれているということは、上手くできなかったらしい。

「ごめんね~、あの人しつこくって」

「いえ、……何の話だったんですか? お仕事ですか?」

「うん~。お仕事といえばお仕事なんだけどね。毎年ね、出版社対抗のサッカー大会があるのよ」


 出版社対抗サッカー大会、それは出版社という狭い業界の交流を図ろうとJリーグが発足した年に始まった。横のつながりを作り、何かと融通をきかそうという目的だった。

 しかしいつの頃からか、その場に担当作家を連れてくる編集者が現れたのだ。

 売れっ子作家やベテラン作家、新進気鋭の新人作家まで。自分達にはこんな作家がいるんだぞという、コレクションを見せびらかせたいダメな好事家のような心理だったのだろう。

 だが、他社の編集者がいるような場にそんな作家を連れていくとどうなるか?

 もちろん、争奪戦という名の名刺攻撃が始まる。

 試合開始の直前、握手に忍ばせた名刺。攻防の最中の接触でジャージのポケットに名刺をねじ込むなどその攻撃は多岐にわたる。

 そう、いつからかそのサッカー大会は、作家のヘッドハンティングの場と変貌していった。

 もちろん、狙われるのは作家だけではない。編集者本人だったり、雑誌の表紙を飾る各種アイドルにもその名刺攻撃のターゲットとなる。


「そんな場所に連れていかれる割にね、結局囲い込みが起きるから、全然仕事につながんないのよ」

「大変なんですね、作家さんって」

「本当! 私は本業でもないのに! で、撮影現場に呼ばれるかって言ったらそれは違うみたいなね!」

「メイクさんも大変だぁ~」

 そんな愚痴を言いながらもメイクの手を止めないヤスマサの手が止まる。

「作家って言えば、あんたのグループ……なんか作家を出入りさせてるらしいわね」

「ああ~、@滴主水先生ですね。本当にお世話になりっぱなしで」

 @滴主水の名前を出した時の表情の変化を、ヤスマサは見逃さなかった。

 緊張を強いられる初のモデル仕事をこなしている美祢の表情が、一瞬ではあるが和らいだのだ。

 それは何かある。監視員としての直感、いや、ゴシップ好きの直感がそう告げていた。

「……。どんな人なのその、圧倒的主水? って人」

「いい人ですよ。私なんか色々助けてもらっちゃってますし、かすみそう25のメンバーなんかそれこそオーディションのときからお世話になってますから。両方ともCD出すたび特典小説書きおろしてもらってますしね」

 それとそれと~っと、@滴主水の話をし始めた瞬間から美祢の話が止まらなくなる。

 自分が相槌すら挟めないほどの圧力で話すなんて、この娘……いったいどれだけその人のこと好きなの? とヤスマサをドン引かせていた。


「そ、そう。期待の新人さんなのね」

「そうなんですよ! @滴先生はもっともっとすごくなりますからね!」

 鼻息が荒くなった美祢がようやくひと段落したところで、ヤスマサが思い出したように手を叩く。

「そんな作家さんなら、サッカー大会にも呼ばれるわね」

「@滴先生のお仕事増えるかもですね!」

 美祢は自分のことのように@滴主水の活躍が広がる可能性に喜んでいる。

「美祢? 実はね……そのサッカー大会。もう一つ別の勢力がいるのよ」

「別の勢力……ですか?」

 急に声色を変えたヤスマサに釣られ、さもこの世の裏側を除いた気分で生唾を飲み込む美祢。

 ヤスマサは、もったい付けるように口を開く。

「人気作家にパトロンになってほしい、アイドルたちがプライベートアドレスを配りまくるのよ!!」

「な、なんですって!!?」

 まるで重要な予言を読み解いた迷編集者のような表情のヤスマサに、その周りにいる太鼓持ち編集者のごとく驚いて見せる美祢。

 周囲は、この二人仲いいなぁ~。とあきれ顔だ。


「あんたたちのグループに出入りしてる作家が、そんな場所に行ってみなさい! 女の武器による波状攻撃で骨抜きにされて、炎上に次ぐ炎上で……作家生命は、もう灰さえ残らないわよ!!!」

「ど、ど、ど、どうしよう。どうすればいいんですか!?」

「美祢……あんたが護るのよ!!!」

 ズビシと指をさされ、息をのむ美祢。

 そして、表情を崩すとヤスマサは先程の編集者に声をかける。

「って言うことで、私とこの娘。二人とも参加ね」

 ヤスマサはどうせ断れない、面倒なサッカー大会が少しだけ面白くなったとほくそ笑んでいる。

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