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十一話

「すごいなぁ、最近のアイドルさんってこんなに揃って踊れるんですね」

 ライブが始まると少し緊張の和らいだ主は、関係者席から見下ろすアイドルたちのパフォーマンスに圧倒されていた。

 何度も何度も繰り返し踊ったのだろう。主の目には全くズレなく揃えられたダンスが、ステージ一杯を使って繰り広げられていた。

「先生はアイドルのライブとか始めてですか?」

「いや、だいぶ前にいったことありますね」

「へー、誰のです?」

 そう聞かれると主は複雑な表情で答える。

「10年前の野外……です」

「あ、あの?」

「はい」

 そこまでいうとインタビュー係のテレビマンは口を閉じる。

 明るい曲調とは真逆の空気が主を中心に流れる。

 その事が主には幸いとなり、その後目立ったインタビューもなくライブは終演を迎える。


「はい、じゃあ本番はじまるよ。カメラしっかりおいしい場面頼むよ!」

 番組のディレクターからスタッフへ檄が飛ぶ。それを受けて先ほどインタビューしていたスタッフが握手会場へ主を誘導する。

 一つ目の列は大混雑といえる人数がいるにも拘わらず、ファンはまるで行進でもしているかのようにキッチリとした列を作り上げていた。

 1時間もすると主の前にいたおびただしい人数のファンはいなくなり主の番となる。

 そこにいたのは花菜。


「今日のライブすごく感動しました。あの、花菜さん」

「ありがとう! なぁに?」

 花菜は愛称の花菜様と呼ばない目の前のファンに違和感を感じながらも、アイドル然とした対応を崩すことはなかった。

「あの、これを受け取ってもらいたいんですけど」

 その瞬間、花菜の表情がアイドルのそれとは大きく違ったものになる。

 花菜は周囲の大人たちを見てテーブルに崩れる。

「は? 何でこれ持ってるの?」

「今度本を出す本です。よかったら読んでください」

「っやられたぁ~……っ!! っ!!!」


 花菜と美祢には今回の騒動の着地点としてある企画が提案されていた。それは迷惑をかけた作家の書籍発売日に番組にゲストとして招いて謝罪するというものだった。

 流石の花菜も今回の自分のミスを反省し素直に謝罪するつもりだった。そんな覚悟をした矢先にこれである。

 ウソ企画がただのフリであったのを理解して花菜は声にならない声をあげて悶えた。

「あの、釣ってもらえますか?」

 主は台本にあった最後のセリフを口にする。すると花菜は真っ赤な顔を向け、主に向かって手を伸ばす。

 握手会場で初のアイドルが剥がされるという名場面でドッキリ花菜編は幕を閉じる。


「次いきまーす」

 一仕事終えて心臓が、早鐘を打っている主を抱えるように今度は美祢の列へと誘導する。

 さっきとは違いなんの障害もないレーンを普通に歩く。

 隣の同じようなレーンからはアイドルが主に向かって手を振り自分のところに誘導しようとする姿がある。

 しかしこのレーンのあるじは主が近づいてくることにあり得ないぐらいの驚きを見せている。


「美祢さん、ライブ感動しました。あの、これを受け取ってもらいたいんです」

 さっきと同じセリフをそのまま口にする。そして本を出そうとする。

「@滴先生……何でここに?」

 口を押さえた見知らぬアイドルから自分のペンネームが出てきた。疑問はあるが主に与えられた任務は本を渡し、最後のセリフをいうまでだ。

「今度本を出すんです。よかったら読んでください」

 美祢は差し出した本をジッと見た後そっと受け取る。

「あの? え?」

 美祢は主が何を言っているのかといった表情を見せる。

「あの、釣ってもらえますか?」

 と、言うと美祢は後ろにいるカメラを見て、再び主の顔をみる。その目には涙が限界まで溜まっている。

「~~!」

 美祢は目を袖で押さえながらブースを放棄して走り出してどこかに行ってしまった。


 どうしたものかと仕掛人のスタッフを見るとイヤホンを押さえながら指示に集中している。

「はい、……わかりました。先生一旦こちらへ」

 何が起きているのか分からないままマイクロバスへと移動する主。

 分かっているのは自分があの女の子を泣かした。その事実だけだった。

 後悔先に立たずとは世の心理である。なぜと思う頭をなんとかこの後どうするにまで持っていく。

 主は今回は自分のせいだと今度は自分が謝らなくてはと結論を出す。しかし本当の責任者であるディレクターは落ち込む主を「いい絵でしたよぉ~」などと賛辞を送っている。


「あ、ホントっすか? ディレクター! 美祢も楽屋に戻ってきたみたいです!」

「よっし! じゃあ、先生、楽しいネタバラシに行きましょう!」

 明るく言い放つ男の感性に違和感を感じながら、主は覚悟を決めるのであった。

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