百九話
「おはようございます!」
美祢と花菜が珍しく一緒にレッスン場へ来ると、それを見かけたスタッフが明るい表情で駆け寄ってくる。
「お疲れさま! 高尾ちゃんも賀來村ちゃんも立木さんが呼んでたよ~。大至急だって!」
何の用事だろうと頭をひねる花菜が横を向くと、形容しがたい表情を浮かべる美祢がいた。
「美祢、それどういう感情?」
「……嫌な予感がする」
立木に呼びだされては、無茶ぶりを繰り返されてその都度なぜか自分の望んだ方向にころがっている美祢は何とも言えない感情が湧いて来る。
アイドルとしてプラスになることは間違いじゃない。しかしそこに至るまでの心的負担を考えれば、果たして総合的に見てプラスなのだろうか? とも思ってしまう。確かに美紅をはじめ新しい仲間を得たのは喜ばしい。主との交流が増えたのも喜ばしい結果だ。
とはいえ、JKの精神に負担がないかといえば0ではない。
かすみそう25のメンバーの智里は、最近になって懐いてくれるようになったが、当初はかなり当たりがきつかった。そして、日南子という基本的にはいい子なのだが、極端に主に負担を強いるメンバーの存在もいる。
募集中のかすみそう25の新メンバーはどうか、適度に主に心を開いて負担を軽減してくれる大人なメンバーがいいと願っていた。
その矢先に立木からの呼びだしだ。
何も無いわけが無いだろう。
「賀來村、お前ね。前も言ったけど、仕事の話で呼びだされて、その表情はアイドルとしてどうなんだ?」
「すみません。今度はどんな無茶を言われるのかと思うと、こうなってました」
「まったく、少しは高尾を見習え……って、なんでお前までそんな表情だ」
「またどうせ、グラビアでしょ? 苦手なんだもん。いつも使わない表情筋使うの」
「お前らね。アイドルが仕事を選り好みするんじゃないよ。仕事もらえるだけありがたいと思え、……まったく」
二人を前にした立木は頭を抱えてしまう。
基本的にはなみずき25とかすみそう25メンバーは、振られた仕事を一生懸命にこなしている。現場でも評判は上々なのだが、そこに至るまではやはり年若いせいもありちょっとした不満を漏らすことも多い。まあ、いきなり仕事を振る立木にも問題が無いわけでもないが。
漏れる不満を一手に担う立木にも、少しは負担が出るのは確かななのだ。
「まあいいや。それでな、2人にそれぞれモデルの話が来てるから企画書読んでおくように」
「……っモデルですか!」
初めてのモデル仕事に、美祢の表情は輝きを取り戻す。
自身初の仕事だし、わざわざ自分を指名してくれたことに対する喜びは大きい。
それとは対照的な表情の花菜。
「うぇ、とうとう来たかぁ」
アイドルがファッションモデルをすることは昨今珍しいことではない。
別事務所のグループではあるが、リリープレアーの水城晴海は男性用、女性用の両方のモデルをしている。もちろん他にもやっているアイドルもいる。
はなみずき25の中でも、園部レミ、小山あい、香山恵の3人がそれぞれ別の雑誌でモデル仕事をしている。
「花菜、何が嫌なの?」
花菜が拒否反応を見せるのは、結構珍しい。先ほど苦手といったグラビア撮影も苦手といいながら割と嬉々として受けているのを美祢は知っていた。
だが、今回わりと本気で拒否しているようにも見える。
「美容とか、メイクに気を遣わなくちゃいけなくなるから……正直面倒」
「……っあ!」
花菜のつぶやきに美祢は、何かを思い出したような声を出す。
そして二人の表情が曇りだす。
この二人、実はメイクも美容もさほど気にしていない生活を送っていた。
10代後半とはいえば、代謝も良好な年代だ。学校ではメイクなど流行に敏感な女子も多いなか、この二人はニキビにだけ気を付けていれば、いいのでは? などと甘えた考えの元、生活をしている。
むしろめんどくさいと言って憚らない。
そのたびにレミには注意を受け、強制的に美容講座が始まるのだが馬耳東風を貫いてきていた。
しかし、仕事ともなると話が別になる。
モデルの期間中は、みっともない姿をさらすことなどできないし、一般以上の知識や意識を求められる。
「あの……ちょっと、私には早い――」
「ダメだ」
「面倒だから断って――」
「絶対ダメだ」
事務所サイドとしては、所属アイドルが美意識高くあることに何の問題もない。
むしろ、そうあってほしいと言い聞かせる側の立場だ。
この二人、特に高尾花菜は、はなみずき25の絶対的エースと呼ばれる顔なのだ。
それが、美容やメイクが苦手で何も気にした様子がないのは、大問題でしかない。
月に数回、美容家やメイクアップアーティストを招いて講義の場を設けている。少しは事務所の苦労に報いて欲しいとすら思っている。
だからこそ、今回はこの二人に拒否権は与えない。与えるつもりもない。
「それぞれ違う雑誌にはなるが、確実にお前たちのプラスになる仕事だ。全力で臨むように!」
有無を言わせない立木の態度に、2人は肩を落とすしかなかった。




