百八話
アイドルグループ、はなみずき25のその年最後の仕事は、大みそかの歌謡祭だ。
二色に分かれ、多くの歌手やグループがその年の話題になった自身の歌を披露しあうでおなじみのアレだ。
グループとして多くの話題を提供し、個人では賀來村美祢がサプライズのソロ歌唱と別グループと兼任という話題も提供した。
しかし、それらの話題に欠かせない一人の作家には触れられることはなかった。
@滴主水。賀來村美祢と高尾花菜の二人が、ラジオで不用意に発言したことで話題となる。そのことがきっかけで作家デビューを果たし、その年の内に小説二巻と原作のコミカライズ一巻を発売。別原作のコミカライズも発表され、年明けにはアニメ化も控えている。その作家が書いたはなみずき25のアルバム特典小説と、賀來村美祢の歌った『エンドマークの外側』との相乗効果が、初出場のひとつの要因となったのは間違いがない。
だか、色々と縁深い彼なのだが、彼を語るにはSNSの炎上という触れずらい話題も取り上げないといけないため、慎重派の多い公共的な放送を旨とする放送局ではなかったことにされた。
その時披露したアルバム表題曲『On Your Mark』は、センターの高尾花菜はもちろん、最後列の賀來村美祢や、他のメンバーたちの表現力が格段に上がったこともあり新年の芸能面への話題提供に成功していた。
新しい一年の幸先のいいスタートのように見えたはなみずき25だが、その内情は渋谷夢乃の脱退報告に伴うスカウト組とオーディション組の確執を残したままという微妙な問題を抱えてのスタートとなった。
そんなこととは知らない@滴主水こと佐川主は、まだ正月の余韻が残るある日の深夜、編集部で担当編集の佐藤満丸とコミカライズの担当編集牧島誠の3人で食い入るようにテレビ画面を見ていた。
放映時間30分の新作アニメが、画面に映される。
佐藤と牧島はそれぞれ、某掲示板とSNSをチェックしながら主も自身のSNSを起動しながらアニメに集中している。
大きな問題もなく終了したところで、張り詰めていた空気を吹き飛ばす様に、佐藤が息を吐く。
「ふぅ~! こっちは問題なさそうです。よかったですね、@滴先生!」
「こっちも問題なしですね。@滴先生、改めておめでとうございます」
「嘘だ、絶対嘘だ。何か見落としてるかもしれませんよ?」
安心している佐藤と牧島と、疑心暗鬼の主。
何せ、自身の作品が注目されれば炎上し、作品発表しても炎上。コミカライズが始まったと言えば炎上。何かが始まる時には炎上がつきものの作家デビューだったためアニメが始まるともなれば、間違いなく炎上すると思い込んでしまっている。
「ほら、今回からはもう大丈夫ですよ」
「そうそう! 傘部ランカ先生のコミカライズも発表時は炎上しなかったじゃないですか」
「そう……ですかね? 大丈夫、大丈夫だったんだ。……っよかったぁ~!」
ようやく炎上をしていない現実を飲み込むことのできた主は、アニメ化への喜びではなく炎上していない喜びを噛みしめていた。
そんな主の様子を見ながら、佐藤は牧島と頷き合いながら主へと向きを変える。
その表情は、真面目そのものだ。
「先生、それでですね。一つ報告したいことがあってですね」
「はい? 何でしょう」
佐藤の表情がいつもより真面目な雰囲気なのを感じとり、主は居住まいを正す。
「アニメ化で盛り上がった今こそ、勝負をかけないといけないと思うんです」
そこまで言うと、佐藤は一枚のチラシを主の前に置く。
それは小説やコミックスの中に挟む、チラシだ。新刊の発売情報などが乗っている、主にとっても見慣れたものだった。
しかし、主には見慣れない文字がそこには書かれていた。『疾風迅雷伝! 3カ月連続刊行!!』の文字。しかもコミックスではなく原作小説がだ。
「……佐藤さん、これはちょっと」
「言いたいことはわかります。でも勝負の時なんです!」
佐藤の表情も苦しそうだ。大方、上からの指示を拒否できずといったところだろうか。
牧島もすまなそうに、ススっとチラシを前に進ませる。
そこにも主の眼を疑うような言葉が踊っていた。『疾風迅雷伝! コミカライズ購入特典、書下ろし小説付き』と。
「牧島君、……これは?」
「@滴先生、勝負の時なので。どうか!」
担当編集の2人が頭をそろって下げている。通りでコミカライズの作画担当のピザ時計廻りの姿が無いわけだと理解してしまった。
アニメ化の喜びに付け込んで、少々無理目な仕事を余韻のあるうちに入れ込んでしまおうという魂胆だったのだろう。
それが無理と見るや、『勝負の時』というあいまいな文言で押し切る算段なのだ。
「……わかりました。やります、やらせていただきます」
どうにも回避できないと悟ると、主はあきらめて荷物からパソコンを引っ張り出す。
「まあ、本編は6巻分までできてますからそれでいいとして、特典はどんな感じにしますか?」
こうして、主は仕事始めをするのだった。




