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百五話

 トラック内での変わった儀式が終わると、メンバーはそれぞれ前後の走者へと近寄りコミュニケーションを図る。

 主はアンカー前の24番目。23番目の走者が主に声をかける。主はその声に少しだけビクリと反応してしまう。

「先生、頑張ってバトン持っていきますね」

 もう真冬といって良い季節にもかかわらず、上は長袖のジャージなのに下は短パン。これが若さかと美祢を見る。

「美祢ちゃん、あんまり期待しないでね?」

「ウソ、先生が結構走れるの、見てましたからね」

 美祢は、ショッピングモールでのロケを忘れてはいない。何故なら胸のネックレスが、今日も心地よい冷感を与えてくれている。忘れるわけがなかった。

 

 ニコリと微笑む美祢は、数日前とは比べ物にならないくらい大人びている。主はたじろぎながらも平静を取り繕って彼女に応える。

 そんな2人に割り込むように、アンカーが主の背中に飛び付く。

「先~生! 全力で飛び込んできてね!!」

 美祢とは反対に上を半袖、下は長いジャージ姿の花菜が、主の後ろから腰を目掛けて飛び付いてくる。いつかの自分を見せられた形の美祢は、やや過剰な反応を見せてしまう。

「っわ! ち、ちょっと高尾さん!? 危ないってば!」

「花菜ぁ~! 走る前に先生が怪我したらどうするの!?」

 主の腰に手を廻した状態のまま、美祢に追いかけられる花菜は、手を離そうともせず主を中心に美祢から逃げ回る。

 その様子はカメラに納められてしまうが、編集の段階で何処かに 何故か 消えてしまう。


 主たちがそんな、バターの出来そうな一幕を披露している頃、第一走者は第二走者に声をかけていた。

「お園! 最速でバトン渡すからね!」

「はぁ、でもユメちゃん、鈍足だよね?」

 夢乃がレミの顔を覗き込みながら、笑顔であるのに対して、レミは先ほどから夢乃の方など見ないで、しゃがみこんで何度も何度も靴ひもを結び直している。

「ドンソクってどういう意味? 豚足と関係ある?」

 レミと夢乃は、同い年ということもありよく話すのだが、レミの言葉は時々夢乃には伝わらないことがある。それを互いに笑いあって育んできたのが2人の関係だった。

 しかし最近のレミは、そのやり取りで笑えなくなっていた。夢乃の脱退宣言から始まったスカウト組とオーディション組との確執。

 レミはどうしてもそれが許せなかった。


 自分のこれまでが、無駄だったとでも言われた気分だった。必死に外番組で結果を残したのも、未だに苦手なダンスに必死に喰らいついてきたのも、全てはスカウト組とオーディション組の壁を壊して、一塊のはなみずき25を造り上げるため。

 あの人の望むグループの形とするためだった。もちろん、居心地の悪いグループなど勘弁だともレミ自身思ってはいるが。

 上に行こうなどと思ったはじめの衝動は、乙女の恋心だった。


 だから、なおのこと夢乃を許す要素がなかった。

 あの人が望んでいないグループ事情だとしても、それに拍車をかける行為だとしても、夢乃を許せないでいた。

「お園が何に怒っとるか、わかってるけどさ。私も譲れないとこあるんだ、……ごめんね」

「別に……スカウト組の身勝手さは今に始まったことじゃないし、ユメちゃんも勝手で良いんじゃない?」

 レミの突き放した言葉、それはもう夢乃がグループの外側にいるかのような対応だった。

 いや、確かにレミの頭のなかでは、夢乃がいなくなった後のはなみずき25をどうまとめるか、という計画が練られている。


「そう! そうなんだよ! やっぱお園は話が早いなぁ!」

 何に納得したのか、夢乃は未だに自分の顔を見ようともしない友人の背中を抱きしめる。

「そう! はなみずき25はさ、花菜の身勝手で始まったんだから、みんなも勝手なこと言って良いんじゃないかって、前から思ってたんだぁ~!」

 我が意を得たりと夢乃は、レミの頬に自分の頬を寄せる。

「流石、賢いクイーンだね! お園、スキスキ~!」

「ち、ちょっと! 前髪崩れるでしょ! やめなさい!」

 レミは、夢乃を引き剥がすために体勢を変える。夢乃の方向を見たレミの顔を夢乃の両手が飛んでくる。

「やっとこっち見たな! 私だって怒ってるんだからな!」

 ふくれっ面の夢乃が、レミを真正面から見据える。

「お園が好きな人のために頑張ってきたのは、私も知ってるよ? けどさ、お園自身がどんなアイドルになりたいのか、私わからないんだけど! そんなに怒るならそこら辺ハッキリしてよ!」

「それは……」

 無茶苦茶だ。いつ夢乃にバレた? それより、夢乃は何に怒ってる?  私のアイドル像が夢乃にどう関係がある!?

 レミは混乱していたのもあるかもしれないが、急所を確かに突かれていた為、直ぐに答えることが出来ずにいた。

 レミの理想とするアイドル像、そんなものを考えたこともなかった。

 レミにとってアイドルは、一目惚れした立木に近付くための手段だった。


 彼の望むように動くアイドル。それがレミの目指したアイドルだった。それだけで良かった。

 だから夢乃が役者に転向すると聞いても、当然の選択をしたなと、納得していた。

 しかし、恵の妥協してアイドルをやっているという発言には、血が沸騰したのじゃないかと思うぐらい激昂してしまった。レミにもそれが不思議で仕方がなかった。

「私……私だって! センター立ちたいのに! 花菜とみーちゃんみたいに、……ユメちゃんと頑張りたかったのに! ユメちゃんと並んで! 何で!? 何で辞めちゃうの!!? アイドルもっと頑張れたでしょ!!」


 レミの感情の奥底の蓋がはがれると、底に貯まっていたものが一気に噴出していく。

 レミは決して、夢乃が辞めるのが嫌なのではなかった。

 それは、夢乃とレミの他愛も無い話の中の一言。『いつか、ダブルセンターとかやりたいよね!』と、夢乃が言ったことをレミは忘れていなかった。

 そうか、自分はこんなことで怒っていたのか。レミは涙の流れる両目を押さえて、地面に伏せる。

 悲しさと恥ずかしさ、どっちが多いのかわからない涙はトラックに染み込んでいく。


「そうだね、ごめんね? ……これは私が悪いなぁ! 弱くってごめんね、お園ぉ!」

 レミの背中に夢乃が覆い被さる。

 背中が濡れるのも構わず、2人は泣き続けた。

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