百四話
「はなみずき25、かすみそう25合同CDヒット祈願!! 20,000Mリレー!!!!」
アイドル番組ではアイドルが楽曲を発表すると、ヒット祈願と称して過酷なことにトライするという企画が行われる。もちろん、はなみずき25の『はなみずきの木の下で』も例外ではない。となると、妹グループのかすみそう25の冠番組『かすみそうの花束を』でもヒット祈願は当然のように企画として上がってくる。
しかも今回は、姉妹グループがそろってCDを発売する。しかも年末にだ。
年末といえば、どの業界も年末進行というものがある。テレビ業界で言えば、撮り貯めだ。
ちょうど二つの番組は、同じ曜日の深夜に続きの時間で放送されている。制作会社もいっしょということもあり、もういっそ新年放送分を2番組ぶち抜きで放送してしまおう! という少々ヤケな企画も通り、こうして2番組合同のヒット祈願企画が行われることとなった。
そして都内の陸上競技場を貸し切り、撮影は開始された。
「え~、今回は20,000Mを一人800Mで区切り、バトンをつないでもらって! 75分以内にゴール出来たら祈願成功! ……という企画になっております!!」
両番組を代表して、はなみずきの木の下でMCの青色千号片桐が企画の内容を説明し終わると、両方のメンバーから非難めいた叫びが聞かれる。
「ちょっと待ちなさいよ!」
かすみそうの花束をのMCアリクイと糸ようじ山賀が、若干笑いながらも真面目そうな声色で、一切メンバーは見ないで片桐につめ寄る。
「20,000を一人800だと、一人分余るじゃないか! ここには24人しかいないんだぞ!」
山賀は横をチラチラ見ながら、何とか噴出さずに言いきる。
「そうだそうだ! 誰かが2回走らないといけないじゃないか!!」
アリクイと糸ようじ坂本も棒読みで、笑いをこらえながら台本通りに言葉を発している。
「そんなの……可哀想ですよ!」
青色千号小向は、感情をたっぷりと乗せている。演技が得意なのだろう。
「そうですよね、でも! 安心してください……はなみずき25とかすみそう25には、公式マスコットが居るじゃありませんか!! 25人目の走者はこの方です! どうぞ!!!」
片桐の呼び込みで現れたブタの着ぐるみの頭部に、ジャージという出で立ちの男性と思しき人物。
そう、主だ。
登場した主は両肩を落とし、両足を引きずるような重い足取り。
こんなこと聞かされていなかったと、全身が表現している。
主はただ単に両番組の合同ロケ企画だと聞かされて参加しに来ただけだった。
だが来てみればジャージが用意され、渡された台本にはただ一言『800M走って下さい』の文字。
もちろん、カメラは回っていないところでの出来事だ。
「おー!! これならみんな1回で大丈夫だね!」
「先生じゃなかった、アット君頑張って!!」
「アット君、すべては……あなたの頑張り次第ですからね!!」
「アット君! あなたは我々の救世主ですよ!!」
MC4兄弟は、アット君こと主を取り囲みはやし立てている。何とも仲良しな兄弟だ。
主は何とか言ってやりたいのだが、今アット君の手元にはいつも使っている音声ソフト入りのパソコンがない。あのパソコンで会話する設定のアット君はしゃべることができないでいた。
設定には忠実な主は、空中で仮想のキーボードを叩き終えると、さらに肩を落とす。
反論の出来ない主を交えた25人の走者は、トラックへと移動し始める。
笑顔のブタの着ぐるみが4兄弟のほうを何度か振り向く。笑っているはずの豚の着ぐるみ、その眼は何とも哀愁が漂っていて、そのたびに4兄弟は笑いに包まれていた。
トラック中央に入ると、主は諦めたように入念なストレッチをはじめる。
もう若いとは言われなくなった年齢の主にとって、走るという人類に与えられている行為を行うのにも若者以上の準備が必要なのだった。
とはいえ、実は主にとって走るという行為、しかも全力疾走というのは縁遠いものではないのだった。
数か月前にもショッピングモールで4時間以上のマラソンもしているし、何より主は元看護師だ。
夜勤もしていた主は、トラブルの度に病棟を全力で走り回っていた。そう! 主は走る方の看護師だったのだ。
だから自分がどの程度走れるのか、同年代の男性に比べれば自覚している方だ。
30歳代の男性というのは、10代の感覚が抜けておらず自分は結構なんでもできると錯覚している場合が多い。特に部活が運動系の人間に多い現象なのだが、30代の運動神経は結構衰えている。
自分を過信せず、現実を受け止めている主は年若いメンバーが引くほど入念にストレッチを行うのだった。
ただ一部のメンバー。かすみそう25の最年少トリオを筆頭に何人かが主に感化され、輪になって主を取り囲み同じようにストレッチをはじめる。
その光景はまるで何かの儀式化のようにも見え、4兄弟は爆笑の渦に包まれていた。




