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百三話

「さて、今日のオープニングですけども。皆さんご存じの通り、新メンバーの募集が始まりました! 発表後、初の収録なんですが。リーダー何か言うことありますね?」

 冠番組『かすみそうの花束を』の収録が始まると、山賀はいつもの軽快なリズムではなくゆったりと含みを持たす様に美祢に発言を求める。

「はい」


 美祢も山賀の空気を引き継ぎ、神妙な面持ちでセット中央のステージに立つ。

「先日のイベントで告知させていただきました、新メンバー募集のメッセージが流れた際に、メンバー数人から拒絶ともとれる発言があったこと、誠に申し訳ありませんでした」

 そう、謝罪だ。もちろん、運営側もホームページなどで公式に謝罪文を掲載している。だがメンバーたっての願いで、自分達にも謝罪させてほしいとオープニングで全員が頭を下げている。


「発言の経緯としましては、新メンバー加入と同時に脱退すると勘違いしたメンバーが、反射的に発してしまった言葉でありまして、説明がされた現在は、新メンバー加入をメンバー一同心待ちにしています。皆様のご応募、お待ち申し上げております」

 丁寧に丁寧にカンペを読む美祢。読むことに集中してしまい、どこか他人事のニュースを読んでいるようにも聞こえる。


「え? あ、たくさんのお姉さんやお友達ができるの楽しみです!」

「妹も欲しい!!」

「……ん! まってる!!」

 最年少トリオの言葉で、緊張が溶けたのか美祢は優しい微笑みを見せて再度呼び掛ける。

「こんな変わった娘たちですが、新しいメンバーが増えることに今は前向きです。私たちと一緒に笑って、泣いてくれる人大募集です! どうか私たちの仲間になってください!!」

 頭を下げながら叫ぶ美祢の言葉は、ようやく等身大の言葉に変わった。


「はい、一旦止めま~す!」

 ディレクターの声で頭を上げた美祢は、美紅をみて手を上げてありがとうと伝える。

 美紅は佐奈の手を持ち振りながら、美祢に応える。

 確認のため山賀と美祢は、ディレクターのもとへ走っていく。

 山賀とディレクターが難しい表現で、先ほどの映像を見ながら何やら話をしている。

 美祢はそれを一言一言頷きながら、リテイクに備えている。

 リテイクが無いと聞いた美祢は、走って仲間のもとに駆け寄り、最年少トリオに抱きついて褒め称える。そしてありがとうと、何度も頬を寄せるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 その日の収録は、先日のライブでふざけたメンバーがいたとして、罰ゲームを一致団結して回避しろという企画だった。あの時一番の問題行動を取った美紅、彼女に付けられた低周波治療器を作動させないためにメンバーが奮闘する内容だ。

 だか、体力系も頭脳系でも美紅が悶絶したのは言うまでもない。

 これであのステージの御祓と出来たのかは……不明だが、放送当時のSNSでは批判的なコメントは少なかったようだ。


「美祢ちゃん、お疲れ様」

「あ、先生」

 収録が終わり、主が屋上に向かう途中で美祢を見つける。

 収録中、美紅を守るために人一倍動き回ったせいか髪の毛は汗で濡れている。

「シャワーの時間大丈夫?」

「え、あ~。はい、たぶん」

 歯切れが悪く視線を合わせようとしない美祢に、主はこんなことを言ってしまう。

「どうしたの? また、背中貸そうか?」

「え! いいんですか?」

「……うん、ま、まぁ」


 冗談のつもりで言っただけなのだが、屋上に上がるとまた美祢は主のジャケットを捲り頭を滑り込ませる。

「……なんか、美紅さんには助けてもらってばかりで。私はあの人の助けになることが出来ているのかなぁ」

 美祢は独り言のような、主への問いかけのような、微妙なトーンで話し始める。

「この前のイベントでも、オープニングで年下の娘たちが泣かなかったのあの人の機転なんですよ? それに私が年下の娘たちと仲良くなれたのだって、美紅さんのお陰だし」

 そう言って美祢はまた主の背中を濡らす。

「あの人を守れるように……」

「大丈夫大丈夫。美紅さんは、今日のことおいしくしてくれてありがとうって言うと思うよ」


「そう……ですかね?」

 主の言葉を美紅の声でリフレイン出来てしまう美祢。だが、アレがアイドルの正しい姿だっただろうか? そう考えてしまう。

「意外と周りに気を遣って前にでないみたいだから、美紅さんは。あんなに堂々と前に出られて気持ち良かったんじゃない?」

「そう……なんですかね?」

 美祢は収録中の美紅を思い出してみる。

 確かに悶絶も絶叫もしていたが、目の奥は笑っていたようにも思える。

 よくよく考えれば、バラエティーでリアクションをするのも近年のアイドルとしては、正しい姿なのかもしれないと美祢は思い返す。

 だとすると、美紅のことをよくわかっているのは、メンバーの美祢ではなくメンバー外の主の方がわかっていたということになる。

 そう思うと、美祢の中にふつふつとするものが湧き出てくる。

 主に対してなのか、美紅に対してなのか。それは嫉妬心の現れ。


「痛い痛い! なに、急に?」

「むぅ~! 何でもないです!」

 背中に爪を立てた美祢は、主に答えながらもむくれている。

「先生は、なんで美紅さんのことよく知ってるんですね!」

「よくは知らないよ。山賀さんの受け売りと憶測だしね」

 アリクイと糸ようじの二人は、休憩時間など積極的にメンバーと会話を持つようにしているのを美祢も見ていた。

 そう思うと美祢は自分がリーダーとしてちゃんとやれているのか疑問が生じる。

「どうしたら美紅さんのことわかるようになるんでしょうか?」

「ん~、お互い呼び捨てするとかは?」

「呼び捨てですか?」

「うん、案外呼び方変えると見えてくることもあるかもしれないよ?」

「……わかりました。やってみます」

 美祢は主のジャケットから這い出ると、屋上から降りる階段へと走り出す。

 主はやれやれと立ち上がり、タバコに火をつける。

 その瞬間、自分の腰に重いモノが飛びついてきた感触があった。

「いつもありがとうございます。……主さん」

 美祢はそれだけ言うと、今度は本当に階段を駆け下りていってしまった。

 あまりの衝撃に、咥えていたタバコが床に落ちる。

 慌てて拾うとタバコの熱が主の指に伝わり、また放してしまう。

「だから、その一瞬の破壊力よ」

 つぶやきながら、今度はちゃんとフィルター部分を確認して拾い上げる。

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