十話
「賀來村戻りました」
美祢は寮の玄関で管理人に声をかけ帰寮したことを告げる。するとのぞき窓から一人の男性が驚いたように顔を出す。
「あ、賀來村さんお帰り~。早いのね」
「あの家じゃ落ちついて読書もできないんで」
「あらあら、またお母様とやりあったの? まあわからなくもないわね」
美祢はため息をつきながらのぞき窓のあるカウンターに体を預け愚痴を始める。
「そうなんですよ。お母さんまだ私が芸能界にいるの反対みたいで」
「子供のことだもの、心配なのよ」
「でもこうしてデビューできたんですよ? 応援しません? 普通?」
「何言ってるの。デビューしただけでしょ」
その言葉に美祢は口をへの字に曲げる。
「お母様が安心できる時なんて、きっと引退した時だけよ」
「けど、認めてもらいたいんだもん」
美祢は顔を背け、誰が見ても満点の拗ね具合を見せる。その年相応の態度に男性はうっすら笑みを浮かべて優しく頭をなでる。
「なら、早くセンターにでもなんなさい」
「なれるならなってるよぉ」
美祢は頬をぷくりと膨らませて表情も満点となった。それがとても面白いと言わんばかりの表情で返される。
「そんな顔じゃまた後列かもね」
勢いよく顔を上げてかみしめた歯を強調する。
「い~!!! リョウさんのいじわる!」
「あ、その顔ならセンター間違いなし!」
その言葉に噴出しながら美祢は自分の部屋に向かう。
「なにそれ! アハハ」
リョウと呼ばれた男性は美祢を見送りながらつぶやく。
「ステージでその笑顔ならセンターなんだろうけどね」
「はぁ~、ただいま」
「あれ? おかえり~」
なぜか美祢の部屋でくつろいでいる花菜がいた。
「なんでいるの?」
「だって、明日のスケジュール抑えあるんだもん」
なんで美祢の部屋にいるのか問うたこたえは花菜からは返ってこなかった。代わりになぜ寮にいるのかという答えだけが返ってくる。
「もう、自分の部屋にいればいいじゃん」
「だって暇なんだもん。美祢の部屋はマンガいっぱいあるし」
美祢の部屋のベランダになにか垂れ下がったものが見える。
窓に近づいて確認すると非常用のハシゴが垂れ下がっている。
「窓どうやって開けたの?」
「ん? ハンガー解体してちょちょいって」
「はぁ~、今度ラジオのエピソードトークで使うから」
「マジ? だったらハシゴ片さないでそのままにしとくね?」
花菜はラッキーといった表情で美祢をみる。
「なんでそうなるの?」
「だって、たまたまより毎回こうのほうが面白くない?」
「ちょっと何言ってるかわかんない、とりあえず自分の部屋に帰って」
「もぉ~しかたないなぁ」
そう言うと花菜は窓のほうへと歩いて行こうとする。
「普通に玄関から帰って」
「だって靴ないもん」
「貸すから」
「ドアのカギ閉めてるし」
そう言われては美祢は花菜を止めることができなかった。
花菜が去った部屋はようやく静かになった。
横になって主に貰った本を開くが、美祢の頭に文章が入ってこない。
完全オフのはずのグループ内に仕事の抑えが入っているという事実が、美祢の心に引っかかる。
カバンから自分の手帳を出し自分のスケジュールを確認する。ほぼ真っ白と言っていいスケジュールがそこにはあった。自分たちの番組と交代でやっているラジオだけが書かれている。
そのほかの予定は月末にまたライブがあるだけだ。
手帳を顔に押し付けなんとか涙が出るのを阻止すると、レッスン着をもって部屋を後にする。
◇ ◇ ◇
そして月末。毎月行っているライブが始まる。
ツアーで廻っていた会場に比べればこじんまりとした会場ではあるが、交通の弁のよさから度々はなみずき25のライブが行われファンの間ではホームタウン的な扱いを受ける慣れ親しんだ会場。
もちろんツアーほど大規模ではないが、握手会も行われる。近々新曲との噂もあり、今のフォーメーションは最後とフロントメンバーを推しているファンがやや目立つ。
とはいえファンの本命は明日予定されているテレビとラジオの同時公開収録イベントだ。
そのため各所にカメラが配置されていることにファンはおろかメンバーの誰も違和感を感じていない。
「じゃあ@滴先生は、ライブ終了後の握手会で花菜ちゃんと美祢ちゃんの列に並んでもらって、握手後に御自身の本をプレゼントしてもらいます。その後握手会終わったら楽屋突撃で」
主は会場横につけられたマイクロバスの中で、これでもかと緊張した表情でテレビスタッフの説明を聞いている。
手には薄い台本が握られている。
何度も読み返したのだろうか? だいぶよれよれになっている台本が今は緊張でくしゃくしゃになっている。
「あ、あの、顔は本当にでないんですよね?」
「はい、ご要望道りにモザイクして、その上からCGで加工しますので」
なぜこのような場所に主がいるのか? これははなみずき25運営側の陰謀だった。
主は少しのトラブルはあったものの、出版の機会をもらえる切っ掛けとなったアイドルにあくまでお礼として自分の本を渡すつもりで出版社経由で話を持っていってもらったのだ。
しかし騒動を軟着陸させるためには、番組でネタにするのが一番と力説するテレビマンたちの話術に翻弄され、今回のイベントの一幕としてドッキリの仕掛人としてここにいる。
そしてライブと共に喜劇な悲劇の幕は開く。