へんてこ?SF ある日朝起きたらベッドの上に空が広がっていた
チチチチチ。
いつもの朝。いつもの時間に鳴る目覚まし時計。いつもの枕とベッド。
一つ違ったのは。目を開けると目の前には晴れ渡る空が広がっていたということ。
「…………は?」
小鷹咲里25歳。大学進学と同時に少し都会のこの街に引っ越し、一人暮らしのアパートに近い会社に就職したは良いが、どうも職場に馴染めず半年で退社。
その後は、派遣をしたりバイトをしたりと所謂フリーターとして生活をしていた。
咲里の住まいは、3階建てのアパートの3階の角部屋。8畳の1K。駅から徒歩30分という微妙に不便な場所だが、そのおかけで家賃はこの街の相場より安い。住んでいるのはほとんどが大学生だ。
ここに住んで早7年。部屋は狭いが住めば都。特に引っ越すようなきっかけもなかった為に、ずっと住み続けていたが、こんな非常事態は初めてだった。
「…………空?……え?天井に……空ぁ?!」
寝起きでしばらくぼーっと空を眺めていたが、頭が覚醒してくると事態の異常さに気づき飛び起きる。
本来なら見慣れた薄汚い天井があるはずの場所に青空が広がっているのだ。とんでもない事件である。
築年数はよく覚えていないが、咲里より年上なのは間違いないこのアパート。確かに色々とガタが来ているとは思っていたが天井が落ちるとは考えたこともなかった。
「あわわ、どうしよう……古すぎて天井落ちちゃった?大家さんに電話…………ん?んん??」
しかし、よくよく見れば部屋に天井の破片等は無く、天井が落ちたのなら咲里も無事では済まないはずが怪我一つない。
そして……。
「えらくキレイな円……」
そう、天井に広がる空はキレイな円でくり抜かれたように広がっているのだ。
流石にこれはおかしい。
「どこに連絡するべき?」
咲里が頭を捻っていると。
ピンポンピンポンピンポン。
「ぎゃっ?!」
すごい連打でチャイムが響き渡る。
このタイミングでこの焦ったようなチャイム。何となくだがこの穴の関係者な気がする。
ピンポンピンポンピンポン。
「……マジでビビるからやめてよね……はいはーい」
ドアスコープから外を見れば、大学生くらいの男の姿が見えた。若干乱れた髪をしているが、ごく普通の青年。流石に怖いのでチェーンをかけたままドアを開ける。
「あの……何の用事で」
「部屋に異常は起こってませんか?!」
男は咲里の話を遮り、まくし立てる様に質問をしてきた。
ガチャン!
そして、勢いよくドアを開けようとしたが、チェーンが良い仕事をした。
そのままドアが開けば中に入ってきたのではないだろうか。なんとも恐ろしい男である。
「…………」
「…………」
「ちょっ、ちょっと非常識ですよ。で、何の用事ですか?」
「あー……ごめんなさい。その、部屋に……なんというか……足の生えた荷物とか来てませんか?」
「はい?」
「動く植物とか……猫耳のゴリラみたいな男とか……」
「いや…………そういうのは無いです」
(天井に空は広がってるけどね)
玄関からは丁度あの空の穴は死角である。
「…………ここじゃない……?おかしいな……」
男が咲里の向こうの部屋を覗き見ようとするが阻止する。この汚い部屋を見ず知らずの男に見られてたまるか。
「もういいですか?」
「…………はぁ」
男は不満そうだが、非常識野郎なので問答無用でバタンとドアを閉めた。
やっぱり何となくあの空と関係がありそうな気もするが、部屋に入れるのには躊躇してしまう。もしヤバい人間であれば殺されてしまう可能性もゼロではない。一人暮らしというのは常に危険と隣り合わせなのだ。
「ふー……何なの」
ドアを閉め、咲里が部屋の方へ向けば。
テクテク。テクテク。
足の生えたスーツケースが部屋を闊歩していた。
「嘘ぉ……」
『なんというか……足の生えた荷物とか来てませんか?』
先程の男の言葉が蘇る。正に彼が言っていたそれが咲里の目の前あるのだ。
「……どうしよう……えっと、さっきの人……確かあとは……」
『動く植物とか……猫耳のゴリラみたいな男とか……』
ゴクリと咲里は唾を飲み込む。こんなに心臓がバクバクと踊るのはいつぶりだろうか。先程の男の言葉通りに現れている目の前の謎のスーツケース。その後に続いた言葉の意味。もしかしたらという嫌な想像。
あまり悲観的に考えたくはないし、見たくもないが、ここは咲里の部屋なのだ事実確認だけはしておきたい。嫌だなぁ嫌だなぁと思いつつ、恐る恐るベットの上の空の穴を確認しに行くと……。
にゅーーー。
(?!何か伸びてきてる!!)
よく見ると咲里のベットの上に広がるまん丸の穴からツタが伸びてきている。すーっと降りてきたそれの先がベットに到達すると、今度は空の穴から本体?が出てきた。
(……荷物?……え?何?)
ツタでグルグル巻きになっている荷台の様な物。絡んでいるツタの先はタコの足のように動き、それが伸びながら器用に咲里のベットの上へと降り立つ。大きさは咲里と同じくらいだろうか。
(…………)
テクテクテクテク。
ベットの近くでは足の生えたスーツケースが動き回っている。
カオスだ。
(逃げた方がいいな……)
ペキッ。パキパキ。
(?!)
咲里が逃走することを考えていると、植物から変な音がした。
見つめていると、荷台の様な場所からツタが退いていき、ゆっくりとその上の部分が開いていく。
(な……何事?!)
ピョコッ。
出てきたのは猫耳。荷台からピコピコと猫耳がのぞく。
そして、ゆっくりとその耳の持ち主が荷台から現れる。
(何で?!どう考えてもあの中にあれ入らないでしょう?!)
猫耳の持ち主は筋骨隆々の男。顔の造りは渋い男前である。咲里としては顔だけならストライクゾーンだが、そんな事態ではないし、何より猫耳は痛い。
結局、先程訪ねてきた男の言葉に出てきたモノたちが全て咲里の部屋に現れてしまった。
「¿‘£/⁈℃⁇/}℉‾»」
(何語?!)
猫耳男が何かを言った。が、何を言っているか全くわからない。
「⇄↡²Ⅾ√†§{<;|」
猫耳男はそれでも何かを言っている。
途方に暮れた咲里は、無言で立ち上がると急ぎ足で玄関にむかいドアを開けた。
すると案の定、先程の訪問者がそこには居た。
「……」
「……」
咲里が目を合わせコクリと頷くと彼もそれを返した。
「お邪魔しても?」
もう汚い部屋などと言っている場合ではない。
「お構いできませんが……どうぞ……」
項垂れる様に彼を部屋へと通す。振り返って部屋の中を見れば、ムキムキの猫耳男が困った顔でこちらを見ている。その足元には足の生えたスーツケースがウロウロウロウロ。地獄絵図の様である。
「ははっ……わたしの部屋が……わたしの部屋……」
「お邪魔しまーす」
男は、咲里の部屋へと入るとさっそく猫耳男と何かを話し始めた。
会話は聞こえるが何を話しているかはさっぱりだ。
「…………最悪だ……」
(最悪?!最悪って何?!)
気になる一言を言った後、一通り話し終えたのか訪問者の男は咲里の方へ振り向いた。
「……あの……今ってどういう状況なんですかね?」
恐る恐る咲里は男に質問をした。
「あー……………………ちょっと待って下さい」
「…………」
男はうーんと考えている様に腕を組んで頭をひねる。
「えーと……あなたは……その」
そういえばお互い自己紹介をしていない。
「あっ、小鷹咲里です」
「咲里ですね。了解しました」
「?!」
(初対面の人にいきなり呼び捨てにされた!何コイツ!!)
少し冷静になれば、今のこの理不尽な状況に沸々と怒りが湧いてくる。
「で、咲里は」
「あんたも自己紹介くらいしろよ!」
「№®”{+®」
「あんたは喋んな!警察に突き出すぞ!!」
「?!」
咲里の怒鳴り声に驚いたのか、猫耳男も何かを言っていたがなんと言っているかちんぷんかんぷんである。それにも何だか腹が立つ。
「あ、ごめんなさい。僕はスリギランと言います」
「すりぎ らんさん?」
「はい。えっと……咲里は地球の民ですよね?ここに住んでいるということは爵位など無い一般の民で良いんですよね?」
「いや、私は日本人ですが」
「日本国に住む地球の民という事ですね」
「は?」
「地球はあなたが住む次元の世界のこの星の事です」
「何いってんの?」
少々イカれた男と関わってしまったようだ。早めに空の穴と猫耳男他諸々をどうにかしてもらって、お帰りいただきたい。
「ちょっと何言ってるか分からないんで、その……逞しい男の人と他の……それらをどうにかして下さい。あと、上の穴も」
居心地悪そうな猫耳男とその周りの謎生物?たち。咲里は思った。コイツらが居なくなったら実家に帰ろうと。
「………………てへっ」
「て……へ?」
「あのですね。割と信じられない話をしますよ?いいですか?」
正直イヤである。面倒くさそうな話など聞きたくない。
「まぁまぁ、そんな嫌な顔しないで。えーと。僕は旅行会社『ホワナ』の営業担当をしております」
「聞いたこと無い会社ですね」
「はい。地球の会社では無いので」
「ん?」
「僕は咲里から見ると、別次元の世界から来た異世界人です」
「…………」
「信じてないですね」
「……あっさり信じれる程アホではないんで」
「まぁ仕方ないですね。取り敢えず続けます。僕らの星は『スマー』と言いまして、僕は『ロロヌフダ国』の民です。スマーはこの地球よりも文明が発達しております。宇宙旅行は当たり前で、最近では別次元への旅行が流行っております。そして、新しい次元旅行先としてこの地球に目をつけたのです」
「…………は?」
「で、営業担当の僕は1年前からこのあたりに住みまして、安全確認や観光ルートをリサーチしておりました。そして、諸々の手続きがようやく終わり、最終段階として固定次元ホールの設置を行ったのですが…………」
スリギランはチラリと咲里を見やる。嫌な予感がする。
「本来予定されていた座標からズレてしまい、咲里の家に次元ホールが開いてしまったのです」
「は?」
どういうことだと、目の前の男の話していた事が全く理解できない咲里は頭を悩ませる。
「つまりは、まぁ間違えて咲里の家にあの穴が空いてしまい。確認のためにやって来た僕の同僚と鉢合わせたって言うことです」
「……よくわからないけど、間違いなんですね。じゃあ戻して下さい。そして二度と私に関わらないでください」
「それが…………」
歯切れが悪い。嫌な予感しかしない。
「この一つの次元ホールを作るのはものすごーくお金がかかりまして…………再設置の予算を組む余裕がなく…………」
「え?」
「それに咲里にも知られてしまって……最悪……咲里に消えてもらうか洗脳してこちら側についてもらうか……」
「ぎゃぁっ、何それ!!わっ、私を殺す気?!」
「それはこちらとしてもリスクがあるので避けたいので……一つ提案がありまして」
「…………提案?」
「はい。うちの会社に就職しませんか?」
スリギランは良い笑顔でそう言った。
数カ月後。
「こんにちは。ようこそ地球星日本国へ。こちらが観光案内のスリギランです。では楽しい旅行を。いってらっしゃいませ〜」
今日は10名のアース観光旅行である。次元ホールから来る荷物(足有)と植物で出来ている次元ワープ装置の受け入れからスリギランの紹介までが咲里の仕事である。
あのあと何だかんだで旅行会社『ホワナ』に就職した咲里。
旅行会社『ホワナ』受付嬢。それが今の彼女の肩書である。
「サリ。今日の仕事は終わりだ。メシにしよう」
「あーうん。じゃあいつものカフェ行こっか」
咲里に声をかけたのはあの猫耳男こと『イーセダダ』。
当初は言葉が全くわからなかったのだが、言語翻訳機械とやらで咲里は向こうの言葉が、イーセダダはこちらの言葉が通じるようなった。
彼はワープ装置の運転手であり、観光客の行き帰りを担う。
大体のツアーは3泊4日で組まれることが多く、その間は何故か咲里の部屋に宿泊している。
そして、今の二人の関係は会社仲間以上恋人未満と言うところ。
へんてこりんな出合いからこんな関係になるなんて咲里は思っても見なかった。
「ふふっ」
「どうしたんだ?」
「ううん。ちょっと思い出してて……」
「思い出して?」
「イーセとの出会いだよ。今は帽子で隠れてる猫耳男との出会い……」
「あぁ、あれは色々と衝撃的だったな」
「だよね。ふふっ」
「なぁ、サリ……」
ふと、イーセダダが緊張した面持ちで咲里を見つめた。
それを見て咲里も少しだけ緊張する。
きっと彼が言わんとする事は咲里の考えているものだ。
(両親にはなんて言おう……)
ドキドキしながらふと空を見上げれば、あの日ベッドの上で見上げた空と同じ色が広がっていた。
拙い文章を読んで頂きありがとうございました。