乙女ゲームの世界に転生したらヒロイン?が大量に湧き出していました
貴族年鑑は年に一度、一年間の情報を更新されて発行される。貴族同士の付き合いだけでなく、情報が財産を左右する商家や、城への出仕を目指す地方郷士の家、その他あちこちで活用されている。
詳しい情報は機密が絡む事もあるので、城の貴族管理部門内で管理されているが、家門とそれに連なる者の名前と続柄、生年月日だけでも十分役に立つ。発行自体は年に一度だが、生死、結婚や養子による戸籍の移動、廃嫡等の除籍は、その都度届出が出されているので、管理部門に対して正しい手続きを踏めばある程度の情報を受け取る事が出来る。
「多いわ。多すぎですわ」
私は呟いた。
シャサーニュ・クリュリェ・マルトロワ、15歳。ジュリエール皇国の宰相マルトロワ公爵家の次女です。目の前に開いた貴族年鑑の最新版には昨年に記載の無かった男爵令嬢の名前が大量に追加されていた。
「私一人で相手にしなくてはならないのであれば、いっそ今から留学を……、いえ、もう間に合いませんね。もうなるようにしかなりません」
お空、綺麗。
春の日差しは柔らかく、青空には美しい筋雲が広がっていた。
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ネオロマンスアプリ乙女ゲーム『ジュリエール皇国の宝石〜輝きのカプリチオ〜愛と恋のラブキッチン』は、同人神絵師による美麗なスチールの数々と初めての令嬢も安心の低い難易度とお手軽な価格で、乙女ゲームの入門にもピッタリという売り込みが成功した、らしい。
初心者にも安心という事で、攻略対象の親愛度が数値で分かり、多少イベントを逃してもエンディングの時点で一番親愛度の高い相手とのハッピーエンドで終わる。例え親愛度が10%でも、他が0ならハッピーエンド。
逆にチャレンジとして全てのイベントをきっちりこなし、誰にも偏らず進めると全員の親愛度が100になり、最後の選択で選んだ相手と結婚しつつも、他の攻略対象もヒロインに愛を捧げた事になりヒロインを女王とした一妻多夫の国が建国される。開発者のお遊びであったこのエンディングも、概ね好評で多数のカンスト乙女が逆ハーレムを達成した、らしい。
シャサーニュが前世の記憶を取り戻したのは、ゲームが始まるとされている半年前の事。舞台となるカプリチオ学園の制服が届いて、それまで着た事の無かったドレスとは違う機能性抜群のそれを試着。余りに楽な着心地に浮かれ、てエントランスへ続く屋敷の階段を、どうすればより美しく見えるか考えながら降りていた途中で足を捻って落下。激しく尾骶骨のあたりを打ち付けて悶絶している最中に『あ、これ、知ってる』と。
尊い犠牲である、レディにあるまじきお尻の青痣と引き換えに、記憶を取り戻した。
前世の厳島依莉17歳は無課金ライトユーザーで、友達と流行っているアプリゲームをそれなりに楽しむ高校生だった。だから、ジュリエール(略)は軽くやった程度。ただ、無課金カンスト系やり込みゲーオタの友達が嵌って、あれこれ画面を見せてくれたり、コミカライズされたと嬉しそうにコミックスを貸してくれたので、それを読んだ程度の知識があった。
また、どんなジャンルも読みこなす、雑食雑読な友達が件のゲーオタに「今、ラノベのジャンルで貴女が好きなゲームの世界に生まれ変わるのが流行っているよ」と実物の本を持って来たので、次いでに読ませて貰った事もある。
持つべきものは自分と趣味の違う友人だなーと思いつつ、転生したって事は17歳の若さで死んだのかーと、ちょっとセンチメンタルな気分になり、死因を思い出せないのは良いのか悪いのかちょっと悩んだものの、生来の楽天家である依莉はどうしようもない事は気にしないと前向きに生きる事に決めた。この間15秒。
シャサーニュとして15年生きて来て、急に厳島依莉という過去を思い出したのであるが、基本的に前世も今世も性格は変わっておらず、ゲームでは主人公であるヒロインにあれこれと難癖をつけたり意地悪をしたりして、最終的に学園の卒業式に攻略対象兼シャサーニュの婚約者である第二王子に断罪とやらをされ「二人の愛に負けたわ」とか何とか言う意地悪なキャラだと聞いたが、そんな面倒なのは嫌だ。
ゲーオタが「セリフだけでその後どうなったかわからん!」と憤慨していた、気がする。
であれば、放っておいても害は少なそうだけれど、その後がわからないのと言うのが落ち着かない。せめて本当にゲームの世界なのか、確認したいと思って取り寄せた貴族名鑑。
確かヒロインはアリアとかいう名前だったのでは無かったか?ラノベでそうだった気がする。ゲームでは名前を変えられるので、ゲーオタの見せてくれる画面には『らいとにんぐさん』になっていた気がするが名字が無かったという情報以外はどうでも良い。
ヒロインは男爵の娘だけれど、母親が庶民のシングルマザーとして彼女を育てていた。15歳の時に男爵の奥さんが死んで、未だ子供のいない男爵がヒロイン親子を引き取ったとか何とか聞いた、気がする。『貴族の庶子はヒロインの基本』ゲーオタが言っていたので、年鑑に載っている15歳であたりをつけようと思ったら、アリア、マリア、ユリア、ルリア、シリア、タリア、トリア、ダリア、ドリア、コリア、セリア等、国名や暮らしを彩る店の様なもの含め、大量の15歳が並んでいたのだ。その数42。
名字が無いので本物?の特定も出来ない。
こうして冒頭の台詞に繋がる。
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確か始まりは入学式に遅れそうになったヒロインが、新入生を校門で迎える第二王子とその側近候補の前で転び、誰かの手を借りて立ち上がる、だった気がする。と思い出したので、どうせ自分も新入生だしと早起きしてガラガラと馬車を走らせて学園に向かうと、校門の手前300メートル程の所に大量のゆるふわピンクボブヘア集団が待機している。
その様は前世のスーパーで良く見たピンクのプランクトン、オキアミに似ている。大量オキアミヒロイン大発生。確かプランクトンが増えすぎると、赤潮が発生して良くないとか習った気がする。もう生まれ変わったからどうでも良いけど。少なくとも、ヒロイン?が大量発生すると大変そうですよ、王子とかが。
今は金髪で朝日を反射しながら挨拶を受けていますが、あと少しするとあの集団が大移動して来るのでは無かろうか。
「おはようございます、コルビエール殿下」
「ああ、おはよう、シャサーニュ嬢。君の入学を祝わせて貰おう。屋敷に私の薦める文房具を送っておいたから、後で受け取ってくれ」
「ありがとうございます。ルション様、フルーラン様、リムテール様も、おはようございます」
コルビエール殿下の側近候補、騎士見習いのルション様、若き魔法の俊才フルーラン様、国一番の商会会長の孫リムテール様に挨拶をし、当たり障りのない時候話題を軽くやり取りして、入学式前に入れる控え室に向かって歩き出した時、地響きと土煙をあげて赤潮が移動、違う、オキアミヒロインズ、これも違う、ええと、そう、愛されゆるふわヒロイン?集団達が、コルビエール殿下達に向かって爆走して来た。
「コイツァ、ヤクイゼ!」
思わず前世の漫画オタ友人がトラブル時の口癖としている言葉が漏れたものの、さっと身を翻して殿下から離れた。ごめんね、薄情な婚約者で。だって、あの勢いじゃあ目の前で転ぶってレベルじゃなさそうだし。
どすどすどすどす(以下暫く続く)
思った通り、殿下達に次々とぶつかっていくオキアミヒロインズ。
「「「「「「「「「「「痛ったぁ〜い(大量)」」」」」」」」」」」
そしてほぼ全員が舌をちょっとだけ出して頭をコツンと叩く。何この変な宗教儀式みたいなの。
更に次々とお目当て?の相手に向かって手を差し伸べる姿は、さながら柄杓を寄越せの船幽霊スタイル。怖い。
「大丈夫かしら?」
偶然目の前で普通に転倒して慌てて制服のスカートを直すヒロイン?が一人居たので、手を差し出した。殿下達に突進した訳でも無く、一人ですっ転んだ様子だし先ず身支度を整える姿も、太もも丸出し船幽霊ヒロインズと比べて好印象だ。
「あ、ありがとうございます」
立ち上がって制服の埃を払い、辿々しいカーテシーをしながらカナリーイエローの瞳を伏せ、私の胸の辺りに視線を向ける。拙いながらも礼儀を大切にする姿が更に素敵。背景が殿下達を襲う船幽霊集団だから、余計に。
「わ、私、わ、わたくしは、ラロッシュ男爵が一女、アリアと申します。助けていただいた貴女様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ええ、わたくしはマルトロワ公爵の次女、シャサーニュと申します。お怪我は無いかしら?」
「えっ⁉︎ 宰相様の、あ、あの、私、先に声を掛けてしまって、ごめんなさいっ。あ、ええと、申し訳ありませんでした」
「いいえ、先に私が大丈夫かと声をお掛けしましたし、学園では学びに対して平等、同じ学舎の学徒として手を貸し借りする際にその様な気遣いは無用ですわ」
心配そうなので大丈夫と微笑めば、アリアさんもにこりと笑った。
後では逃げようとする殿下達が『しかし回り込まれている』状態になっていた。怖い。
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ええと、あれは確かジャニールイベントだった筈。
放課後の校舎の廊下、まともなヒロイン?アリアさんと一緒に先生に頼まれたプリントを運んでいると、裏庭側の窓の外でオキアミヒロインズが記念樹に群がっている。というか、登っているヒロインもいる。強い。確か、リボンが風で記念樹に引っかかって、それをジャニールに取って貰うというイベントだったかな。ゲーオタが「なんだかんだ言っても基本萌え」と言いながらスマホの画面を見せて来た様な……。
隣を歩くアリアさんも「うわー」と呟いて、ふと、オキアミヒロインズ達が手に持っている艶やかな青いリボンと同じ物を自分が付けている事に気がついた。
「シャサーニュ様、私のリボンはしっかり結ばれておりますでしょうか?」
「少し緩んでいるみたいですね。わたくしが結び直しましょう」
「そんなお手数をお掛けしては」
「いいえ、自分で直すより他人が直した方が、しっかりと結べますでしょう?」
「ありがとうございます」
廊下の飾り台にプリントを置いてアリアさんのリボンを結んでいると、騎士隊長の息子であり騎士見習いのジャニール・ジタン・ルションが訓練場の近道になる裏庭を記念樹に向かってスタスタと歩いて来た。
あ、気が付いた。反転した。
はやっ!オキアミーズの反応速度が速すぎる。ジャニールの青い髪があっと言う間にピンクオキアミーズに飲み込まれる。
触らぬ神に祟り無し。成仏して下さいね。
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母子共に男爵家に引き取られたとはいえ、アリアのお母さんは庶民という事で使用人としてこき使われているらしい。だからアリアは学園で学び、好成績をとって親子共々認められる様になりたいと言う。
お母さん大切、わかりみが深い。
ヒロインっていうのは主役だから凄い力があると思ったんだけど、少なくとも入学して半年、大きな力はまだ無いみたい。真面目だけど市井の出来事を面白おかしく話してくれるアリアと私はとても仲良くなった。失礼かなと思いつつも、入学前に家庭教師と学んでいた基礎のテキストを渡したら凄く喜んでくれて、手作りクッキーを貰ってしまった。可愛い。家に来て貰って一緒に作った。楽しい。
どうせなら私も街に出てお菓子の材料を買ってみたいと思って、お父様に頼んだら護衛の方をお願いする事になったけれど、アリアさんだけで無く仲良くなったクラスメイト二人も一緒にお出かけ出来た。紙面上で見る物の値段よりも、実物に添えられている方が理解出来るし、護衛無しでも女子供が安心して買い物出来る街作りを目指したいな、なんて話まで出来た。
難しい話はおしまいにして、話題のカフェのテラスで味違いのパンケーキをシェアしていたら、大通りの向こうからピンク色の集団が大移動して来た。
「良く見えませんが、同級生のマリア様やユリア様達の真ん中に、殿下やルション様が埋もれていらっしゃる様な?」
「赤と緑も見えますわ」
「フルーラン様とリムテール様ですね」
どうやらイベントが起きているらしい。城下町でお買い物デートは何度でも出来る簡単イベントだった様な。ええと、これで親愛度を調整するとかなんとか。だけど、集団でやる物なの?デートって一対一が基本だったよね?デートの概念とは?
ぼんやり考えていると、道幅いっぱいに広がってうぞうぞと近寄って来るオキアミ集団。一応コルビエール、ルション、フルーランは身長差で頭が飛び出しているけれど、平均身長より低い緑担当リムテールは完全に埋もれていた。ピンクの海に紛れた青のりの様に……。
「今年はマナー講習の時間を多めにされる新入生の方が多くて、年度内で異例のクラス再編成をするそうですね」
「シャサーニュ様とクラスが分かれるのは寂しいです」
「アリア様は大丈夫ですよ。マナー講師よりも素晴らしいシャサーニュ様と自習なさっておられるのでしょう?」
「そこまで完璧ではありませんわ。わたくしもアリア様から教わる事も多いと感じております」
適当女子高生だったから、手作りのお菓子とか教わるの楽しいし。いやあ、記憶を取り戻す前の私、頑張った、偉い。一度身についたマナーや所作って、心掛けさえしっかりしていれば崩れないよね。
そっかー。オキアミーズクラスが出来るのか。
この時の私は今後オキアミーズに直接悩まされる事になるとは思ってもいなかった……。
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何が「淑女の手本として、私の婚約者として、立派な姿を見せてくれ」だ、バーカ、バーカ。
夜討ち朝駆けで襲い来るオキアミーズに疲れたコルビエール達は、「はわわー、ふと思い立って遊びに行くのに、わざわざ連絡がいるんですかぁ?」などとほざいたり、「えー、毒見ってなんですかぁ?同じ学園の生徒の心のこもった手作りのお菓子を疑うなんてひどいひどいー、ぐすんですー」と嘘泣きをしたり、「生徒はー、平等でー、将来の為に仲良くせっさたくまするってぇ、コル殿下が仰ったじゃ無いですかー、うふふ」とやらかすどう考えても危ない生き物達を私に押し付けて来た。
我がクラスは私以外みんなオキアミピンクだ。どうだ、参ったか⁉︎ 参りました、すみません、ごめんなさい。
とはいえ、担任の先生の顔色もヤバいし、副担任の先生は四日目にして倒れて病院に運ばれ済み。適当でいい加減に何でも流す私以外、まともに一緒にいられる者はいなさそう。どうせ、休み時間にはオキアミーズ達はコルビエール達を襲撃しに行くしー。ザマアミロ、バーカ、バーカ。
何て思っていたのがいけなかったのか、生徒執行部に呼び出された。要は生徒会。一番位の高い人物、若しくは前会長が推薦した者が執行部長になるので、当然執行部長はコルビエール。
テーブルの向こうに殿下と側近候補ズ、テーブルの上に大量に載った教科書の残骸。そしてこちら側には私一人。異議を申し立てますぞ!こちらの戦力はか弱い令嬢一人ですぞ!弁護士を!弁護士の同席を!
「率直に聞かせて欲しいのだが、マルトロワ公爵令嬢、君は昨日の放課後、同じクラスのクレサンス男爵令嬢他41名の教科書を破るなどして破損させただろうか?」
「は?」
思わず変な声が漏れてしまった。
「失礼致しました。わたくし、昨日の放課後は友人であるラロッシュ嬢、クリュヌ嬢、トレーヌ嬢と学園図書館で勉強会をしておりました。途中本を探すなどで席を外しましたが、これほどの教科書を破損させるほどの時間はございません」
「そうであろうな。疑った訳では無いのだが、令嬢達が口を揃えてシャサーニュ嬢にやられたと言っているので、確認の為に呼び出した。手数を掛けた」
「いいえ、しかし、このままでは皆さんの明日からの授業が滞ってしまいます。宜しければクラスメイトの縁で、わたくしの家で新しい教科書を用立てたいと思いますが、リムテール様の商会にお願い出来ますでしょうか?」
「僕はそれで構いませんけれど、シャサーニュ嬢の持ち出しがかなりの金額となってしまいますよ」
「ああ、マルトロワ嬢以外の全員が教科書を破損したのは大事件だが令嬢のせいでは無いし、しっかりした令嬢を見習って欲しいと組んだクラス編成にも問題があるよな」
「殿下、大切な教科書を持ち帰っていなかったクレサンス嬢達にこそ問題があります。犯人を捜索して見つかれば弁償させるけど、取り敢えず自分達で買い直させるべきですよ。ジャニール、騎士見習いの生徒達で捜索してくれますか?」
「勿論だ、クレマン」
「捕まらない気がするけど……。実際、犯人、いる?……」
「ジャック、根拠も無く悪い想像をするのはやめておけ。しかし、教科書全部となると金額も嵩むな。シャサーヌ嬢、一時的に立て替えて貰えるか?私の名前で書類を用意して各家に状況と金額を知らせたのち、犯人が見つかった場合返却としよう」
「畏まりました。父に話をして本日中にご用意致します」
それにしても、全員が同時に教科書を破くとは。教科書ってそんな簡単に破ける物じゃ無いのに、何で私が放課後から完徹しかねない作業を一人でした事になっているのやら。もしかしてこれもイベント⁉︎ 日にちが決まってたの?
でもでも、実際はやっていないから、みんな自分の教科書を破って持って来たって事?昨日の放課後、42軒の男爵家で、各自教科書破り大会が開催されていたって事?
私はコルビエール達と一緒に大きなため息をついた。
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今日は楽しい体育祭。体育祭での男女のキャッキャウフフな競技といえば、そう、借り物競争。気になるアイツの持ち物を借りたり、アイツと手を繋いでゴールイン。ハァト。
「「「「うわー」」」」
一応クラス対抗なので私はオキアミヒロインズチームなのだけれど、長時間ピンクのゆるふわに囲まれていると辛いので、仲良し四人組としてアリアさん達のクラスの応援席に勝手に移動した。
見回り係のルションに見つかったけれど「今日はそこでゆっくり見学していると良い。殿下には俺が言っておくよ」と男前な所を見せてくれた。ありがたい。
そんな中、借り物競争でオキアミーズに何度も攫われる殿下達。騎士の剣って書いてあれば本体ごと、生徒執行部メンバーと書いてあれば全員を、魔法の先生でまだ学生のフルーランを「学生講師をされた事がある」という理由で、とにかく彼らにこじつけて攫っていくオキアミーズ。
「マルトロワ様はあれらの飼い主でしょう?きちんと躾けて下さいませ」
「違います、単なるクラスメイトです。クラス分けには色々と思う所があります」
「理由はどうあれ公爵令嬢として、殿下の婚約者として、学園の秩序を」
「では、どなたかとクラスを変わって差し上げてよ?そうすれば幾らでも彼女達にお願いできますわ」
ああん?
殿下達にオキアミーズがベタベタするのが気に食わない令嬢達から苦情が入るのはいつもの事だけれど、せっかくクラスから離れて女子トークをしているのに邪魔するな。と、思わずどす黒い心の声が漏れて睨んでしまったら令嬢達に逃げられて、アリアさんとマルセーヌさんとフレールさんに慰められた。フレールさんのくれた飴ちゃん、美味しい。
にしても、誰か本当にクラス変わってくれないかな。
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教科書の次は大量の制服がドロドロになって、私のロッカーから溢れ出していた。完全にはみ出して床にまで溢れ出しているのに、体操服を着た42人のオキアミヒロインズが「やだっ、私の制服どこ行っちゃったんだろぉ」と握り拳を口元に当てて辺りをキョロキョロと伺っている。目の前に落ちてますけれども?
「マルトロワ嬢、今回は一体どうしたんだ?」
「「「「「「「殿下〜(大量)」」」」」」」
「「「「「「「ジャニーぃ」」」」」」」
「「「「「「「ジャックぅ」」」」」」」
「「「「「「「クレーぇ」」」」」」」
「「「「「「「私のぉ、制服がぁ、どこかにぃ、くすんくすん、行っちゃってぇ〜」」」」」」」
「「「「「「シャサーニュさんがぁ、意地悪するんですぅ〜」」」」」」」
あ、殿下達が無表情に、と思ったらオキアミヒロインズに埋もれた。
「シャサーニュ嬢、た、助けてくれ」
「少々無理がございます。ただいま助けを呼んで参りますので、暫しお待ちくださいませ」
この出来事以来、私のクラスには騎士団が20人程常駐する事になった。
ーーーーーー
殿下とジャニールは18歳、クレマンが17歳なので、三年間の学生生活で生徒として18歳の二人と接する時間は1年、クレマンとは2年なので、最初の一年目は18歳の二人に猛攻が掛けられ、2年目はクレマンに、最後の一年は同じ学年のジャックが一番の被害を受けていた。と言っても、王子は卒業後学園を取り仕切る理事に就任、ルションはその護衛、クレマンは商会の学園担当になったので校内で捕まえることが出来る。
いい加減な私に比べ、ヒロインズはやたらとイベントやらトラウマスイッチ?とやらに詳しい様子。ただ、それが一人からアプローチされるのであれば良かったのだけれど、集団で襲い掛かってくるせいで台無し。
花火大会で大火事大火傷事件が発生しかけ、音楽祭で国宝レベルの楽器が破損の危機に陥り、長期休みに我が家にヒロインズが次々と訪れ「ちゃんと意地悪して下さい、ぷんぷん」と言い捨てた上に茶菓子を全部攫って帰ったり、コーラス大会で全身ラメピンクとたっぷりリボンを装着したヒロインズによる乱反射で高齢の観客が次々と眩暈を起こして倒れたり、魔術研究塔がロケットの如く大空に発射したのち貴重な淡水生物の住む湖に突っ込んで後始末が大変な事になったりと、色々なイベント?盛り沢山な三年をこなして、遂に卒業式を迎える事が出来た、と思ったのだけれど。
「きゃあああ!」
「シャサっ!」
「ちょっと、貴女達っ!シャサをどこに連れて行くのっ⁉︎ 」
「シャサさーん!」
「危ないから、三人とも離れててええええええ!」
謝恩会の会場に移動中、いきなりヒロインズに囲まれたかと思うと胴上げみたいに運ばれて、学園の大広間の大階段の上に着いたら投げ出された。持ち上げられた瞬間、体を丸めて衝撃に備えていたのが功を奏して頭は守れた。
「痛っ!何をなさるのっ⁉︎ 」
『きゃああああああああx42』
「何を?」
ごろごろごろごろ……。
悲鳴を上げながら大階段を芋虫ごろごろ状態で転げ降りて?転げ落ちて?いくオキアミヒロインズ。それぞれに事故防止の対策をしたらしく、手持ちのバッグで頭部をカバーする者、クッションを使う者、わざわざ雇ったのか落下地点にマットを持って駆けつける人々、残り数段まで「きゃああ」と叫びながら普通に降りた後、よっこいしょと転げていく者と様々だが、貴女達の奇行は追いかけて来た人達全員が見ています。
『シャサーニュ様ぁああああ!やめて下さいぃ!!!!!x42』
「なっ⁈ 」
『助けてぇえええ!シャサーニュ様がああああ!私をおおおおお!x42』
あ、はい。ええと、こういうイベントなのですね。でも巻き込むのはやめて下さい、お願いします。仲間だと思われたら心が死にます。
「本当に君達は何をやっているんだ……。全員拘束して連れて行け」
『いやああああ!私はぁ!運命の愛でぇ!ちょっと触らないでええええ!x42』
「マルトロワ嬢、怪我は無いか⁈ 悪かったな、俺も殿下も卒業生とは別の席だったから。ああ、あちこちアザが出来てるじゃないか?痛みはあるか?」
「ルション様は殿下の護衛でいらっしゃいますから、わざわざ気に留めていただきありがとうございます。大丈夫です」
「ふむ、騒ぎは落ち着いたかな?」
「「「「「「陛下!(沢山)」」」」」」
オキアミヒロインズ以外が臣下の礼をとり、陛下の「楽にせよ」という言葉で姿勢を直す。バタバタと騒がしいオキアミヒロインズは、素早い騎士団によって全員猿ぐつわをかまされ、傷がつきにくい様に柔らかい布で拘束されていた。
「余から皆に話がある。落ち着いて聴くように」
平和が続くジュリエール皇国の皇帝は、みんなを安心させる優しい笑みを浮かべて一同を見回し、話を始めた。
「話は三年と少し前に遡る。余は我が国の守り神イーリースのお告げを受けた。18年前、我が国に多くの異世界からの転生者が生まれ、その異世界では我が国を舞台としたゲームがあり、転生者達は我が国を心より愛していたが、そのゲームのふぁんみいてんぐという集まりの終わりに、せいゆうときぐるみとこすぷれいやあという出演者に転生者達が殺到。ショウギダオシからセットハカイと崩落で多数の死者を出したそうな。その時の転生者達の無念さはゲームのカイハツシャという異世界を遠見出来る巫女よりも大きな力となり、我が国に転生したのだそうだ」
ソウダッタノカー。愛の次元超え?
「転生者達は皆、この世界を愛しており、並ならぬ精神力の持ち主ばかり。彼女達の願いである学園生活を送らせて欲しい。そうすれば、異世界のエネルギーを発散、その後は落ち着くが、下手に取り押さえると希望が叶わずエネルギーが暴走して天変地異をも引き起こすのだそうな。そして、その事故の時、巻き込まれた者が一人、シャサーニュ・クリュリエ・マルトロワ、前世の其方は事故の時、ふぁんみいてぃんぐ会場裏を歩いており、倒れて来た瓦礫に巻き込まれて死亡したそうだ」
「ふぁっ⁉︎ わ、わたくしがですか?」
「うむ。其方は彼女らの執念を霧散出来る唯一の存在、故に、多くのトラブルがありながら同じ学園で三年暮らして貰った。其方が居らねば、貴族の令息達に禍が起こるとのお告げであったが、三年間良くやった、褒めてつかわす」
ソウナノカー。完全に巻き込まれ事故だよ、私。その上、ゲームに興味が無かったせいで、生贄状態。うわあ。
「新年度になれば、げえむえんどとやらで転生者達も皆、執念が無くなり落ち着くそうだ。それまでは、神殿で保護するがな。騎士団長、連れていけ」
網に纏められたかの様にもさもさと移動させられていくオキアミヒロインズ。
「陛下、お待ち下さい。わたくしの友人が一緒に捕まっております。アリア・ラロッシュ男爵令嬢は転生者ではございません」
完全な天然ヒロインが、転生養殖ヒロインの真ん中にっ!
「ああっ!アリアっ!」
「もごぐーっ!(殿下ーっ!)もごごーっ!(シャサーっ!)」
「父上、私も三年間マルトロワ嬢を中心に学園を見張っておりましたが、ラロッシュ嬢は転生者のキーワードに一切触れておりませんでした。ラロッシュ嬢は努力家で勤勉で庶民から男爵家に入った令嬢ですが、それを跳ね返す力と優しさを持った令嬢です」
あれ?何で二人とも赤くなってるのカナ?そういえば、私がオキアミヒロインズに捕まっているせいで、本来、私がすべき婚約者としての補佐をアリアとマルセーヌとフレールに頼んで……。あれ?アリアとコルビエールがラブラブ?
本来、殿下といるべき時間はヒロインズに追い回されたりして、護衛のジャニールと一緒だった、カナ?一緒だった、ヨネ?
私の横にはジャックと手をとるマルセーヌとクレマンと眴を交わすフレール。この二組は少し前に婚約を交わしたのは知ってた、というか、両思いだとかでお祝いした。仲良し四人組で……。
「ふおっ!わたくしだけしんぐるりん!」
そんな申し訳ないみたいな表情で私を見なくていいってば、みんな。私達友達だよお。友達大切、両思いで結婚するの凄くいい、最高。
「シャサーニュ、其方に褒美を取らせよう。我が国を守ったとして女騎士爵と恩給を。それと願いを一つ叶えてやろう」
「では、学園の生徒の皆様を守った殿下を転生者に翻弄されていたわたくしの代わりに支えた才女、アリア・ラロッシュ嬢を殿下の婚約者としていただけますでしょうか?わたくしは少し領地で休息を取りたいと思います」
「何と。王子妃の地位を要らぬと?確かに、アリア・ラロッシュが優秀だという報告は受けておるが、良いのか?」
ふふふ。私は空気の読める友達大好きな女子ですよ。いい加減でズボラだから王妃とか嫌だし。
「わたくしと殿下は長き付き合いにより兄妹の様な情はありますが、殿下とラロッシュ嬢には三年間大切に育てた愛情がございます。陛下が納めるこの平和なジュリエール皇国の王子と王子妃は、愛情を持って民に尽くせるお二人こそと思うのです」
「うむ、わかった。シャサーニュの提案を認めよう。コルビエール」
「はい、陛下」
「今ここに、王子コルビエールとシャサーニュ・クリュリエ・マルトロワの婚約を撤回し、王子コルビエールとアリア・ラロッシュの婚約を結ぶ事を宣言する」
うんうん。良かった、良かったよー。後はオキアミヒロインズが落ち着けば全部終わるよね。
ーーーーーー
結局、卒業後も色々と殿下達カップルと行動を共にする事が多く、気が付くと余り物みたいな私と貴族にしてはやや乱暴でマッチョすぎるジャニールを六人がくっつけようとして来るので、ちょっとウザい。
ヒロインズからずっと守ってくれていたジャニールはかっこいいと思うし、向こうが気を使っていてくれたのだろうけれど会話も楽しいし、付き合いも長いから一緒にいて楽。でもね、余り物同士みたいに思われたら、ジャニールが可哀想。それに私ってば、表裏の差が激しいし。言葉とか、考え方とか。
婚約者がいなくなって続々と釣書が届けられて来ているけど、もう優秀な令息は殆ど売り切れていて、どれもこれも何かしら瑕疵がある。いや流石に、初婚で50歳ママ大好きみたいな人や、正妻に迎えますが愛人が複数いますな人、イベントみたいな婚約破棄をやらかした人とか、それっぽい方と結婚するくらいなら一生独身で過ごす。
大体、腐っても宰相の次女様ですよ?姉は隣国の公爵家に嫁入りした名家ですよ?ふおおおお!
「シャサーニュ嬢、殿下からのお茶会の招待状だぞ。みんな集まるからぜひ参加して欲しいそうだ」
「ありがとうございますルション様」
「ああ。それから、今度みんなと一緒じゃなくて、二人でお茶を飲みに行かないか?」
「ルション様、お気を使わないで下さいませ。わたくしは大丈夫ですから。それに、わたくしと一緒に出掛けますとルション様の婚姻の妨げになりましょう」
「あー、いや、俺、面白いシャサーニュ嬢を気に入ってるから」
ふえっ⁉︎ 何ですと?マジですか?
「あれだろ、シャサーニュ嬢は気が付いてないだろうけど、思ってる事が結構口から出てるぞ。陛下からの密命で転生者のシャサーニュ嬢を守れって言われて、どんなもんかと思っていたら、喜怒哀楽が激しいし「マジですか?」とか面白い言葉を使うし」
「マジでっ、ふおおお」
「いやあ、面白いのって、良いよなあ。あ、安心してくれ、声の大きさとしてはすっごく小さいから。俺の耳が鋭すぎるだけだから。先ずは一緒にお茶を飲む所から、どうだ?」
「うっ。そ、それくらいならお付き合いしても宜しゅうございます」
「へー、それくらいなら付き合ってアゲルー、って返して来ると思ってたんだけどな」
「うおおおおおお」
いやもうそれは、ねえ。開き直ってやりマスヨ?
その後、改めてお互いの両親に話を通して、先ずは節度を保ったお出掛けを始めてみれば、出先に出没するヒロインズ。宰相の娘である私ですら、事故物件が寄って来るのにヒロインズは男爵家の庶子だし、退学は拙いという最低限の理性が働いたのか学園の成績は赤点スレスレで殿下達ばっかり追っかけていたし、まともな嫁ぎ先が無いもんね。
「「「「「「ジャニー様よおおおおおお!!!!!」」」」」」
「おっ!出たな、転生ヒロインズ!シャサ嬢、走れるか?」
「お任せあれっ!全力疾走してやんよ!」
「あははは!転びそうになったら背負って走ってやるからな!」
「こんな事もあろうかと、下にズボンを履いてますう!」
拝啓 前世の友達達
元気ですか?楽しいですか?
私は気がついたら死んで生まれ変わっていました。
死にましたが、元気で楽しくやっています。
みんなのお陰で最悪の事態が防げたみたいです。
来世でまた友達になれます様に。
シャサーニュ・クリュリェ・マルトロワ・厳島依莉