索敵・直進・時々、タンブリング
まぁ、リポ多糖に関してはそう云う事で…
他にも奴が手に入れた知識は色々とあって、気になっている事等、検証して確かめてみたい事なんかが幾つも頭の中に存在しているのだが、まぁまぁ、それは差し置いてだよ、兎に角、差し当たっての焦眉の急はこれだ。
【名前】 ヲヂサン
【レベル】 1
【種族】腸炎ビブリオ(非病原性)〈憑依〉
ガイスト(人間基)
《種族ランク ロイテナント》
【性別】 男
【年齢】 44
生命 0.000135/0.000135
魔力 8547764379980852690847912679388364396899897303/
8547764379980852690847912679388364396899897303
SP 0.000034/0.000156(空腹状態)
Str 0.000127
Dex 0.000114
Vit 0.000061
Agi 0.00006
Int 92
Mnd 138
Luk 72
Cha 40
【所有スキル】
ステータスオープン LV-
蛋白質の記憶(特異点) LV-
重力魔法 (特異点) LV-(物体加圧/加熱/成形)
並列思考 (特異点) LV-
魔素物質化 (特異点) LV-
ゲシュタルト思考 LV13/30
精神攻撃耐性 LV 5/10
精神攻撃 LV 5/10
鑑定 LV 9/10
【種族スキル】
ポルターガイスト LV4/10
憑依 LV2/10
鞭毛操作 LV3/10
線毛操作 LV2/10
SP 0.000034/0.000156(空腹状態)←はい、ここっ!
そう、俺は今現在、飢えて居ると云うそこ。
その問題こそが緊急である。
考えて見たらば、俺は実はあの、別の惑星であだこだと試行錯誤していた頃から空腹を感じて居なかったもんだったから、まぁ、細菌とはいえ、こうして一個の有機生命体へと久々に転生した故に、今まで幽霊みたいな存在でいて必要が無かった食事事情に関する感覚が麻痺してしまっているのかな?
確かな理由がどうなのかは判らないが、空腹を感じて居ないにしろ、こうしてステータスが空腹状態をアピールしているのである。
このまま問題を解決しないでいることは不味い。
そして、この問題に関する解決方法も、今の俺には奴のズル技によってごく短時間の内に頭の中で知識が有機的に結び付いており、おおよその理解が及んでいる。
頭で理解して居るのであるから、今こそ行動の時である。
…
……
俺は今現在、妖魔オーガの腸内を、鞭毛を反時計回りに回転させて直進運動を続けている…腸炎ビブリオみたいな鞭毛を持っている細菌達の移動手段は色々とあって、俺はその中でも速度が一番速いと言われている「スイミング」と言う方法で移動している。水層に居る腸炎ビブリオ等の鞭毛を持つ細菌達は、その鞭毛をスクリューみたいに用いて遊泳し颯爽と移動して行くのである。
俺は今、細菌の本能…食欲を満たす為に必須である、細菌の体表に備わっているセンサー、そいつの囁く感覚を掴んで、空腹を満たしてくれそうな方向へと鞭毛を回転させて、ひたすらに直進しているのである…方向が間違っては居ないか、時々、円を描いて同じ場所をグルグルと回転する、tumblingと言う運動を何周か行って、都度、方向を再確認する事も忘れてはいない。自分が移動している方向が、間違いが無く餌のある方向へと近づいて居るのか、その再度の確認の為に、tumblingを行い、餌に近い方向を改めて確認して、移動方向に誤差は無いのか、細菌になった今の俺にとって有害な物質や、先程戦闘になってしまったオーガの免疫細胞みたいな敵勢力へと近付いてはいないのか、そうやってtumblingをやって方向と安全を確認してから、また餌のある方向へと直進する事を繰り返している…
奴の細菌や細胞に関するお勉強の知識が有機的に結び付き、細菌達が餌のある方向を感じる事が出来る機能を持っている事を理解して、その感覚 ――心の中で僅かに何かが囁いて来るみたいな感覚、脳内で蠢くみたいなその感触―― に気が付いてから、俺はこれが出来るようになったのである。
サルモネラ菌はアミノ酸の一種である『セリン』と言う物質に誘引されて寄って行く。
サルモネラ菌はアルコールと類似性が見られる『フェノール』と言う物質に対しては逃避する。
サルモネラ菌は、今の腸炎ビブリオに転生した俺と同じ、グラム陰性菌であるのだから、つまりは細胞壁が薄く、その代わりに外膜が存在しており、アルコール系の物質に弱い。もしも『フェノール』へと寄って行ったら「飛んで火に入る夏の虫」さながらに、殺菌されてたちまちサルモネラ菌は命数が尽きてしまうだろう。
『セリン』と言う物質は、細菌達の中でわりと重要な栄養源らしい。アミノ酸の一種であるセリンはきっと細菌達の身体を構成する為に必須な物質なのであろう。多分、サルモネラ菌にとってもそうなのだと思われる。
つまり、細菌達は、己の生存にとって都合がよい物質が存在して居ると思われる方向に惹かれて寄って行き、自己の生存にとって危険な物質があると思われる方向へは忌避する性質があるのである。
これは何故なのか?
今現在、腸炎ビブリオに異世界転生を果たしているこの俺のカプセル状のボディーは、こうやって眺めてみるに、恐らくは外膜と思われる表面部分一面に前述した様に、リポ多糖の産毛がみっちりと生えている。その姿は何だか、カプセル型の猫的なぬいぐるみさながらである。その 産毛/リポ多糖 は残念ながら、毒性が無い種類の 髪質/髪型 のリポ多糖であるから、これで宿主のオーガを今の所、打倒する手立てにはならないのだが…
そして、そのふっかふかのリポ多糖の毛玉の中から、もう、これは明らかにそんな産毛などと違う、ふてぶてしい位に図太くて長い一本の毛が、カプセル状ボディーの底から一本、ひょろろぉ~ん、と生えている。
こいつが鞭毛と言う奴である。
腸炎ビブリオの俺のこの鞭毛は正確には極鞭毛と云う呼び方をするらしい。
腸炎ビブリオとなった俺の身体の底から ひょろろぉ~ん と力強く生えているこの極鞭毛は実は、モーターの様になっていて、周囲のナトリウムイオンと俺自身の体内のナトリウムイオンとの濃度勾配を利用して電気的なエネルギーを発生させてそれを利用して回転しているのである。
奴の学習知識に依れば、一般的には細胞の内部は、細胞の外部の環境と比べると、ナトリウムイオンの濃度は低い。細胞の内部は、外部の環境の10分の1程度のナトリウムイオンしか無いらしい。そんな、外部に比べて細胞の内部の低いナトリウムイオン濃度の傾斜を持つ故に、外部のナトリウムイオン達は常に、細胞内部へと向かって濃度勾配に従って侵入したがっている。
濃度勾配に従って拡散して行く現象の判りやすい例はあれだよ、スポーツ飲料だとか砂糖だとか塩だとか。
上記の粉末を入れた容器にあとから水を入れてやって、一切掻き混ぜないでじっと観察していると、やがて、粉末部分から透明なモヤモヤが発生して上に向かって立ち登って行くだろう?
あれは、スポーツ飲料/砂糖/塩 の、濃度が 濃い/高い 部分から、濃度が 薄い/低い 部分へと向かって、均一に広がろうとする 性質/作用 だよ。
濃度勾配の均一に広がろうとする力は、ある程度は重力の力にも打ち勝って広がって行く。
まぁ、重力次第で果たしてその性質がどうなるのか、重力が強過ぎると濃度勾配が存在する状態から濃度勾配が存在しない状態へと、つまりは均一広がってゆく、その力も弱くなるものなのか、奴はそこまではお勉強していないから判らないが、少なくとも、地球上では、濃度勾配はある程度は重力の力を無視して広がっていく、それだけの力が有った筈である。
それと同じ感じで、細菌の細胞の内部へと、ナトリウムイオン達は侵入したがる性質があるのだ。
腸炎ビブリオに付いている極鞭毛のこのモーターは、そんなナトリウムイオン達の細胞内部へと侵入したがる、均一な濃度にしたがる、そんな性質をそのまんま上手く利用して、電気的なエネルギーを得て回転駆動しているのである。
人気の家庭用ゲームソフトの発売日に、その日の数日前から並んでいる人々の、その、いざ発売当日、お店の開店時、シャッターが空くと同時に、そのゲームソフトの販売コーナー目指して全力ダッシュで駆け込む、そんな熱狂的なエネルギーの上前をうまく跳ねてエネルギーにしているみたいなもんだろう。
奴の記憶を共有している俺には良く理解出来る。奴はゲームソフト、「竜の使命3」発売当日に買えなくて凹んでいた記憶を持っている…今やっても名作で楽しいゲームだよな、あれはさ。
「竜の使命3」を買いたければ、この他のメーカーのゲームソフトも一緒にセットで販売しているから、このソフト二本抱き合せセットとして買うなら売りますよ?
的な、今の日本の常識から見てみたらば、そんな阿漕に見えてしまう、商売っ気に如才がないお店だとか、あったじゃないか(笑)
あんな感じで、ソフトを手に入れたがっている人々の熱気を利用して、上手く別の商品を買わせて利益を得るみたいにして、それと同じような感じで、イオンの濃度勾配に従って、細菌の細胞の内部に入って広がりたがる、そんなナトリウムイオン達のエネルギーを利用するのだ。
細菌の鞭毛モーターの阿漕な感じ。生命はそのくらいに狡猾でないと、生き延びられないのだろうなぁ。実に無駄がなくて、巧いシステムを考え出したものだよな。
さて、腸炎ビブリオのカプセル状の身体の底部から生えているこのナトリウムイオン駆動式モーターに直結している極鞭毛は、正転と逆転の二種類の回転が可能である。
サルモネラ菌はアミノ酸の一種である『セリン』と言う物質に誘引されて寄って行く。
サルモネラ菌はアルコールと類似性が見られる『フェノール』と言う物質には逃避する。
この、サルモネラ菌の現象は、どうやって起こっているのだろうか?
この極鞭毛モーターには、制御回路装置的な部品が繋がっているのである。
そして、この極鞭毛は、一見すると ひょろーん と間抜けに生えているだけに見えるのであるが、よくよく注意深く観察して見てみれば、螺旋状に緩く渦巻きながら生えていて、この螺旋方向と同じ方向へ 左巻きに/反時計回り方向に 鞭毛モーターが回転する時には細菌達はプロペラで進む船舶の如くに、スムーズに直進する事が出来る。
逆に、極鞭毛モーターが鞭毛の元来自然に緩く渦巻いている螺旋の向きと 反対方向に/右巻きに 回転する時には、極鞭毛の回転は不安定に揺らぎ、それによっておこる推進方向はtumbleと言われる出鱈目な運動となり、細菌達は同じ場所にてクルクル周回を繰り返す運動を行うのである。
理解し難かったのならば、緩くコイル状に渦巻いている紐を垂らして、時計回り、反時計回りにそれぞれ、回転させて観察して見ると理解が速いだろう。コイル状の紐の描いている螺旋方向と同じ側に回転させると紐はスムーズに回転して、それとは逆に回転させると、紐は大きく暴れて、不安定な回転にならないだろうかな?この、紐が暴れて不安定になる挙動の動きの事をtumbleというのである。
さて、もう一度、云ってみようか。
サルモネラ菌はアミノ酸の一種である『セリン』と言う物質に誘引されて寄って行く。
サルモネラ菌はアルコールと類似性が見られる『フェノール』と言う物質には逃避する。
これは、何故なのだろうか?
これは、細菌達の鞭毛モーターに繋がっている制御回路装置的な部品が、正転・逆転のスイッチ的なものを切り替えて、正転させたり、逆転させたりしている為に可能な事なのである。
だから、鞭毛を備えている今の俺みたいな細菌達はその切り替えに従って、直進したり、グルグルと回転運動をしたりするのである。
細菌達が、己の生存条件が有利になる、栄養が含まれている方向へ移動して行くのは、その細菌達の現在進んでいる進行方向が栄養豊富な方向と一致して居れば鞭毛の螺旋方向と同じ回転方向、即ち、スムーズなる直進運動を惹起させる回転方向に鞭毛モーターが回転し、かつ、その制御回路が、その直進運動を長く継続させる切り替えを行っており、逆に、栄養豊富な場所から遠ざかる、または、細菌達にとって都合が悪い有害な物質…殺菌されてしまうリスクが有りそうな物質に近づいて居る時には直進運動は長く続かずに、鞭毛モーターは、鞭毛が自然に描いている螺旋方向とは反対向きになる回転運動を行って、tumbleさせて、一旦細菌をその場にグルグルと無意味な周回をさせて、方向転換させた後に、安全な方向へと直進させる。制御回路装置的な部品は、その様な役割を果たしているのである。
この操作の為に、細胞は周囲の物質を探る為の、いわばセンサーの役割を果たしているタンパク質があって、そいつが、周囲に存在している、「食糧になる物質」やら「ヤバい物質」やら「別の細菌勢力との距離」などを常に探っているのだ。
そのセンサーの情報を頼りに、細菌達は今日も目まぐるしく、直進とtumbleの周回迷走を繰り返して、己の生存にとって有利となり、危険な物質が無い方向へと鞭毛を帆にして、センサータンパク質からの情報を船乗りの星座のように利用して、鞭毛での航海を続けている…
生体の免疫機能…その生物にとっての異物、侵入者を発見して、対策を練ったり攻撃を加えたりする多細胞生物が持っている白血球細胞の好中球、その表面には受容体 タンパク質/センサー を装備しており、細菌達が己の仲間を作り出す時に、ほぼこの部分はこのアミノ酸配列の構造から開始する事がセオリーと言う、いわば、「細菌らしい共通した作り・構造をしている」その部分の タンパク質/細菌達の気配 構造パターンを把握しており、その構造が漂って居れば、ごくごく低濃度でも感知可能な、 高性能の受容体/細菌独特のタンパク質パターンを関知するセンサー を装備しており、白血球細胞の好中球なんかは、この細菌達の気配 細菌由来のペプチド/タンパク質の構造パターンである拡散性ペプチド のその 濃度/細菌達の手がかり が好中球自身の身体の両端で僅かに1%ばかり 濃い気配/薄い気配 でも感知して、その方向を割り出して 標的/やっつけるべき侵入者の細菌達 に向かって移動する事が可能なのである。
恐るべき、免疫の仕組みであろう。
まぁ、白血球細胞の好中球は前述した通り俺みたいな 細菌/侵入者 の気配を探るセンサータンパク質を装備しているが、逆に、細菌の方だって負けては居なくて、己の生存に有利になるような環境へと向かい、不利となる環境へは近寄らない為の目的で、そんな物質達が凡どの方向に存在しているのかを感知可能なセンサータンパク質を装備していると言う次第であるよな。
恐らくは、前に妖魔・オーガの免疫細胞と突然に遭遇して戦闘になった際に鞭毛が変に迷走してしまったのは、この俺の意識が混乱の極致にあり、しかも、まだ奴が細菌に関する知識を身に付けておらず、それ故に俺にも知識が有機的にフードバックされておらず、云ってみれば中途半端な知識で以って行動していて、だから鞭毛で動く事は可能であったが、tumblingし続けていたのだと思われる。
こうやって、奴のお勉強が功を奏して知識が有機的になった時に、意識的に直進したり、tumblingをしてみたり、そうやって自身の行動を制御出来る様になったのであろう。これは、偏に奴の功績なのだと思う。まぁ、助かったよ、ご苦労である!
さて、そうやってスイミング移動を繰り返す事がしばらく続き、細菌になった俺が装備している 餌の場所/敵の場所 感知センサーに、敵との接触がいよいよと近い気配が伝わって来る。敵との戦闘は避けられない様である。俺が自ら選んだ選択である。
と、云うのも、多くの餌の気配が存在している場所に、同時に多くの敵勢力も存在している様子である、と、件のセンサータンパク質が情報を伝えてきており、どうやら他に付近にこの発見した場所の他には有力なる餌場が存在していないらしいのだ。だからそこの敵勢力を駆逐して餌にありつく事を己自身で選択した次第である。
本来、普通の細菌であったらば、その 行動/選択 はしないのかも知れない。いや、「しない」のではなくて、「出来ない」のかも知れない。
と言うのも、敵勢力が近いとセンサータンパク質が感知した時点で、その細菌の直進運動はセンサータンパク質から更に繋がっている制御系タンパク質の働きに依って制御されて、tumblingを起こしてから、方向転換して戦闘を避ける行動を示すのかも知れないのだから。
つまり、細菌にとってそんな高度な判断である、闘争か逃走か的な、その様な行動の為の思考は存在しておらず、ただ単に、前述したみたいな、単純な電子制御的な一連の仕組みしか無いのかも知れない。単純に仕組みに従っており、今の俺が下したみたいな判断、その様な知性を持ち合わせては居ないのかも知れない。
腸炎ビブリオに異世界転生を果たした俺は、その選択をどうやら己の意志で選ぶことが可能であり、即ち、自ら危険に近寄るのか、そうでなく逃走するのか、 闘争/逃走 の選択を自ら下す事が可能である様であり、それは幸いな事であろうと思う。
自らの行動を、自らが選択出来ない。
それはとても不幸な事の様に思うからである。
俺が奴から独立を果たす前に存在していた世界 ――地球の人間社会―― でも常識やら立場や柵やら何かで本来、己が選択したかったであろう道を、自身の意思の望むままには選択出来ない、そんな目には見えない障壁の様なモノが存在していたが、こうやって異世界での転生を果たし、高度な人間社会の中にではなくて、全くの野性的な環境に置かれてしまい、ましてや、単なる一個体の細菌に過ぎない存在となってしまっている、そんな今の俺は今、その様な理・柵とは距離を隔ててしまっている格好であって、奴が人間社会の中で雁字搦めになってしまって感じていた窮屈さ、それとはかけ離れてしまっているのだ。
今現在俺は奴が求めていた、その様な柵なんかとは無縁な
――出鱈目なる自由――
それを手にしているのかも知れないと思っている。
その事に対して、何だか無性に悦ばしく感じられていた。
センサータンパク質からの情報
――拾い上げた細菌達の放出している産生物やらタンパク質の断片(死体)から凡そは推測出来る――
を総合して判断するに、どうやら其処には細菌達にとっては豊富な栄養に満ちており…それ故に、腸内細菌の勢力である、「善玉菌」と「悪玉菌」達の前戦地域であるようなのだ。
乳酸菌が産生する生成物質である「乳酸」、病原性を持つタイプの リポ多糖/産毛 を生やしていると予測される、具体的に種類は不明だが、グラム陰性菌の 断片/死体 そして、乳酸菌の 断片/死体…
間違い無く、これは戦闘の気配である…




