スターリングラード攻防戦
ここ数ヶ月、ひたすら図書館に通って細菌や細胞について自習をやっておりました。
久し振りにこうやって文字を打ち込んで居ると、何だか勝手が違ってしまって、「あれ?こんな感じだったかな~」だとか、混乱が有りますよね…
《おっ、ようやく、ようやく本来の疑問が解決しそうな記事、みっかったぞ!…えぇと、グラム陰性菌の栄養摂取には、外膜・ポーリン・細胞壁・細胞膜が関わる…細胞膜には栄養を取り込む為の特別な蛋白質が埋め込まれていて、単なる拡散現象では細胞膜を通過出来ないので、この様な蛋白質を利用して細胞質に取り込まれる…と。》
何か良いタイミングで、奴がそもそもの疑問に対する回答に近い部分を検索してきたようだ。
「外膜」「ポーリン」「細胞壁」「細胞膜」「拡散現象」「栄養を取り込む為の特別な蛋白質」
敵の拠点は大きく分ければこの6つの様だな。
よしやるぞ、この6つの戦略目的を速やかに占拠するっ!
「外膜」
細胞に於いて外膜はグラム陰性菌に認められる構造で…「リポ多糖」を主成分とする…と。グラム陰性菌はこの外膜でグラム陽性菌の細胞膜に於ける内膜を包み込み、この内外膜間に「ペリプラズム空間」を持つ…と。グラム陰性菌にも存在する細胞の細胞壁、「ペプチドグリカン」はこのペリプラズム空間に存在している…と。
「リポ多糖」「ペリプラズム空間」「ペプチドグリカン」
敵拠点「外膜」を構成するこの3つの小拠点を速やかに占拠するぞっ!
ものども、つづけぇ~!
◦リポ多糖…グラム陰性菌細胞壁外膜の構成成分であり、脂質及び「多糖」から構成される物質、「糖脂質」である。「LSP」は「内毒素・エンドトキシン」であり、人や動物等、他の生物の細胞に作用すると多彩な「生活活性」を発現する。LSPの「生理的発現(生理的発現)」は、「宿主細胞」の細胞膜表面に存在する「Toll様受容体
」を介して行われる…そうだ。
【腸炎ビブリオの空腹状態を解決する】為の手がかり、
「外膜」「ポーリン」「細胞壁」「細胞膜」「拡散現象」「栄養を取り込む為の特別な蛋白質」
この6つの大拠点を調べようと、
最初の「外膜」を攻めたら、そこから更に私の知らぬ敵勢力、
「リポ多糖」「ペリプラズム空間」「ペプチドグリカン」
の3つの中拠点が見つかり、
今度はその最初の【リポ多糖】に攻勢を掛けたならば、敵は更に、
「多糖」「糖脂質」「LSP」「内毒素・エンドトキシン」「生活活性」「生理的発現」「宿主細胞」「Toll-様受容体」
の8つの小拠点に分かれた次第である…
…まるでスターリングラード攻防戦の様相を呈してきたぞ。街中の一区画一区画を粘り強く攻めて、ようやく占拠したらば、また敵が籠る市街地の一区画を占拠する為の新たな攻勢に出るんだよ。その作業が延々と続くんだ…悪夢だよな、市街地戦って。遅滞防御を崩すのには時間を浪費してしまうんだよ。B-29で絨毯爆撃してやりたいよっ!
だけども、これをやってかなきゃならんのだよ、負けるな、俺よ。。。
8つの内の最初の小拠点「多糖」に攻勢を掛けるのだっ!
◦多糖…【多糖/ポリサッカロイド/ポリサッカライド】とは、「グリコシド結合」により「単糖分子」が「多数重合」した物質の総称であるそうだ。多糖(でんぷん等)は構成単位となる単糖(「グルコース等」)とは異なる性質を示すようになる…と。広義としては単糖に対し、複数個(2分子以上)の単糖が結合した糖も含む事もある。
一般に親水性(水を吸着しやすい)だが、物性は様々であり、水に不溶性のもの(セルロース、キチン等)、加熱すれば溶けたり「ゲル」を作るもの(でんぷん・グリコーゲン・アガロース・ペクチン等)がある…と。
何れも生物による「生合成産物」として得られ、「構造多糖」
(植物細胞壁にあるセルロースやペクチン、節足動物・菌類の外骨格にあるキチン、藻類の細胞にあるアガロース(寒天やカラギーナン))
「エネルギー貯蔵物質」(でんぷん・グリコーゲン)あるいは微生物が分泌するゲル状物質(キサンタンガム)等として存在する。
動物はでんぷんを消費し(一部はセルロースなども消費する)エネルギー源とするが、消化されない多糖も多く、これ等は食物繊維として扱われる。
…なるほどなぁ、腸内細菌のビフィダム菌とかが食物繊維を食糧に出来ているのは、あれは食物繊維がそもそも、糖の一種で出来ているからなのか…。
ゲル状の多糖は食品または食品添加物(増粘安定剤)として用いられる事が有る。
その他、工業的には繊維・製紙・化粧品や歯磨き・接着剤(糊)・医療など広い範囲にわたり利用されている重要な物質群である…と。
例えばセルロースの水酸基を修飾(美しく飾ること)したニトロセルロースやアセチルセルロース(セルロースアセテート)等は古くから樹脂として利用されて来た。更に他の多糖も誘導体化する事によって、熱可塑性樹脂(バイオプラスティック)として利用出来る…と。
…何だか、目から鱗が落ちる思いだ。
日常に存在する物質の、何と「多糖」とやらの存在が占める多さよ。
相変わらず、知りたい事は未だに判らないが、時々そんな事が起こる。
もはや、どれを調べたらどれが判らないなどと云えるレベルではないな、これは。
俺は今まで知らな過ぎたのだ。
◦糖脂質…糖を結合した脂質。エネルギーを供給したり、「細胞認識」の標識として働く。
(この糖脂質に於ける「細胞認識」の可能性については奴がなんかググって…専門家っぽい人が纏めているPDFファイルを飛ばし飛ばし読んで、どうも細胞同士がそうやって己や異物を認識しているのではないか…と云う事を研究し始めているらしい…異物が侵入した際のオリゴ糖の挙動がどうだとか、こうだとかで、どうもDNAだとかRNAだとか以外で細胞は感覚を得ている可能性があるような気がするからそれを調べて見ようか…という研究が始められているらしい…)
糖脂質は細胞膜の表面でリン脂質と結合した状態で存在していて、全ての真核生物の細胞膜表面で見られる…と。脂質二重膜内部から、膜表面へ突き出すように存在し、特定の化合物の認識サイトとして働いていて、この働きによって細胞膜が安定し、別の細胞と結合して組織を形成する事に役立っている。糖脂質は細胞膜の二重層の内、外側にしか存在していない。これは細胞膜の形成時に糖を付加する酵素がゴルジ体の内部にしか存在しない事、糖脂質を外層から内層に輸送するフリッパーゼが存在しない事による…そうだ。
つまりこの、糖脂質と云う奴は、細胞の身体の周囲の何かを感じる事の出来るセンサー的な役割を果たして居ると云う事かな?
フリッパーゼってなんだ??
…
……
………
【side俺】
リアル世界の俺は、ここ最近、専ら、奴に説明する為の細菌に対する知識の備蓄、主にそれに費やしたり、また、そんな作業に疲れた時は息抜きとして、ネットで知り合った愉快な仲間がURL経由で載せた音楽ファイルを聴いては、そのヴォーカル部分を予定するメロディーラインの箇所に馴染む言葉を紡いで歌詞にしていって、やがて一曲に完成させる遊びをしたりに終始していた。
そいつ…その俺が歌詞を提供させてもらっている奴、作曲者とはチャットで知り合ったのだが、どうも不思議な人間である。
ネットの世界はどうも一筋縄では行かない様な、そんな風変りで個性的な人間が増えた様な気がする。
随分と昔にとあるチャットサイトにハマっていた頃は、そんなに個性的な人間と云うのも居なかった気がするのだが…時代が変わって来て、チャットを介した色々な問題が一時期起こって、法が整備されて、しかし、時代はチャットよりもスカイプやチャット以外のネットワークで繋がる様になって来て、大多数はそちらに流れてしまっていて、最早少数派の吹き溜まりとなって行っているのかも知れない。
そんな吹き溜まりの中で奴と出会った。
ヘラヘラと軽佻浮薄で軟派な雰囲気を自ら嬉々(きき)として身に纏っては、毒舌を厭わず、議論好きにはその議論に割り込んで非常にユニークかつ極端な持論を語り、悩みを打ち明ける繊細な人間に対してはまた、極端な劇薬的な意見を述べて茶化して見たり…常にチャットをやる時には安い焼酎を痛飲しており、それでいて、酔いでチャットの速度が遅くなる訳では無くて、むしろその速度は加速するのだ。
そうして、そんなキャラクターで簡単に「死ね」だとかを乱発し、しかし、その「死ね」には何処か相手を思いやるものを俺なんかは感じて、まぁ、そんな暴言・放言の罵詈雑言を熟練の魔法使いが戦場で一方的に且つ独壇場に魔法を容易く矢継ぎ早に繰り出してくるボスキャラみたいな感じの存在感で…
そんな奴に、素直な反感やら嫌悪感やらを持って忌避する様にして、奴がチャットに現れると即座に居なくなる人間も確かに多く見られるのだが、それとは逆に、そんなアイツを慕う奴等も確かに居たりするのである。
何処か、日本語が不自由な奴等…極端な異端的な思考を持っている奴等、無職で、無力で社会に対する劣等感やら、怒りに満ちている奴等、宗教に傾倒しちまっている奴等…そんな、リアルな人間界では吹き溜まりに溜まっていそうな奴等に対して、この男は妙に優しいのだ。
「お前みたいなクズ人間は、俺の『保護の対象』である」
等と喝破してのけて、そいつ等を決して邪険に扱わないで、受け入れるのである。
その姿は、何か偏屈な人間が作り上げた自称「芸術作品」をニヤニヤしながら蒐集している様であり、そんな「ジャンク品」を一旦バラして、色々な部品を取り出しては使えそうな部品を修理している、そんな人間メカジャンク品を再利用する『再生工場』みたいで、まるで底意地の悪い悪意だとかとは程遠く見えて、俺なんかにはそんなアイツの言動には大変な人的魅力を感じてしまう。
俺が奴に対して、抗い難い魅力を感じてしまうのは恐らくは、俺自身の、恥ずかしい過去の出来事も少なからず影響している。それは俺が少年時代に遭遇した、とある今となっては名前も知らぬ少年の影響も有るのかも知れない。
あの頃、親戚の住んでいたマンションの上階から、元気に遊んでいた少年達に対して、何だか根拠の無い優越感を持ちがちであった愚かな俺は、相手が決して届かない遥かな高所から
――物理的なマンションの高みに位置する事によって、人間的にも上になったみたいな、高所に上って気が強くなる猫みたいな心理だろうか?今となってはその己の嘗ての行動に対して、度し難い愚かさを感じてそんな事をやってしまっていた昔を認めたくは無くて、ただひたすらに恥ずかしくなってしまい…確かに己の心の中に存在している、俺の数多くあるトラウマと黒歴史が立ち交じった記憶だ。
俺は時々、一人、安アパートの真夜中で過ごす時に、突然、何の脈絡も無く、そんな数々のトラウマ兼黒歴史の記憶や出来事が奇襲的にフィードバックしてきて、溜まらずに無意識に叫んでいる事が有る、そんな真夜中を過ごす事がある。…何の事は無い、チャットの中のダメ人間達をまるで他人事の様に揶揄するみたいに言ってきたが、実際、この俺もそんな奴の言葉で言ったらば、『保護対象』に該当してしまうであろう、そんなダメ人間であることは間違い無かろう。――
彼等を見下ろしていて、尊大な、まるで貴族かなんかの生意気な駄目息子がそうやるみたいに、彼等に対して、決して彼等が此処へ来る事は無い、そんな完璧に安全な場所から、一方的に謂れの拠り処の一切存在しないであろう、何ら正当性の無い悪口を彼等に向かって叫び続けていた。
――何と恥知らずな紳士であった事だろうか…――
そんな俺に対して、俺が悪意を向けていたその当人であった少年は、逆に俺に対して好意を向けて来た次第である。
「オーイ、君、そんなとこ居ないでこっち来いよ、一緒に遊ぼうぜ~!」
変な男である。
少年時代の俺は、この聊か予想外の事態に、すっかりと当惑してしまった。
猫が、ネズミを見付けて、これからいたぶろう、コイツで暇つぶしと本能の鬱憤を晴らしてやろう、そんな風に心を据えて、いざ、飛び掛かるぞ…と、獲物に向かってジリジリと接近を算段して居たらば、その狩りの対象、鼠自らがこちらの気配に気が付いて、興味剥き出しで親し気に接近してきた様なものである。
描いていた青写真とは全く違う実写が、その場に現れたのである。
少年時代の俺は、当初の予想からずれまくっている、この不本意な結果に大いに不満を覚え、更には、ここで相手の誘いを断ったらば、まるで逃げたみたいになるではないか、と云う、その様な類の矜持で以って、こちらから仕掛けたのに、そもそもは、こちらに非が有るのに、まるで、手袋をぶつけられた貴族の如く、この相手の誘いに乗って、何だか判らない勇み足で以って敢然と外へ飛び出したのである…
今となっては、名前すら記憶の中に残って居ない、その少年の姿が、チャットの世界で一見すると傍若無人に振舞っているかに見えるかの、その男に重なって見えた次第である。
嘗ての己の愚行によって、必然と浮き彫りになる、あの少年の、人間としての美しさ。
胸襟の深さ、器の大きさ。
それは余りにも眩しく見えてしまい、そうして今の俺は嘗ての愚行の穴埋めをどうしてもしたい、そんな感情の惹起を抑え切れずに、奴とのチャットでの友好を深めて行った。
あの少年も、チャットで出会ったこの男も、共通して変な男である…
いや、所詮はネットの世界なのだから、相手の言う言葉を信じるしか無くて、そこでは彼が自ら言葉にしている文字からしか情報を得られないので、もしかしたらば、そもそも『奴が男』だと喋っている、それすらも嘘なのかも知れないのだが…
奴は作曲と歌う事、それを他人に見て貰う事を趣味の一つとしている様子であり、チャットの参加者メンバーであるダメ人間達へ向かって、自分が作詞・作曲したデータURLを張り付けて、
「どうだ、お前ら!」
と、全く悪意の無いとぼけたお山の大将役を意図的に買って出て、そんな風に集まって来たチャットのメンバーに曲を聞かせたり、または政治談議に花を咲かせてみたり、宗教論を宗教の信者と戦わせて見たり、悩み相談に対して、恐らくは『優しい言葉を掛けてくれる事』を期待している少々面倒くさい、そんな類の人間に対して、わざと、その相手の望みからかけ離れた様なずらすようなアプローチからのアドバイスをして当惑させてみたり、または「死ね」と言って嫌われてみたり…そんなスタイルでチャット界を引っ掻き回している。
そいつばかり、自分が作詞・作曲したと言う、正直に云えば…あまりセンスが有るとは思えない音楽のURLを貼るもんだったから、何だか、
「アイツばかり笑い者になる様な要素を出して居て、こちらは観察するだけの安全な位置に居るのも、果たしてどうだろうか?」
との思いが芽生えて、かつて、下手をすれば四半世紀昔に、とある既存のメロディーに、俺が歌詞を付けた恥ずかしいポエムを奴に見せたところ、
「判るよ、金が無くてひもじい奴は、実際、そんな遊びしか選択肢が無いんだよな。」
「お前…暗い奴だったんだな…」
「物質に恵まれてなくて、頭の中で遊ぶしか無かったんだ、ファミコン買ってもらえない子供が、粘土でファミコン作って空想に浸るみたいにさ…」
などと、散々にそれを貶しつつも、何と、その歌詞を自ら歌って、某有名動画サイトにアップしてくれたのである。
そこから話は一気に広がって、奴が作曲、俺は作詞と云うコンビを組んで、まぁ、年甲斐も無く、ガキみたいに自由な空想力にて、
「こんなメロディーが出来たぞ、歌詞を付けてくれ」
だとか、
「お前のこの詩にメロディー合わせたよ、ちょっと二番の歌詞も、あとCメロの分も作れ」
だとかのやり取りが進んでいる最近である。
お互い、作曲者と作詞者役に分かれてやり始めたのだが、俺と奴の組み合わせは実に相性が良いのかも知れない。
メロディーが先に出来上がり、後から俺がそのメロディーに歌詞を組み立てて行くやり方も、逆に、俺のポエムが先に出来上がり、後から奴がメロディーをつける作り方も、なんかお互いに上手く噛み合ってしまう、そんな妙が二人には有る様である。
細菌について、図書館で調べた本を読み込んだり、ネットで調べたり、息が詰まればチャットして、楽曲に歌詞を付けたり、俺がそんな事をやって居る間、あの世界の俺との連絡は途絶えていた。
どうやら、あちらの世界と俺との間に流れている時間の流れが違うのかな、これは?
薄々気が付いていたのだが、奴と意識が交信する時は決まって俺がPCに向かって眉間に皺を寄せながら生まれてからこのかた、一度も書いた事の無い小説を書いている時に限定されている様である。
どらどら、ここ数ヶ月の間に俺が学んだ細菌の知識を、スキル【蛋白質の記憶】経由で奴に受け渡すかな…
久し振りにPCを覗き込んだ瞬間から繋がった、この懐かしい気配に向かって呼び掛ける。
おーい、俺よ、聞こえっか~?さぁ、俺が手にした知識を受け取るがいい!




