【side恒星君】ep1
【side恒星君】
あ奴等は必ず来るだろう、ご苦労な事だな。
先ず、それを知っている事がこの際、有利だ。
あ奴等は攻撃に成功して勝利し、目的を果たしたと思い込んでいる。
50年の間、あ奴等は気付かなんだ。
何とも間の抜けた噺ではないか!
だが、実はあ奴等の闘争の目的は未だに達成されていない。
未だ気が付いていないのだ…あの間抜けどもが!
あの日、私が不覚をとり、あ奴等の内の一体がしてやったり、手に入れたりと、そう信じ、奴等の首魁に殊勲の証として渡していたであろう、柱の核は、あれは偽装である。
細心の注意を払って作り上げ、見た目も何もかも、すっかりと似せて作り上げたそれ、手に入れて吸収した相手は、感覚的に普通の核を吸収した感覚を覚え、確かに力も増す筈である。
ましてや、柱の核ともなれば、それ相応にその存在としての気配が高まる筈なのは疑い無い。
しかしながら、それはあくまでも複製であり、柱の核は実は、あの時、恒星自身の球の中心部に隠して置いたのである。
そして、それは、柱自身のコアの代わりに、本体コアからの力の源を遠隔から伝達する、いわば、極めて高等なる魔道具であり、私は己のコアのふりをしてそれを埋め込んでいたのである。
それは幻想級の魔道具であった。
私はそれを共に作り上げた、とある人間族の隠者を思い出した。
世俗的な人間らしき欲望を全て枯らしたかのような、それでいて、好々爺然としており、さながら仙人の様な変り者であった。
しかし、枯れて尚、叡知への探究心を損なわず、いや、むしろ、それのみを突兀させたようでいて、一度叡知の片鱗、その気配に触れるやいなや、鋭い刃物の如き鬼気迫る気配を放ってそれを視続け、また、目だけでは無い部分でも視続けている様な男であった。
この魔道具が完成した際に、この男は行く末を見据えたかのような、それでいて、憑き物が落ちたかのような顔付きで、此方を見据えて…
「神様の戰の、その道具を作る事になるとは、おもわなんだ。やれ、あなた様も、その行く末は短いだろうて、何をお急ぎなさいまするのかや?はて、不思議だのぅ…」
私の韜晦も虚しく、私の正体を看破していた様な、もしかしたらば、私と彼との初めての邂逅の時から、既に知っていたかのような、そんな口振りで嘯いてみせたのである。
翌日、彼の男は、忽然と姿を消した。
不思議な男であったな。
こうしてこの魔道具は完成をみた。
もしも柱が魔道具を抜かれてしまっても、柱は仮死状態となり、恒星の中心部へと転送され、そのまま意識が戻るまでの間眠り続けるのである。
そして、柱が意識を取り戻した時に、恒星の中心部に隠してあったコアは、柱の中に自動的に入り込む。
そのタイミングで、魔道具への力の供給は失われてしまうのだから、当然、柱が目覚めれば、あ奴等に、その私の策謀、即ち、私を討ち取った事は擬態であると知られることになるのだが、時既に遅く、あ奴等はまんまとしてやられたと言う格好になる次第であるな。
初見の相手だ。
敵にどの様な戦術・戦略の引き出しがあるか判らぬのだから、当然ながら慎重策に出ていた次第である。
あの日、恒星の周囲を哨戒していた私の分身、それが対応するには些か酷な数の悪魔が一斉に攻め寄せた。
戦術的には飽和攻撃に類する攻勢。
それと同時に、どう考えても敵意が感じられない、脅威としても小さい、そんな小さな隕石が恒星へ向かって引き寄せられていた。
私の分身は、悪魔への対応を優先させて、その小さな隕石を脅威とは視ていなかった。
だが、しかし、その隕石はその内部に、恒星が恒星の内部で行っている鼓動──
魔素同士を反応させて、大量の燃料となる魔素を生み出す物質が繰り返し産み出されるサイクルの膨大な熱分裂魔素の奔流
──の源泉となっている物質の塊であったのだ。
恒星の内部でそれが起こる分には、ほぼ問題がない。
しかし、恒星の表層にて、これが反応して熱分裂魔素の奔流が惹起された場合は、これは大変な事になってしまうのだ。
恒星は若くは無かった。
その余命は尽きかけており、赤く、巨大化していたのである。
鼓動は只でさえ、不安定になっていた。
そこへあれが来てしまったのだ。
恒星の状態はそのまま柱へ反映されてしまう。
その逆もまた、然りだ。
柱は恒星の鼓動の上昇が通常の健常なそれではない、正気ではないレベルの奔流により、普段の動きが不可能となり、そこへあ奴等族がやってきて、その内の一体が首尾良く私を討ち取った──無論、それは私の擬態ではあったのだが──のである。
あの様に智略切れる策謀を巡らせる敵…
今私は漠然と、その敵の正体を洞察していた。
その様な敵の戦術の前に私は不覚をとり…
50年の間眠り続けていた。
そして、惑星研修から帰宅した惑星からの激しい混乱、動揺の意思を感じて目覚め、活動を再開したと云う次第である。
ともかくも…
これで偽物をむざむざと掴まされたあ奴等が、それと気が付いて此方に返り着く迄の間に、あ奴等が犯した間抜けの代償時間に出来る事を色々と画策する時間が稼げた。
そして、あ奴等が再び攻勢に及んだ時に、タイミングを測って、その罠のバネを弾くのだ。
…
……
………
昔は闘争の前はより激しく高揚した。
己の恒星風に煽られて、恒星上空に滞空している時に、危うく姿勢を崩す事がしばしばであったものである。
恒星風では飽き足らずに、しばしば激情に囚われていた頃もあった。
若いとは、畢竟そう云ったものだ。
初めて戦った時は、己の生命・存在そう云った、私を構成する、その全てが総動員で以って、私自身の身を自ら燃やすかのような、そんなどうしようもない、胸の奥がむず痒い高揚感に包まれたものだ。
死と云う物は、私のすぐ隣にあり、また、同時に、生も隣人であった頃の物語り。
どうも、あの頃の方が、それら、「生きていると云う、まさにその事について」を鮮明に感じられた様な気がする…
恒星風と云う物は、柱も、肉の箱達も等しく共通するように思う。
肉の箱達も、己の命を賭博の木札の如くして擲つ、そんな闘争をする際、激しくその脈拍を上昇させる。
肉の箱達の心の臓は、概ね一生涯に何回躍動するのか、その系統によってその回数がほぼ決まっている。
多少の要素
──健康に留意し、体に良いとされる食事、生活、運動等をしたか、そしてそれが理に叶っていたか──
は有るが、それは決められた範囲からは逃れられぬ運命なのだ。
肉の箱が構造的に、それ以上は保てないようになっているのである。
どうも肉の箱の中の、あの二重の螺旋を描いた螺子、またはバネには、実はその理を司る設計図が有る様なのだ。
そこに、概ね何回の脈拍に体が耐えうるのか、などの理が刻まれていると思われる。
大まかに云えば小型の肉の箱達の脈拍が概ね早く鼓動し、そしてその肉の箱が生命で居られる時間は短い傾向にあり、大型の脈拍が概ねゆっくりと鼓動し、肉の箱の生命で居られる時間は長い傾向が見られる。
闘争に際して、肉の箱達のそれら鼓動は普段以上に消費させられる。
脈拍が激しく上昇するのである。
けれども、その事が、その消費
──この際、「浪費」と云えば適当であろうか?──
が無駄には私には思えない。
肉の箱達が、強敵と対峙して闘争し、その己の存在全てを賭して闘争する間中、浪費されているその鼓動…その期間に於いて、しばしば肉の箱達は、「今まさに、俺は生きている」と、その心の深い部分に、その時の出来事すっかり全部を焼き付けて居る事が多いからだ。
いわば、その生命の時間を浪費しているその瞬間にこそ、肉の箱達は、生を実感できているのだ。
その存在、生きていると云う事、その期間の出来事をきっちりと、魂の中に焼き付けて居る。
私も、そうに違いないのだ。
私の恒星風は、燃える魔素同士が融合して少し重い別の魔素となり、更に燃える魔素を生み出す。
そうやって営まれているようだ。
そして、その魔素はどうも有限であるらしいのだ。
私が己の存在を木札として擲ち、闘争する時、挑戦してくる者達に対峙する時…
私の生命、恒星風は激しく荒ぶる。
私はその時には私の生命を普段よりもよりずっと多く浪費しているのだ。
だが、私はそれを悪い事だとは、惜しい事だとは思わない。
それは肉の箱達と同じだ。
生命を浪費している、その瞬間にこそ、私は私が今生きていると云う事、存在していると云う事、そして、その時に行った闘争の一挙一動、それをすっかりと鮮明に焼き付けて居る。
柱の奥深い領域に、それが鮮明に焼き付いて居ることを自覚している。
遥か昔の戦いが、まるで昨日の戰の如くである。
そして平時の、闘争していない平和な時間を過ごしている時の記憶は、それよりも遥かに昔の戰よりも、それがよりずっと最近の出来事であったとしても、何だか曖昧な霧に包まれがちであったりする。
柱も、肉の箱達も、どうしてその在り方に違いが在るものか。
だから、我々はきっと、命の鼓動を浪費する時にこそ、その生命が輝いているのだろう。
眩しく、眩暈を覚える位の燃焼だ。
或る金属の粉末が、燃える為に必要な魔素と急速に反応した時に、目映く青白い一瞬の光を放つ時がある。
さながら、闘争に限らず、脈拍が上昇して浪費している期間、我々はあの金属と魔素の反応の様な有様なのだ。
その時間は尊く、酷く眩しく、眩暈を覚える程に綺麗であり、果敢無いものだ。
だが残念な事に、その酷く美しい時間…それを過ごすには邪魔になってしまう現象が起こる。
やがて、「慣れ」てしまうのだ。
初体験は初体験ではなくなって…
経験の追従の様になってしまう。
鮮明な、私が私として、今生きている、存在している、と言う実感、高揚感。
これらを感じられる時間は、生命の時間が長ければ長い程に、体験が豊富であればある程に、その生命としての終焉が近ければ近い程に、短く、浅くなってゆく。
私の生命、それは死と生が、限り無く隣人であったあの頃を既に遠く眩しく眺めるのみである…
マグネシウム、と、ドワーフ族のその王が、云っていたか?
あの金属が、粉末が、燃える為に必要な魔素と一瞬で反応した時に光る閃光、あの様な美しい生命の燃焼…
やがて、それを感じられる時間は浅く短くなってしまう。
なんと残酷な事であろう!
だがきっと、それが生命たる者たちの逃れられぬ理であるに違いない。
それは私が私の身分を韜晦し、惑星の知らぬ間に、かの世界
──惑星自身、即ちその惑星の地表──
に赴き、私自らの内面にて発露した知的関心を発散する為の、満足を得る為の小旅行…かの世界へと赴き、そして見聞を広げていた頃に出会った王である。
惑星がその身分を韜晦し、彼女の世界を廻ったのと同じようにして、私は私でそれを行っていたあの頃…鍛冶と酒が好きで、鍛冶の間は鬼気迫る勢いで作業をこなし、のめり込み、身も世も無いようにして集中し、やがてそれが終わると、酒盛りをして、皆と車座に座り屈託無く笑いながら談笑していた、あの王よ。
彼が余興に、と、その金属の粉を持ち出し、燃える為に必要な魔素と反応させると、辺りの暗闇が一瞬、まるで昼間さながらに見え、その粉末を、私が作り上げた仮初めの、人間族に準じた仮の肉体で以って
──可視光線を認識して像を結ぶ視界で──
直視していた私は、暫くの間、目の奥に何か眩しい可視光線が何時までも残留しているような不思議な感覚になり、眼をしばたたかせていたのであった。
それを見て実に面白そうに、謀った悪戯が成功した時の童子の如き笑顔でもって私を眺めていた、彼のドワーフ族の王よ…
彼の心根にある、無垢なるその愛よ!
恐らくはもう、彼すら生きてはおるまい。
私は深い悔恨の念に囚われた。
だがしかし、私の生命としての時間を鑑みるにつけ、それは短い間なのだ、と、思い直した。
そう遠くない内に、彼と私は再開を果たすであろう。
その時には、私の過誤を謝罪しよう。
…
……
………
あ奴等の、紛れもなく、研ぎ澄まされた知。
疑い無く、私はあの瞬間に敗退していた。
あ奴等の知が、私のそれを上回っていた瞬間の左証として私は不覚をとり、致命的な傷を、演技ではなく負ってしまった。
その事実だけで充分であろう。
敵から受けた傷が元になり、件の小惑星の反応が重なってしまい…
柱のそれに反応する様にして、恒星の激情が更に暴発してしまった…負傷による激情はそれまでも何度か体験した物だったのだが、此度の負傷は嘗て無い程の深刻なる負傷であり、その時の咄嗟の判断が無かったらば、私は既に生きてはおるまい。
そして、その判断が有ったにも関わらず、私の現在も完治せぬこの負傷は、私を、私のこの命を、確実に削っている。
現在も削り続けているのだ。
私は私の生をより浪費してしまい、最早、余命幾ばくも無い。
そんな負傷をおびて、私の激情が更に暴発する気配…
それを抑える事が叶わなかった…
それは、生理的な反応であった。
抑えたいのだが、抑える事が叶わなかったのだ。
そして、私の激情は惑星自身を焼き、地表を、そこに連なる肉の箱の物達を、阿鼻叫喚の地獄絵図に叩き込んだに相違あるまい。
それに対しての贖罪は、私の死後、あの「時間の無い場所」に於いて、彼等に対して行おう。
…
……
………
恒星風…私は私自身の脈拍――
それを受けて飛んだ。
あ奴等の接近を感じたのだ。
恒星風に煽られた外套が騒めく様にはためいた。
今尚、私の脈動を、それに牙を突き立てて貪りたい…その様な意思を秘めているかのようだ。
その昔に攻めて来た龍の、戦いの後にその皮で作られた外套である。
ぬめりとした、艶やかな暗黒龍であった。
私が倒したものだ。
私を打倒して、その核を貪り、柱としての位を上げたかった不逞なる挑戦者…その龍の名は…何と云ったかな?
ガウンが私の恒星風を受けて煽られ、裾が私の頬を打つ。
未だに意志を持っているのだろうか?
名を、思い出せない事への、抗議。
そう、暗黒龍「ワザリング」そう云う名であったな。
堂々と、1匹で来た。
私を打倒し、その核を貪り食って、恒星に成り代わり、恒星の主として君臨し、「匹」から「柱」へと、その存在的な呼称の成り上がりを志して私に挑んできた不敬なる輩である。
不敬ではあったが、卑怯ではなく、その戦いぶりは、武人然とした、堂々たるものであった。
暗黒龍ワザリングの火炎放射をひらりひらりと躱して挑発しつつ、あともう少しで攻撃が命中する、あともう少しで、致命的な一撃を与えうる、そんな誤解を生じさせるような戦い方を展開して、暗黒龍ワザリングを、戦いに夢中にさせた。
カジノのディーラーの様に、相手を戦いに傾倒させて行く…惜しいと思わせ、時としてそれを信じさせるに足る様なダメージを敢えて私は受け…代わりに私は、暗黒龍ワザリングに、過小評価させるような傷、――その、翼に対して――ダメージを集中的に蓄積させ、それに気づかせずに、これはまるで勝てない賭博ではない、あと少しで勝利が叶う、と見せ掛けた。
兵とはすなわち、詭道である。
暗黒龍ワザリングは、その賭博に夢中になった。
私がそう仕向けたのだ。
体制を立て直そうとしたのか、或いは仕切りなおそうとしたものか、暗黒龍ワザリングが姿勢を変えようと制動の素振りを見せた───
龍であれ、竜であれ、あ奴等は魔素を自在に使いこなし、空を翔ぶ。
あ奴等は翔ぶのに魔素を使っている。
しかしながら、まったく全てに於いて、その一挙動一頭足が魔素に依存しきっていて、それだけで完結して飛翔が成立している訳ではないのだ。
即ち、翔ぶときには翼は必要なのである。
もしも、その翼に侮れない負傷を負っていたとするならば…
翔ぶ、或いは制動する、その動作に隙が生まれる。
自覚していなければ、それは尚更であり、それが戦いの最中であった場合は、それは致命的な隙を生む。
───その時に、私は躊躇無く、全力の乾坤一擲を放った。
両手を上げて頭上で合わせ、激しく回転しながら暗黒龍の心臓部の深く、核へと突っ込んだ。
屈強な防御力を誇る龍族の、その物理的にも魔力的にも固く守られた装甲を、動揺の隙に生じた魔力のほつれの間隙を突いた、それは一撃であり、暗黒龍ワザリングのその装甲は貫通した。
暗黒龍の身体から抜け出す時には、その核を掌中に収めて、吸収していた。
吸収の際に、声が聞こえた。
彼女の意志の残滓である。
《私の身体で外套を作りなさいな、大いなる恒星よ。》
《そして、その事を誇りなさい》
《そうすれば、私は不死となり、神話になる》
何故だか、その言葉が、妙に心を捉えて、私はそうする事にしたのだった。
私の那辺の部分が、彼女の今わの際の声の、その心根に響いたのだろうか?
未だに判らないし、今となっては判らない。
揺らぎの気持ちの領域だろう。
魔素が生まれたのかも知れないし、或いは生まれなかったかも知れない、そんな心の中の真空の領域に、それは不意に発現したのであるから。
其処を深く考える事には意味は無いのだ。
私は私の嘗てのその闘争の記憶を、しばし懐かしんだ後に丁寧に仕舞い込むと、あ奴等の前へと向かう。
本来であれば、私は出向く立場ではない。
だがしかし、私が弾いた罠のバネ、それによって、あ奴等がどの程度その事に対して、感情を揺らしたものなのか、そして、私に対して改めてどの様に思っているのか、その辺りの関心を満たすことに対してどうも逸早く確認したい衝動が抑えきれず、早い話が、罠に掛かって生き残ったバカ面の顔を早く一瞥してみたかったのである。
そもそもに於いて、私はそう言った諸々(もろもろ)の、私の立場に伴う形式的な儀礼、礼節に対して関心が向かなかったし、また、向いてもいないのである。
私は恐らくは戦士なのであろう、本質的に。
闘争のみが、私を昂らせた。
…
……
………
今、私の目の前には、惑星の地殻のあの山脈の中から出でた新種…魔族・妖魔・悪魔。
そんな新種の3種の内の1種である悪魔族の姿があった。
全部で3体。
今は既に判明した事である。
私は昔日の戦いに於いて、あ奴等の不意討ちによって不覚をとり、その命数を削り取られてしまったのだからな。
悪魔族、それは初めは敵対的勢力ではなかった。
敵対的勢力からの、何等かの接触が及んだのであろう。
そして、それがあ奴等の生来の卑しい性質に対して、何等か魅力的に感ずる、その醜悪なる嗜好を満たすに足る、と、あ奴等自身が判断に及ぶ条件でも出されたに相違あるまい。
今は同盟を結んだその敵対的勢力へあ奴等の諜報活動の結果を報告しつつ、同時にその卑しい嗜好を満たすことに傾倒して、そうやって存在を重ねているのが現在の状態である。
「よくぞ参られたな。」
私は余裕を見せてこう話し掛けた。
本格的な戦いの前の、これは軽い舌戦その幕開けだ。
─くぁっはっはっは!此れは此れは、わざわざ小生等の如き矮小なる存在に対して、余りに御丁寧なる御口上、痛みいります。柱様。─
─如何にも、如何にも、我々に対する過分なる御心遣い、望外の極みと申し上げますよぅ~。柱様よ。─
─我々の主にも、斯様なる、寛大なる柱様の御慈悲深い此のような申し様、しかと伝え置き致しましょうぞ、ハッハッハッハ!─
悪魔と云う物は別にこの星系内だけの存在ではない。
全宇宙に浸透している存在であり、その意味では我々の様な存在、柱と似通っている。
宇宙に星が無数に当たり前の様に存在する事と等しく、あ奴等も、宇宙の隅々に浸透しており――
主に、生き物を嬲りたいその本能を満たすべく、高等な知能を持つその様な箱の肉を堕落させたり、絶望させたりを糧としている故に、その様な肉の箱が存在する惑星などを好む
――そして、その気配、見た目から、どの系統を首魁と仰ぐ僕であるのか、その判断が闘争の前段階の戦略を練りこむ際には必要になる。
あ奴等の魔力の気配、容姿、それ以外…
其処から導き出される枝葉の幹は…
先日の交戦結果、私が感じた他のあ奴等達も、そして今、合間見合えているこの三体も、概ねは同じ特徴である。
あの山脈から出たのだ、地下に住んでいた。
そして怪物の容姿、短気で好戦的そうだ。
飽和攻撃はともかくとして、あの小惑星兵器での戦術、それは私が今、演算しているこ奴等の首魁がやるには、不似合いな戦術であった…
間違いなく、こ奴等の首魁はあくまで枝葉の幹に近い部分であって、幹自体ではなく、更に敵の首魁は、幹は存在している事であろう。
こ奴等の首魁の更に後ろに、絵を描いた首魁、それは…
材料が足りないか?
出来ればもう少し情報が欲しいな。
まぁ、相手は此方を呑んで侮って掛かっている様子である。
それは、私が瀕死だと云う事はもはや、隠しようが無いからである。
表面上、気勢を上げて、此方に動揺など皆無であるぞ、と。
そのアピールを前面に出した格好だな。
そして、さり気無く、意図的に無礼である。
普通は、此のような場では、私に対しての直答は避ける場面なのだからな。
目線も、私に合わせてはならぬものだ。
知っていてそれを破っている節が見られる。
そして、主に其の、上がりきった口角である。
此れから起こる、その闘争への昂りを隠そうともしておらず、むしろ露出させている。
少し怒りの気配の発露が見えるのは、私が弾いた罠のバネによって、既に此処へ到達する予定であったあ奴等の同族の何体かが、その目的を果たさぬままに、その存在をこの世の理から抹消された事に対する感情のそれであろう。
いわゆるところの、これは、意趣返しの慇懃無礼と云う物であろう。
昔日、この戦いが始まった時であるが、悪魔族は、50体を越えていたのである。
一斉に飽和攻撃をしてきたあ奴等は、あの戦いの終わりには確か…12体になり、そしてこうして今、私に相対しているのは3体。
奴等にとっては手酷い損害であるに違いない。
私は私の存在の分身、それを無数に分散させて、恒星周囲に配置しており、その分身一体一体には、通過、または付近に接近する者が有れば、それが敵対的かどうか、脅威に値するかどうかなどを判断する簡単な「知」を付与させている。
敵対的な勢力の接近に対しては、それは指向性を持ち、巧妙にその気配を隠蔽させて追随し、容赦無く敵対的な勢力を焼き尽くす業火を発しつつ相手へと粘着する。
相手を焼き付くし、最早戦力として数えられぬ負傷、または損害を与えた後に、止めを刺すのか、或いは他の巡回が薄い場所へと赴くのか、その選択の判断も兼ねた素晴らしい分身である。
通常はそうなのだが、更に私が脅威度が高いと判断した場合には、その分身はそれを悟り、その敵対的勢力を構成する作りと正反対の魔素へと存在を作り替え、それから相手に接触するのである。
すると、どうなるか?
簡単な事である。
敵を構成する魔素と全く反対の性質を持つ魔素の塊との衝突、それが何を意味するか?
敵対的勢力も、その私の分身も、その存在がまるで「初めから無かった事」で在るかの如く、消滅してしまうのだ。
反魔素と、一部の賢人であれば、其れを識るであろう。
反魔素による、対消滅。
昨日の戦いに於いては、悪魔族は、どの様な物質であろうと焼き付くす業火に捕捉されその数を減らし、そして今回の戦いに赴く前には、その存在を無かった事にされてしまったのだ。
いわば、煮え湯を飲まされ続けた格好となろう。
滑稽なその有り様よ。
故にこそ、あ奴等としては業腹に違いないのである。
「──して、此度はどの様な来訪であるのか?」
盤面に石を置くにしても、ある程度の予定調和の様な物があり、私は暫しはその様にして、盤に石を準えて行く。
ある意味、様式美である。
─此度の来訪と致しましては、柱様よ、昨日のそれは御丁寧な、私共には身に余る過分なるその歓迎の席に対しまして、私共、いたく感動いたしましてナァ…─
─そのみ心遣いに対しまして、私共と致しましても、ただただその様な厚遇に、その御慈悲を一身に甘受する事に対しまして、その…非才ならざる私共には、望外な望みになりますでしょうが…クックック…─
─ささやか、いや、それすらも憚られる様な手技ではありますが…或いはその、柱様の僅かな慰めとなりますれば、私共と致しましても、それは後々の思い出となりましょうからノゥ…─
短気を覆い包んでいる気配が丸見えだ。
演繹された事実を弾き出す。
……成程な。
ある程度は符合した。
これで盤は整ったのだ。
準えた様式美に沿って…
「相分かった、その貴殿等の礼節と志儀、今しかと此処に拝聴致す!」
盤の局面は打って代わり、相手を屈伏させるぶつかり合いと変わった次第である。
あ奴等もどうやら、理解した様だ。
愚鈍なあ奴等にしては重畳であるやりとりであった。
矢張り、私は本質的には戦士なのであろう。
簡単な事なのだ。
戦えば良いのだからな。
気が付いた…主人公、一切戦わずに、無関係なイケメンがこの小説初めての戦闘を派手に行おうとしている…
仕方が無いよな。
主人公のモデル俺だし…華が無いし。( *¯ㅿ¯*)




