【side???】EP1
【side??】
何なの!?
何なのあのムカつくハゲ!?
頭皮つやっつや過ぎるのっ!
頭蓋骨の真ん中らへん付近ボコッと飛び出てるし。
私、知ってる。
あの頭蓋骨の形は大体は男性ホルモン過多なのね。
きんもー。
まさに世間一般の脂ぎった中年の具現化じゃん。
…ちょっとワイルド方面だけども。
何か脂で匂いそうだし…
触ったら――断固として触りたくないけれども。
ベタベタしそう。
頭蓋骨が何か…甲殻類。
カブトムシっぽくて光っててキモイー
あんのぉー『あぶらむしをぢさん』野郎ぉー!
…
……
………
かつて、私はこの惑星の管理をしていた。
任務は…その頃は、ただ『見守る』事だった。
20億年、任務を続けてきた。
その内、任務は変わって行き、やがては最近の様に『原生生物達を見守る事』へと変わって行くのではあるけれども…
何故その様な事を始めたのか…
その事については判らない。
最初から私は、何故だかそうする事が当たり前だと云う様に、それをやっていたのだから…
何時から此処に居たのだろうか?
それすら曖昧な境界の向こう側である。
正確には、『私が私と云う存在を自覚した』のが、20億年前だったのである。
その頃の朧気な記憶を手繰ってみよう。
所々、記憶が縺れたり、拗れてしまっている箇所が散見する事を自覚する。
記憶はまるで糸だ。
こより合わせて作った糸。
そんな糸を伸ばし、針に通して伸ばした糸の末尾を結んで裁縫をし、布に針で糸を通すと、針に通した二本の糸が必ず最後の方で勝手に凝り固まった箇所が出てくる。
グルグルグルグル。
まるでそれが今の私の螺旋の記憶の様だ。
そんな姿を見ていると、私はあの頃の『肉』達を思い出す。
肉で出来た糸達も、そのバネの様であり、あるいはまた螺子のようでもあり、そんな螺旋の形状で、互いに良く絡まり合う。
あれを見ているようだ…
私が私と云う存在だと自覚してから少し経った頃…
体に触れると煙と痛みを伴う、そんな雨。
未だ惑星に頻繁に来訪する来客との衝突…
それによりエネルギーを得て、惑星のずっとずっと奥深くで対流する物質達の溶け合った蠢き…
やり場のない発散としての熱の赴く先はつまり、噴火の頻発だ…
今にして思えば、それはまるで生命体が芽生える余地が無かった状態だったのだ。
火は肉を燃やしてしまう。
あの頃の雨だって、それは肉に痛みを齎したのだから。
初期の惑星では、私は殆どやる事が無かった。
私は私自身を存在として自覚しつつ…
ただただ漂っていた。
たゆたっていた。
やがて噴火や肉を痛める雨は落ち着いて、水が自然と何処からかやってきた。
雲が発生したのだ、「それ以前」と比べると、大分ましに思える雨だったが、それでも矢張り、その水の雨が肌に当たると矢張り身を焼いたが、大分ましになってきたのだ。
雲はやがて雨になり、焼けた大地を潤した。
それは地表に触れるとジュウと音を立てて、忽ちの内に空へと戻って行った。
何回も何回もそれを繰り返す内に、或る日、地表の色が白くなっている事に私は気が付いた。
爪で柔らかく引っ掻き、そっとそれを手に取って見ると、白くてベタベタしていた。
何の気紛れだったものか、それを口にそれを含んでみたら塩辛かった。
あれが、あの白いモノが、今になって思えば、人間達で言う所の、『塩』だったのだろう。
雨はそんな結晶を残してまた雲になって戻る。
最初の頃の雨は、何だか、体に触れるとまだ少しだけ身を焼くような痛みを伴った。
実際に、体から煙が発生して、火傷が出来た。
傷は呼吸する間にすっかりと治った。
私はその様に出来ていた。
管理の仕事は基本的には生命体を生み出す事はやらないし、そんな事は不可能だ。
そもそもに於いて私にその様な力は備わってはいない。
私が私と云う存在だと自覚してから、
少し、少し、した頃…
『肉』その肉に満たない何かが、魔素と反応して、発生した。
最初、不思議に思った。
それまでもその肉に満たないモノたち…いや正確には、肉に満たないモノたちにさえ、足りていない、そんな極めて矮小なモノたち…バネの欠片みたいな形状をしたソレ。
どうやらそれらがざわざわと蠢いていたり、囁きらしき事をやっている様だった…私はそんな彼等の気配には気が付いてはいたのである。
けれども、それらの囁きはどれもこれも断片的であり、意志らしき様でもあり、偶然の産物の囁き声らしき様でもあり…
しかし、やがてそんな『肉に満たないモノたちにさえ満たないモノたち』は、意志のような偶然の産物の囁き声の様な何かを互いに交信しつつ、その不完全なバネのような形を互いに絡めあって、ある境から、遂に『肉に満たないモノたち』となったのだった。
螺旋の形状をした、あるいはまた、バネや螺子の様にも感じた。
興味に惹かれて良く良く観察してみた。
私には、物を、実際よりも大きく、拡大して見て『見る』事が、出来たのだ。
物理的に人間の様に、可視光線等を像として結ぶのでは無くて、それはそれらを用いずに、観念として流れ込んで来る物である。
私にいつその様な力が備わったのか、私はそれを知らない。
自然に或る日、そうする事がまるで当たり前であるかのように、ごく自然に振舞えたのだ。
そうやって『見て』いると、『肉に満たないモノ』──バネみたいな、螺子の様な小さな、肉に満たない何か──が、他の同じような肉に満たない何かと絡まりあって、こより合わさったりして、それを繰り返して、そうやって長い時間をかけて、やがて彼等は、『箱』を作り出して、その中に収まることを覚えたようだった。
そうやって彼等は箱を得て『肉』になった。
私が私と云う存在だと自覚してから、
少し、少し、少し、時間が経った頃…
無味乾燥であった筈の大地に、その所々に、「緑色」が発生し始めた。
彼等、『肉を得たモノ達』が互いに身を寄せ合って集合しているのだった。
その様な中から、やがて彼等は原生的な藻になった。
藻はやがてその頃の海を席捲して行く…
それはほんの一瞬ではあるのだが。
だがまだ雨はあの頃よりもこころなし穏やかにはなっていたのではあるが、未だ肉を痛める性質を残していた。
海にもやはり、肉を痛める性質が残っていた。
やがて、そのような体を痛める雨と海の水の魔素が──それは恐らくは大地に含まれた魔素──何かと反応し、何だか海の水はより一層塩辛くなり、同時に肉を全く痛めなくなった海…――それは最近の海に近いのだが――その海が生き物が呼吸をしたり、物を燃やした時に出る種類の魔素を豊富に取り込み…それを藻が、歓喜の声で以って吸収して行って、藻は限り無く繁茂していった。
藻は、物が燃えたり、生き物が呼吸する時に出す魔素を材料として用いて、何かを作り出し、代わりに、物が燃えたり、生き物が呼吸する時に必要な魔素をそれ等の代わりに出していた。
藻が繁茂して世界中を席捲して行った。
彼等は物を燃やした時に出る魔素を材料にする事で何か──燃える物──を作り上げていた。
そうした性質が藻には有ったものだから、やがて物が燃えた時に出る種類の魔素はすっかりと少なくなってしまった。
逆に、物が燃えたり生き物が呼吸する時に必要な魔素を、彼等は出し続けて居たのであった。
海は一面が緑色に染まっていた。
そのちょっと前から、藻が惑星を席捲しつつあったそのタイミングで、別の種類の不完全なバネみたいな形の『肉に満たないモノたちにさえ満たないモノたち』が騒めいていた。
彼等は、かつての藻がそうであったように、断片的な、意志の様な、偶然の産物の囁き声の様な、そんな騒めきを繰り返して交信し、やがては、ちゃんとしたバネの様な形状の、または螺子みたいな形状の『肉に満たないモノたち』となり、更には『箱』を纏っていき、やがて『肉』を得るに至る。
彼等は、藻と違って、ずっと早く動き回った。
そして、呼吸する時に出す魔素を藻よりも──藻はそれを出したり材料として使うために再び吸収したりしていた、そして全体的には恐らくは吸収する量の方が多かったのだ。──沢山出して、そして何より彼等は、呼吸する時や物を燃やした時に出る魔素を食べなかった。
彼等が食べた物は、肉と燃える物である。
藻は彼等にその繁栄と食糧事情を助けられた恰好に見受けられた。
しかし、その新しく出来上がった『肉を得た箱』は、しばしば、藻を食べたりもしていた。
一方、藻の方でも、そう云った新しい肉の箱を得たモノの死骸を己の生存の為の糧として、材料として利用したり、彼等の方だって随分と、なかなかにしたたかに見える。
二つの『肉を得た箱』の関係性は見ている限り、「食ったり食われたり」である。
けれども、その二つの関係性は、大局的に見ていると、上手く共存しているように見受けられた。
そうやって、藻や、新しく出来た彼等や、更にはそんな彼等から分岐した新しい種類のどちら寄りかの彼等達──様々な種類に増えていった『肉を得た箱』達──は海はおろか、次第に陸地にまで、その繁栄の勢力圏を広げて行った…
そんな中に於いて、未だ、意志の様な、偶然な様な囁きを繰り返しているモノも存在した。
彼等『肉に満たないモノたちにさえ満たないモノたち』は不完全なバネの形状から、最初の藻になる前の彼等と同じようにして、偶然の産物のような、意志の囁き声の様な、そのどちらとも受け取れる囁きの交信を繰り返して、やがては『肉に満たないモノ』となり、バネのようにまたは螺子の様になったのだが…
彼等は『箱』を得なかった。
箱の中に納まらずに、その代わりに彼等は膨大な寿命を得て、時として、塩みたいに透明な結晶になる事を選んだようだ。
そうやって、その新しい彼等は、風を受けて飛散したり、他の生物──そう、『肉を得た箱』のモノ達の二種は、やがて枝を張る大きな幹を作ったり、蔓みたいにそんな幹に巻き付いたり、株を形成して群生したり、実を結ぶ事を覚えたり、種子を飛ばしたり、種子を食べさせて運ばせたり、骨を作ったり、体毛が生えたり、陸上に上がったり、或いは海に留まったり、一度陸へ上がった末に海へと戻ってきたり…おおよそ、膨大な種類・種族・系統に別れて増えて行ったのである。こうして「モノ達」は「者達」と為った次第だ。──そんな彼等達を利用したり、運ばれたりする事を選んだかの様である。
新しく出来たそんな彼等は、多くの場合、植物や動物の彼等の『肉の箱』の内部にこっそりと侵入し、己の複製を作り上げたりする方向を生きる目的として選んだ風であった。
それは、結果的には植物や動物の工房を対価を払わずに租借して、それを勝手に稼動させる行為であり、当然、両者からは必然的に毛嫌いされてしまった様である。
当たり前だ。
在る意味、後の時代に出てくる人間系の職業である、盗賊等よりもよっぽどに図々しいのだから。
勝手に『肉の箱』の鍵を開けて、貨幣工房に忍び込み、其処にある金を用いて金貨を鋳造して着服して去る様な行為なのだから。
人間系での社会に於ける一部の職業の、ピッキングみたいなものなのであるから。
しかし、そんな彼等すらも──どんな偶然なのか気紛れなものか──侵入者と持ち主との間で何らかの和睦が発生して、互いに助け合う事を選び、侵入者がそれからは動物や植物の肉の箱の中で生きる事を選んだ、そんなケースやそんな種類も見受けられた。
動物・植物・ヴィルス…
彼等の肉の螺旋の螺子は、次第に次第に、長く長く延びてきて、今ではさながら糸の様になっている。
私が最初にかつての『肉』達を思った時に、長い糸を針に通して、その二本の糸を末尾で結び、布に針を通して潜らせると最後の方で糸が拗れる事を連想したのは、恐らくは無意識と、あの肉の綿密に絡まる糸を連想したからなのだろうか?
私が私と云う存在だと自覚してから、
少し、少し、少し、少し、時間が経った頃…
彼が不意に来訪した。
上級管理者である。
お互いに初対面であった。
私は、彼と面識がある訳では無かったのだ。
しかし、私はごく自然に―――まるでそうする事が自然であるかのように―――彼に対し、上司であり、敬うべき存在である、と云う事を理解していたし、実際にそうした。
彼もまた、そうで在る事がまるで自然であるかのように、ごく当たり前な態度で、私に上司として接して来たのだった。
「来たぞ。」
「はい。」
「どうだ?」
「はい。」
「そうか。」
「はい。」
最初はこのような拙い会話であった。
そんな会話とも云えない短いやり取りの中に含まれていた情報を、彼は真に理解していたのだと、今なら理解出来る。
正直に云おう。
私は、私と同じようなそう云った境遇に近い、私以外の柱と、かつて今まで実際的な接触は無かったのである。
未知との遭遇であったのだ。
私以外の私に似た他の誰かとの、ファーストコンタクト。
それまでは、その様なコミュニケーションをした経験が皆無であったのだから。
彼はその様なやり取りの後で、私を…私に対してまるで羨むかのような僅かな感情の気配を発露させてから…確か、こう言った。
「また、来るぞ。」
「はい。」
そんなやり取りをして、その日は彼は去って行った。
それから、彼は度々訪れて、
私と会話をするようになった。
「殆どは燃える為の魔素を代謝する形態に育ったのだな。」
「そのようです。」
「鉄を用いて魔素を運搬する者も居るが…これは銅だな、面白いものだ。」
「云われるまで気が付きませんでした。」
「燃える為の魔素が存在すると、繁栄しないモノ…燃える魔素を必要としないモノ…これらは原初の頃から殆ど変わっていない様だ、彼等は『箱を得て肉となったモノ』の昔の姿から殆ど変化していない…」
「彼等はその様に考え、実行したようですね、局地的な適性特化の道を選んだのでしょう。」
私も、会話の妙と云う物を次第に覚えていった。
それは、時々、この惑星に神としての身分を韜晦して、原生生物―――主に、私たち柱と姿が似ている人間系―――とのやり取りで培った会話術の成果であろうか。
彼はしばしば、そんな私に、そうやって変化していく私のその姿に対して、とても好ましい、嬉しいと思っている様で、ほんの僅かの隙を彼が見せた時に、彼のその様な思いの発露を見出しては、私には何故彼がその様に思っているのか、その理由は理解できなかったのであるが、何処と無く、そう…そこはかとなく、面映ゆい思いを覚えていたのである…
私が私と云う存在だと自覚してから、
少し、少し、少し、少し、少し、時間が経った頃…
私は人間系の危うさに気が付き始めた。
特に、人間族の台頭が際立ち、彼等は他の種族達と方々でぶつかり合う危うい状況であったのだ。
非力であり、団結しそれ故に勤勉に努力をたゆまぬ人間、それは他者・多種族への排斥にも、その如才の勤勉さを惜しまず、稍もすると、やりすぎな所が目立ってきた、そんな人間族。(ヒューマン)
魔素の扱いに優れ、知的で自然との和合、周囲との調和を良しとし、長寿であるが故か、繁殖能力が弱いエルフ族、彼等はしばしばその住処を、飽和しつつある人間族に追われて明け渡していた…
怪力で、器用で、火の魔素を金属の細工に用いたり、技術に優れたずんぐりむっくりしたマッチョ、ドワーフ族…そんな彼等を人間族の権力者達が、囲いたがったり、技術の優秀さに嫉妬して排斥したり…
他にも人間系の比較的個体数が少ないマイノリティー種が、次第に人間属の台頭に対して、その存在を逼迫され始めたのが見受けられた…
私はただ見ているだけが任務であるし、手を出すことは出来ないのだ。
だが、私には漠然とした確信が在った。
今の時代の人間属を見た場合、大昔に起こった出来事…そう、藻がその繁栄の兆しに翳りを見せた頃…その藻を捕食する敵となり、また同時にその死骸は藻の糧となり、大局的に見ると、共存共栄していた様に感じた、彼等以前の遥かに過去の彼等の祖先系統がそうだったように、きっと自然と何かが起こるであろう事を。
今の人間族はさながら、あの頃の繁茂し過ぎた藻であろう。
此の儘では、彼等に罪は無くとも、他属を排斥し、数を飽和させて苦しむのだろう。
その回答は、此の惑星の意志で在るかの様に、地の奥深くから現れた。
或る日、此の惑星の大きな山脈の洞穴から、彼等は姿を現した。
最初の頃、彼等は、その世界に慄いていた。
その気配を察するに…それはまるで、
彼等は此の様な世界が在ると云う事を今まで理解しておらず、また、本来、世界とは、彼等の常識に於いては、別の景色、在り方であることが当然であり、そんな物が彼等の頭の中に既にしっかりと出来上がっており、その今までの彼等の常識の世界が通じないのかも知れぬ、と言うその種の慄きを抱いているのではないか?
私は彼等を見ていて、彼等がそう感じているのだと理解した。
つまり彼等は、私が今まで気が付かずに見落としていた場所―――恐らくは、この山脈の広大なる洞穴の、それは内部なのだろう。どの位の規模の洞窟で、どの位の時間を経て彼等が彼等の文化や歴史を培ってきたものなのか、それは想像も及ばない―――こそ世界の在り方の常識であって、今初めて、その範囲が及ばぬ未知の世界に足を踏み入れてしまい、そうやって、未知の世界への衝撃を受けて、すっかりと慄いてしまっている、と、その様に見受けられた。
彼等新種を何と呼べば良いだろうか?
魔族…と呼称しよう。
妖魔…も出てきた。
悪魔…は数が随分と少なく思えた。
彼等は、新世界の慄きに衝撃を受けるも、次第にその新世界の理を学んで行き、急速に惑星地表面全体へと浸透して行くのであった。
すなわち、魔族は、人間系の手が未だ及ばぬ深い山脈の中に存在する盆地等に国家や都市を作り…すなわち妖魔は、世界中の森・平原・海・砂漠…おおよそあらゆる場所へと、薄く、惑星全体の球へと、薄く薄く伸ばした小麦の生地を球全体へと被せる様に…すなわち悪魔は、有象無象の魑魅魍魎達の意識の中へと蚕食し…
そうやって、彼等は違和感無く、ごく自然に惑星に溶け込んだ。
新種の種族達は、人間系と、概ねの場合は、敵対した。
両者は初めての接触の激しい衝撃の後に、やがてしっかりと互いを意識し出して、互いにしばしば相争い、―――それは至って局地的であったり、または、しばしば、大軍を率いて相手の出方を伺い、盤上の石を操るが如く整然とそしてまた激しく衝突するいわゆる、「戦争」であったりしたのであるが、大局的な長い目で見ると激しく衝突を続けている状態であった。―――最早、両者の行動の主人は、当該両者に非ず、両者の行動の主人は、常に相手によって意識されて、相手に依って齎されたものとなって行ったのである…
それ故にか、一時的にでも…
「敵の敵は味方」
とでも考えたのか…
人間系達の、主に人間族が主な原因とするように思われた各地の紛争は一応の終息を見るに至った様ではある。
人間系達は、その内面の意識での主導権・優先権・待遇へのマウント競争は兎も角として、皆一様に手を組んで新種族に対抗して行った。
その新しい流れが惑星に起こってから、比較的直ぐに、
彼が来訪した。
彼は、その新しい種と、旧来の人間系との戦闘を眺めると、私の方を見てじっと顔を見詰めた後に…
「そうだ、その君の判断は正しい。」
と、云って悠然と去って行った…
私は疑問を感じた。
まるで私の意志が惑星に反映されて、そしてそうやってあの新種が出現したかの様な物言いであったのだから。
私が私と云う存在だと自覚してから、
少し、少し、少し、少し、少し、少し、時間が経った頃…
これはつい最近の話だ。
私は私以外が管理する、別の星系の、別の恒星が主人である、そんなとある惑星へと赴き、見分を広めていた。
彼(上司)が勧めた事もあり、その惑星に赴いたのである。
惑星を管理している先方の同僚と、現地生命体の感覚と同じ様にそんな風に感じ方を再現出る有機物の
―――あの長い蛋白質の糸が紡ぎ出す、それは私の惑星で云う所の人間族そっくりな―――
仮の器の中に入り、柱の身分を韜晦しつつ惑星の地表に降りて、買い物をしてみたり、食べ物を露店で買ってみたり、オンセンと云う、温かい水が地表へと沸き出して、そのオンセンの…少し匂うような暖められた水に浸かった時の衝撃
―――何と云う事だ!私は、私が今までその様な娯楽を理解して居なかった事を限り無く悔やんだ!―――
を受けたり、その様にして、私は私以外が管理している惑星の文化、娯楽、嗜好等の諸々に於いて同僚から学び、質問し、やがては旧来の知己であるかのように互いの親交を深めたのであった。
多くを学び、私が私の管理する惑星に帰りつくと…
惑星の管理でやってはならない過誤を犯してしまった…
ちょっと研修旅行に行っている間に、この星にエネルギーを供給していた恒星の挙動が不安定となり…大規模な魔力暴走が恒星表面で起こって、瞬く間にこの惑星の地表面を襲った。
地表面の熱に伴って、惑星は過去の火の玉の如き姿を取り戻し、
怒り狂ったように全てを…地上に存在した生命とその痕跡全てを溶解させてしまったのである。
当然、この魔力コロナの暴走を起点とするその事象は、この惑星の全ての生物を焼き尽くしてしまって、私が旅行から帰って来た頃には、この惑星の原生生物達はすっかりと滅んでしまっていたのである。
火の海は、あのハゲ…『あぶらむしをぢさん』の元々住んでいた惑星、チキュウ、その惑星重力時間で言えば、約50年続いてしまった。
20億年生きて来た私にとってそれは些末な時間の断片である。
されども、とても苦々しいそれは断片となってしまった。
50年と云う私にとっては瞬きの時間の研修旅行の間に、惑星はコロナに焼かれ、それが鎮火して、其処に見えた風景は…
後に残ったのは、砂漠でしかなかった。
生命体は絶えて、水は蒸発しきった。
全て水蒸気となり、この惑星の物体を留める力を発する魔素すらも振り切って何処かへ行ってしまった。
何と云う事だろうか…
管理者として、何とかこの惑星にまだ留まっている魂達の救済を…
そう、生命体は滅んだ。
だが、未だにこの惑星からの理を解き放って、昇華出来ず留まる魂の幾ばくかの存在を感じていた。
それらは、慟哭し、絶望し、自らの身に起こった不条理を納得できずに泣きながら叫んでいた。
上級管理者に現状の報告と救援を申し出た。
現場に駆け付けた上級管理者は暫く惑星を呆然と見た後に、その怜悧な黒い瞳の瞳孔を絞らせ…真剣な顔で私を見詰め、深々とため息を吐いてこう言った。
「まんまと出し抜かれてしまったな、私も察知していなければならなかった失態だ、君に非がある訳ではない、すまない。」
事情が判らずに、質問した。
私は管理者の中でも下っ端で、まだまだ、『上』の立場、情報等を理解していなかった。
未だ、理解する事すら許されない、そんな立場だったのだ。
私達にはどうやら、『敵対勢力』の存在が有ったらしい。
何故彼…上級管理者が今になって僅かばかりとは云え、その胸襟の一部分を明かしてくれるに至ったか―――その理由は、私のこれまでの仕事に於けるその献身的な姿勢と、私に関する幾つかの情報、私の言動、また、私が彼から質問された事に対して返答した幾つかのその答えの中から『点』を抽出し、そこから引いた線が描く蓋然性の直線と幾つかの交点を見て散見された幾つかの事実、それらを鑑みるに、私は『敵対勢力の間者』ではなく、また、『敵対勢力に寝返る』可能性も無いからである、と云う回答であった。
上司は私を一瞥し、腕を組み、目を瞑り、少し思案したかのような姿から突然目を開いて、私の左肩に手を軽く打ち付けた後に…
「…行くぞ!」
「はい。」
悄然とする余り、会話術が過去に戻ったかのようであった。
…
……
………
虚無の虚しく広がる空間を二人で飛行していた。
宇宙空間を、飛行していた。
途中、あまりにも何も無い空間を通過する。
空間は、ボイドと云うらしい。
今の私の心象であるかのようだ。
やがて、真円形の暗闇…
ブラックホールと云うのだそうだ。
そこの前に辿り着いた。
一般的なブラックホールは、周囲にガスを呼び寄せてリングを形成し、それを高速に近い速度で否応なくぶん回し、その摩擦熱で、実は物凄く明るくなる…
と云う説明ではあったが、この、目の前に存在するブラックホールに於いては、その様な凄まじい佇まいには見えず、ただ、膨大なボイドと云う空間を経た末に目の前で見た其れは…周囲の遥か遠くから光を放つ僅かな星々の明かりとの、僅かばかりの対比―――僅かに明るい空間なのか、それとも全く明るさが無いのか―――によってのみ、その部分がちょうど真円の形をして暗闇であることで、辛うじてその存在を認識できるような物静かな佇まいであった。
「行くぞ。」
「はい。」
暗闇へ向かって、自由落下していった。
【side上級管理者】
くそっ!
奴等め、絶妙なタイミングで仕掛けてきたものだ。
巧妙だな、今回の奴は切れ者だ。
私にもっと時間が残されていたなら。
彼女は、未だ知らずに居る…
自分の正体を。
仄めかしてはみたのだが、
どうも純朴な所が見受けられる。
未だ未熟だ。
もっと―――であれば…
無念だ。
だが、ただでは終わらんぞ。
ギリギリまで持ちこたえてやる。
それが、私の――の抵抗だ。
まだだぞ、まだまだだ。
私をこの様にして置いて…
勝ち逃げさせるものか。
策略を練る…
先手を取られた以上は後の先。
バック・ハンド・ブローだ。
成功して高揚し驕り昂ぶっているそんなタイミングで、敵の攻勢の楔の根元を叩き折ってやるのだ。
見てるがいい。
戦略で負けたとて…
戦術で覆す。
それをすれば良い。
老人の老練さと狡猾さを思い識るがよい…
老いた柱に僅かばかり、高揚が満ちる。
戦いの前は常にこうだった。
いや、昔はもっともっと、―――人間で云ったらば―――脈が昂った。
初めて挑んだ時は物凄かった。
だが、何れは脈は鈍り、そして止まる。
だが…それはまだだ、まだ、止まるわけには行かぬぞ。
行くぞっ!(๑ÒωÓ๑) はい。 ゜(゜`ω´ ゜)゜ピェー