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地獄のお裁き方改革

作者: 山田結貴

 幾分か前に、地獄にて新たな閻魔大王が即位した。

 鬼の世でも長期に渡り権力保持者が同じであるとろくなことにならないのは当然の理らしく、厳正なる選定の末、地獄に住まう鬼どもの納得の上で代替わりの儀は滞りなく執り行われたのである。

 しかし、今回就任した閻魔大王は、歴代その名を賜った者どもとはいささか変わっているようで、彼が下す審判は民衆から小首をかしげられることもあった。

 自身の評判を知ってか知らずか、今日も閻魔大王は次から次へと押し寄せる亡者達に裁きを下し続けていた。だが、いくら強靭な肉体を持つ鬼であろうが、最高権力者に等しい存在であろうが、多忙を極めれば疲労が蓄積し、やがて力尽きてしまうのは人間と変わらないらしい。

 一旦裁きの間に亡者を入れるのを止め、閻魔大王は玉座に深くもたれかかり束の間の休息をとる。そんな折、彼の補佐役を担う鬼の一匹が、おそるおそるといった様子で玉座に近づき、そっと話しかけた。

「閻魔様、どうしてもお尋ねしたいことがございます」

「余は疲れている。手短に話せ」

「それでは、極力端的にお話しますが」

 いかにも気怠そうにしている主人を前に、鬼はゴクリと唾を飲み込んでから再び口を開く。

「あなた様が先代より閻魔大王の名を賜った時から、明確に変わったと言えることが一つございます。それは、亡者達に下す裁きの内容です」

「ほう、もっと具体的に述べてみよ」

 ギロリ、と動いた眼球が自分の方に向けられたものであると察した途端、鬼はぶるりと震え上がる。

 目の前の閻魔大王の名を冠するそれは鬼としてはずっと若く、自分を含む古参の者どもからすれば奴が何故このような大役に抜擢されたのか理解しがたい部分もある。しかしながら、民衆の目というものは意外と節穴ではないようで、そんじゃそこらの青二才がしている眼差しなど、彼はとうの昔に捨て去っていたのだった。

「で、では、恐れ入りますが、この際はっきり言わせていただきましょう。あなた様は、亡者に対し甘すぎます」

「甘い、とはどういうことだ」

「いいですか。あなた様の職務は亡者が生前重ねた罪や徳を加味した上で、賞罰を決定することです。ですがあなた様は、どのような罪を重ねた亡者が裁きの間を訪れても、地獄に落とすこともなく、速やかに人間への転生の処理ばかり行っております。盗みや詐欺を繰り返し、多数の人民を貧困に追いやった世紀の大悪党が来た時もそう。大酒を飲んでは暴れ狂い、家族や隣人を頻繁に傷つけ続けた輩が来た時もそう。あなたはいつも『人間への転生を命ずる。速やかに執行せよ』としか口にしない。別の裁きを口にするのは、善業を重ねた者に極楽浄土行きを命ずる時だけです。私は歴代の閻魔様の下で補佐を務めてまいりましたが、あなた様の裁きにだけは納得できずにいるのです」

「ほう」

 部下の力説を耳にする閻魔大王は、冷め切った様子で無感情に相槌を打った。

「それで、余に聞きたいこととは結局なんなのだ」

「あなたは何故、罪人を地獄に落とさず、人間への転生をすぐお認めになるのでしょうか。ここには生前の罪に応じ、数々の苦役を味わわせる地獄が無数に渡り用意されております。罪を犯した亡者には地獄での苦役を果たしたのちに、転生の権利を与えるべきかと存じます。あなた様の裁きは、少しでも押し寄せる亡者を消化するための手抜き作業にしか見えません。あなた様のお考え次第では降格処分を高位の神仏に求める腹積もりでおります」

「なるほど、な」

 忠実なる部下を演じてきたそれの態度は、誰がどう見ても今の言動が本気で吐き出したものであると認めざるを得ないものであった。

 だが、日々の疲労が蓄積する中で自身の非を追求する発言を乱暴に投げつけられてもなお、閻魔大王の名を冠した男は動揺の一つすら見せないどころか、余裕の笑みさえ浮かべていた。

「そうか。そなたの目にはそう映るのか。他者からの評価は千差万別。余の裁きがどう見えようと、個々の思想を否定する気は毛頭もない。余から閻魔大王の肩書きをはぎ取りたければ、好きなように行動すればよかろう。ただし、否定こそする気はないが、余の考えとそなたの考えに乖離があるのは事実。少しばかり、弁明しておこうか。余は罪を重ねた亡者どもに対し、甘い裁きを与えたことは一度もない」

「で、ですがあなた様は、これまで一度も亡者を地獄送りには」

「確かに、現時点ではしてはおらぬな。だが、来る亡者が背負う罪によっては執行を命ずるつもりではあった。しかし残念なことに、該当する者がおらぬのだ。地獄での苦役を味わう価値のある亡者がな」

「価値、ですと?」

「そうだ、価値だ。この地獄に存在する苦役の数々は、我々鬼族が管理・運営を行っておる。そして地獄の運営には多大な労力がかかっている点については、余が口にするまでもなかろう」

「むむむ。確かに血の池地獄は安定した血液の確保が困難になっていると統括係から苦情が来ておりますし、針山地獄は与える苦痛の質を落とさぬよう、針が折れた箇所の修繕を行う職人の存在が必須となってはおりますが」

「わかっておるではないか。余が言いたいのはつまり、鬼族が労を費やし存続させている地獄などに滞在させてやるほど、軽い罪を背負った亡者が全く裁きの間を訪れていないということよ。地獄で亡者に与える苦役には肉体的なものもあれば、精神的なものもある。だが、人間の住まう世界、地上の有様はどうだ? わざわざ我々が用意せずとも、これほどかというほどに、幾多数多の苦役が取り揃えられているではないか。地獄に御魂を置く間は、他の生物への転生は叶わぬ。つまり地獄で苦役を味わっている間は、生き地獄に身を置かされる心配はないのだ。人間が味わうべき苦役を与える係はそもそも同じ人間が担うのが道理であろうし、人間に任せれば鬼族が抱える負担が軽減される。人間の言葉を借りて言うならばそう、一石二鳥といったところだな」

 玉座に頬杖を突きながらツラツラと語ってみせる閻魔大王の姿に、鬼はただただ絶句するばかり。それを尻目に、若き地獄の統率者は口角を微かに持ち上げながら最後に付け加えた。

「焦らずとも、余の裁きが正当なものであったか、誤りであったかは近いうちにわかるであろう。しかし、人間も実に立派なものよ。あのような苦役の輪廻を、いともたやすく作り上げてしまうのだからな。今後の参考に、次にこの間に足を踏み入れた罪深き亡者はあえてここに残し、地獄の運営におけるご意見番にでも就任してもらおうか」

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