闇の足音 アリア視点
最近、トリアの元気がない。私達がどんなに話題を振っても心此処にあらずというか、どこか遠くを見て聞いてないのが見て取れる。私達は彼女の助けになれていないのだろうか。
彼女の顔色が悪くなっていったある日、突然血色が良くなっていた彼女を見て少し安心した。でもそれは間違いだった。だって、彼女は普段から今にも折れそうな儚げな子だもの。血色は実は、いつも良くないのだ。それが顔色が良いのは逆に怪しい。
良く肌を見てみると、うっすらと化粧をしている事が分かる。とうとう化粧に頼る程、顔色が悪くなり過ぎたという事なのだろう。
「ロイス、どう思う?」
私が片割れに尋ねると、彼も心配そうにベルトリアを見つめていた。
「少し闇の魔法の気配がする気がするんだ」
私は彼の言葉に驚いて、慌てて魔法を使ってみる。すると確かに闇魔法の気配がほんの少しだけトリアからした。
「きっと、今は彼女も戦ってるんだ。でもそれは僕らが手を出せないところでだ」
ロイスはそう言うと、こぶしを握り締め悔しそうに俯く。その言葉に私はトリアが苦しむ理由を察した。
「夢…ね」
夢の世界は闇の領分でもあり、光の領分でもある。きっと彼女はテストが近付いてきたことで、魔に攫われた時を思い出す機会が増えたのだと思う。そうすると心に隙が出来て、闇の妖精が悪夢を見せる悪戯をしに来てしまう。
「自覚がないトラウマ、なんだろうね」
ロイスはそう言うと小さく溜息をついた。私達にできることは何もない。これは彼女が自分で乗り越えなければならない、自分の世界との戦いになるのだから。でもこの事は皆に知っていてもらう必要があると思う。
さっそく私達はトリア以外のメンバーを呼び出し、ルーファス先生の研究室へと向かった。
先生は研究室で、何かの論文を書き記していたようで突然来た私達に驚いていた。
「どうしたんだい?」
先生はトリアを除いたメンバーに、訝し気に眉を顰める。
「先生、ご報告と相談が」
ロイスがそう切り出すと、私以外の皆の視線が一気に私達に向く。
「座って」
先生がそう切り出すと、一斉に椅子に座って話し合いが始まった。
一通り話すと、先生は額を抑えて俯いた。そのまま小さく息を吐くと、天を仰いで何かを呟いた。すると天井に魔法陣が現れ、光の妖精が顔を出す。
「光の妖精王か精霊王を呼んでくれるかな?乙女の話だよ」
先生が妖精にそう呟くと、妖精は手を差し出して何かを強請っている。先生は苦笑しながらポケットから飴を出し妖精に渡す。妖精は嬉しそうに受け取ると、魔法陣へと戻っていった。
「闇には光を…ですね」
私がそう問うと、先生は黙って頷いて私達を見渡した。
「相談有難う。ベルトリアは今は?」
先生は心配そうに私に聞いて来る。私は直前にアニーがトリアにホットミルクを飲ませて、仮眠を取らせると言っていたことを伝える。先生はまた考え込むと息を吐いた。
「呼んだか?」
「本当にこんなとこまで呼ぶのね、面倒くさい…」
突然何もない場所から声がして、私達は驚いて振り向く。そこには見た事ない程美しい女性と男性が立っていた。
「精霊王、妖精王。お呼びたてして申し訳ありません」
「構わないよ。それで?」
「妹のベルトリアが、白の乙女が闇の攻撃を受けているようなのです」
「闇の…?面倒な事ね、守りは渡してあるはずよ…?」
「どうやら夢に干渉されているようで」
先生と男女が話を始める。どうやら光の妖精王と精霊王らしい。どうして突然こんな場所に呼ぶの!?どこか楽し気な男性に比べ、女性はひたすらに面倒くさそうに対応している。
私達は目線で会話をして慌てて、跪こうとして目を見開いた。だってシリウスが嬉しそうに彼らに向かって、手を振って笑っているのだ。
「久しぶりだな、シリウス」
「お久しぶりです」
「シリウス、大きくなったのね」
「おかげ様です」
あまりにも当たり前のように始まる会話に、ポカンと口を開けて驚いてしまう。
「アリア、口空いてる」
そんな私の口を指でぐっと閉じさせながら、ロイスも困惑した顔をする。そういえばシリウスは緑の精霊王のご子息だったはず。だから会ったことがあるんだろうな。
「夢に干渉されるのは多少厄介だね。彼女に渡してる守りにちょっと付け足しをしておかないと」
光の妖精王が楽しそうにそう言うと、窓の外をそっと覗く。
「だけど夢を見ないほど、ぐっすり眠るのも手段の一つ」
ニヤリと笑った妖精王の顔を見て、ああ彼も妖精なのだと強く感じた。
そうして私達は王都の散策にトリアを連れて、ひたすらに歩き回った。もう本当にこっちが疲れて堪らない程、歩き回って帰って来た。
その間に妖精王と精霊王が、トリアのお守りを何とかしてくれたようで私達は無事に役目を終える。
後は、ベルトリアが自分の中にいる闇に勝つだけだ。
夢に見るのは自分の中に潜む不安や恐怖を、闇の魔法で強化されてしまっているからだという。これは自分自身で、乗り越えることだ。ただ、傍にいる事しかできない歯痒さと悔しさが疲れているはずの身体を休ませてはくれなかった。